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輪廻の風  作者: 夢氷 城
第1章
3/158

1-2

運命の歯車がようやく回り始めた。


エンディは、なぜ自分が泣いているのか分からなかった。


少女と目があった瞬間、稲妻に打たれたような衝撃が全身に走った。


歓喜とか、感動とか、そんな言葉ひとつでは表現しえない感情だった。


心が打ち震え、鳥肌が止まらなかった。 


少女は、目の前で号泣しているエンディを見上げ、ポカーンとしていた。


そして、少女は再び、そっと目を閉じた。


「あ!」

やばい、また気絶してしまった、いや、もしかしたら死んでしまったかもしれない。


そう思うと、正気ではいられなくなり、少女を抱き抱え、走った。


走り出すと同時に、雨が降ってきた。


海を離れ、港町を抜け、麦畑や果樹園のある方へと走り、畑道を抜け、小山を登り、とにかく走り回った。


「病院はどこだ!」


気が動転しながら、病院を探しながら町を走り回った。

日が沈み、雨も強くなってきたからか、人が全然歩いていなかった。


冷たいはずの雨が、不思議と温かく感じた。


どれくらい走り回っただろう、ようやく小さな町医者を見つけた。


「やった!もう大丈夫だからな!」


そう叫びながら、エンディは病院の閉まったドアをドンドン叩いた。勢い余って、危うくドアを破壊してしまうところだった。


「何だようるせえな!今日はもう閉めてんだよ!」


頭の禿げたビール腹の中年のおじさんが、気怠そうに、苛立ちながら、怒鳴り散らして出てきた。


「この子、沖合いで倒れてたんだ!多分遭難者だ!何とかしてください!お願いします!」


エンディは、今日はもう閉めたというおじさんの言葉になど耳をかさず、少女を抱えたまま、深々と頭を下げた。


「なにぃ?遭難者だと?ったく、そんな事聞いちまったら見過ごせねえじゃねえかよ。うーん…分かったよ、仕方ねえから診てやるからよ、入れ」


エンディに圧倒され、何やら只事ではないと察すると、ドクターは重い腰をあげ、2人を中に通した。


小さな病院だったが、屋内は思ったより綺麗だった。このオヤジ、見た目によらず綺麗好きなんだなと、エンディは思った。


玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えると、目の前は受付だった。そのすぐ横には大人5人は座れるであろう長椅子が三列に並べられていた。待合室のようだった。


受付を通り越して小さなドアを開けると、そこは診察室だった。


診察室の机には、おそらく患者のカルテであろう資料と医療器具のようなものが、きちっと整理整頓されているかんじで置かれていた。


ドクターは少女をベットに寝かせるようエンディに指示をした。


「こんなところまで運んで疲れたろ、あとは俺が責任を持って見ておくから、お前はもう帰れ」


「え、いや、一応俺も・・・」


「何が一応だよ、ああ分かった。じゃあ待合室で座って待ってな」


そう言われるとエンディは診察室を出て、長椅子の1番奥の端っこに腰をおろした。


「頼むから無事でいてくれ」

初対面で、言葉も交わしたことのない少女の回復をひたすら祈った。頼むから何事もなく、元気にと。


20分ほど待つと、診察室からドクターが出てきた。20分がこれほどまでに長く感じたことはなかった。


「心配すんな、疲労と軽い栄養失調で寝込んでるだけだ。点滴打って一晩寝れば元気になる。今日はあそこで寝かしとくからお前も安心して帰れ」



「帰る家なんてないんだよ」

二度も帰れと言われたエンディは、少しムッとしてしまい、ぶっきらぼうにそう答えた。


「そうなのか?」


気まずそうな様子でドクターが言った。


「ごめん、だから俺も今夜はここに泊めて欲しい。この子も目が覚めて知らない部屋にいたらびっくりするだろうし、こんな雨の中外に出て悪化したら大変だ。俺がここで見張ってるよ。」


「分かったよ、もう好きにしろよ。ただし、朝9時には診療開始するからよ、頼むからそれまでには出てってくれよな」


そう言い残し、ドクターは診察室の入り口横にある階段を上っていった。どうやら上の部屋がドクターの住居のようだった。


見張ってるなんて言ったものの、少女の無事を知り安堵すると、今日1日の疲れがどっときた。


それにしても濃い1日だったなと思い、そのまま泥のように眠ってしまった。


そして翌朝。

時刻は午前7時をまわった。


少女は目を覚ますと、ゆっくりと体を起こし、あたりをキョロキョロと見渡した。

ここはどこだろうか、病院なのか?


昨日の少年がここに連れてきてくれたのか。

自分の置かれている状況を何となく理解すると、部屋を出た。


すると、昨夜自分を助けてくれた少年が、待合席の長椅子でいびきをかきながら仰向けになって爆睡しているではないか。


あまりにも気持ち良さそうに眠っているその姿に、思わずクスリと笑ってしまった。


季節は春だが、朝方はまだ少し肌寒かった。

少女は自分が寝ていた診察室にわざわざ引き返し、毛布をとり、そっとエンディにかけてあげた。


少女は、そのまま静かに病院を出てしまった。


ドアの閉まる音で、エンディは目を覚ました。

「あれ、毛布なんてあったっけ?」

もしかしてあのドクターがわざわざ持ってきてくれたのだろうか、意外と優しいところあるんだなと思った。


昨夜の少女のことが気になり、そっと診察室を覗いてみた。

誰もいない部屋を見てショックを受け、ひどく落ち込んだまま外に出た。


ドアを開けて外を見ると、眺望の良さに驚いた。


中年腹のドクターの所有する、二階建てのこの病院兼住居は丘の上にあった。

そこそこ広い庭に、綺麗に手入れされている緑色の芝生。なにより、海を見渡せるのだ。


気がつかなかった。


昨夜は少女を抱えながら、とにかく病院を探して走り回っていたから、いつの間にかこんな見晴らしの良い丘の上まで来ていたことに。


天気も良く、いつもより海が青く美しく見えた。


「おお、綺麗だな」


ふと横を見ると、自分と同じく海を眺めている少女の後ろ姿があった。


ドキッとした。

少女の長い髪は、風に吹かれなびいていた。

優しい風だった。


「おはよう」


エンディの足音に気がついた少女は振り返り、微笑みながら挨拶をした。


「お、おはよう」

エンディは、おどおどしながら挨拶を返した。


綺麗な黒髪にパッチリとした二重まぶたの目、キラキラした瞳、長くてカールのかかったまつ毛、つんと高い鼻に薄ピンクの唇、そして雪のように白い肌。


眼球に亀裂の入るほどの美少女だった。


「君が私を助けてくれたんだよね?」


「ああ、うん。小舟の上で倒れてるのをたまたま見かけて、びっくりしたよ」


「それで病院まで運んでくれたんだね。おかげですっかり元気になったよ。ありがとう」

そう言って少女はにっこり笑った。


エンディはそのあまりにも綺麗な笑顔を直視することができなかった。

普段、女の子と接する機会など皆無だからだ。

それも、こんなとびきり可愛い子と。


「どうして泣いてたの?」


「…え?」


「私を助けてくれた時、泣いてたでしょ?」


「いやいや、泣いてないよ」

エンディは間抜けな顔でそっぽを向き、誤魔化した。


「ふーん」

分かりやすい男だな、と言いたげな目で、少女はエンディを見つめた。


「私ラーミア。あなたの名前は?」


「俺はエンディ」


真っ赤な顔でモジモジしながら、頑張って声を張って答えた。

「ここ、いい町だね。海が綺麗で空気もおいしい。エンディはこの町に住んでるの?」


「いや、昨日初めてきた」


「そうなんだ。ねえ、歳はいくつ?私は16なんだけど、多分同い年くらいじゃないかな?」


「ごめん。俺ね、自分の年齢分からないんだ」

エンディは数秒黙りこくった後、下を向きながら、ボソッと答えた。


「分からないって、どうして?」

ラーミアは目を丸くしながら尋ねた。


少し沈黙した後、エンディは自身が記憶喪失であることを、ラーミアに告げた。重い口を開いたのだ。


4年前の夏の夜。その日はひどい嵐だった。


冷たい雨に打たれながら、エンディは意識を取り戻した。


「エンディ!おい起きろエンディ!」


目を開けると、かすれた声でそう叫びながら、自分の体を強く揺さぶっている男の存在に気がついた。


どうやら海辺の砂浜で倒れているようだった。

その時自分は眠っていたのか、それとも気を失っていたのか、エンディは今でも分からない。


そしてどういう訳か、全身がひどく痺れていて身動きが取れず、言葉を発することもままならない状態だった。


「気がついたか!良かった!」

目の前の男は、とても喜んでいる様子だった。

その男は丈の長い真っ黒な服を着ていて、フードを深く被っていた。


そのせいか、真夜中だからか、顔が全く見えなかった。


しかし男の声色と、チラッと見えた手の甲のシワから察するに、おそらく老人ではないかと、朦朧とする意識の中、エンディは考えていた。


「誰…?ここは…俺は…」

やっとの思いで、精一杯言葉を発した。

今にも消え入りそうな、か細い声だった。


エンディとは自分のことなのか、目の前の男は誰なのか、自分の今置かれている状況、自分は何者で、今まで何をしていたのか、何も分からない。


何もかもが謎で不可解、気が狂いそうだった。


「エンディ、お前…」


悲しそうな声で老人は言った。


老人は、しばらく下を向いて黙りこくった後、なんとエンディを置いてそのまま立ち去ってしまったのだ。


自分のことなんて誰も気に留めない。


いくら叫んでも、自分の声は誰にも届かない。

そんな激しい豪雨の中、エンディは1人、取り残されてしまった。


エンディはゆっくりと説明した。

この4年間、住む家もなく、頼れる人も誰1人いない、ずっと一人ぼっちで放浪していたことも話した。


ラーミアは時折深く頷き、静かに話を聞いていた。


誰かに自分の事情を話すのは初めてだったためか、エンディは話している途中で感極まって泣いてしまいそうなのをグッと堪えていた。


しかし全て話し終えると、初めて誰かに本音を話せた気がして、不思議と清々しい気持ちになった。


何より、自分の話を聞いてくれたのがとても嬉しかった。


「そう、大変だったんだね」


ラーミアは悲しげな表情を浮かべながらそう言った。


「あ、ごめんね。急にこんな話して。反応に困るよね…」


「ううん、大丈夫だよ。謝らないで」


エンディはハッと我に帰り取り乱した。


初対面の、それもついさっきまで療養していた女の子に、なんて重い話をしてしまったんだろうと悔やみ、途端に恥ずかしくなった。


「ラーミアはどうして1人であんな小さい船に乗ってたの?」


早く話題を変えなきゃ、という気持ちもあったが、エンディは個人的にその事が気になっていた。


「誘拐されちゃったの」


「え!?」


サラッと物騒なことを言うものだから、ずいぶんと肝っ玉のすわった子だなと、エンディは感心した。


「私普段、王室で給仕として住み込みで働いているんだけど、いつも通り仕事をしていたら変な格好した人達に突然囲まれて、そのまま拐われちゃったの。大きな黒船に連れてかれて、黒船はそのまますぐ出航しちゃって。ずっと見張られてたんだけど、船が出て半日も経った頃には監視の目も緩くなってきて、それでなんとかみんなの目を盗んで緊急用の脱出ボートで逃げ出したの」

ラーミアは、まるで他人事のようにスラスラと言ってのけた。


「ええ、大変だったね」


エンディは、なぜか他人事のように思えなくて、唖然としていた。


「でも、どうして誘拐なんかされたんだ?」


「…わからない。早くバレラルクに戻らなきゃ」


ラーミアが何かを隠しているのは明白だった。しかし、エンディは鈍感だから気づけなかった。


「あのさ!」


「ん?」


「俺たち、どこかで会ったことないかな?なんて言うかその…ラーミアを初めて見た時にすごい懐かしい感じがして」


「初対面だと思うよ?」


「ははっ、そうだよね。ごめんね急に、どうかしてるよね、俺…」

ラーミアのはっきりとした口調に、エンディはしょぼくれた様子だった。


「でも不思議だね。私もエンディとは初めて会った気がしない。」


「え?」


「なんだか、ずっと昔からお友達だったみたいな感じがする」


ラーミアが優しい顔でそう言うと、エンディはジーンときた。


「また泣くの?」


「泣かないよ!」


からかうようにそう言われ、少しだけムキになった。


「4年前の夏の嵐の夜、それってもしかして第五次魔法大戦が終結した日じゃないかな?」


「魔法大戦?」



エンディは、そんなことがあった事など、全く知らなかった。

いや、それほど大きな出来事を知らないわけがない。きっと覚えていないだけなのだろう。


ラーミア曰く、100年に一度の割合で、世界では大規模な魔法大戦が勃発していたという。

まさしく、歴史は繰り返すというやつだ。


第一次から第五次まで続いた魔法大戦。

その引き金を引いていたのは、いつもナカタム王国だった。


それは、ナカタム王国建国から今日まで500年間、根強く残り続けている過剰なまでの魔法族至上主義の思想が原因だった。


ナカタムを統治する王族、ウィルアート家は、長い歴史の中で、他国から侵略者の一族と揶揄されていた。


海外の領土や資源を根こそぎ奪い、現地民に抵抗されると、圧倒的な魔法軍事力で悉く制圧し、幾多の国を植民地にしてきた歴史があるからだ。




しかし、先代国王の時代から、歴史は少しずつ変わり始めたらしい。


穏健派だった先代国王が、かつて祖先が蹂躙してきた国々に謝罪をし、多額の賠償金を払い、支配していた土地の返還、奴隷の解放をしたことで、外国諸国との関係改善を図り、少しずつではあるが、他国と良好な関係を築いていた時期もあった。


しかし、当代国王ウィルアート・レガーロが王座に就いてから、風向きは変わった。

いや、昔に戻ったと言うべきだろうか。


レガーロは魔法族の精鋭部隊、王室近衛聖堂騎士団員に、友好関係を結んでいた国々への攻撃を命令した。


それがきっかけで勃発したのが、第五次魔法大戦だ。


尚、現国王レガーロが、なぜこのような暴挙と言わざるを得ない王命を下したのか、その理由は不明である。



「その戦争が終結したのが、今から四年前の夏なの。それも、その年1番の大雨の日に。ねえ、エンディの記憶喪失と、何か関係があるんじゃないかな?」





エンディも同じことを考えていた。そして、なぜか胸騒ぎがした。


「そうだ!ねえエンディ、私と一緒にバレラルクに行こうよ!」


「へ?」


下を向いて深刻な顔をしているエンディは、ラーミアに明るくそう言われると、驚いて顔をあげた。


顔をあげた次の瞬間、ラーミアはエンディの前に歩み寄り、両手でエンディの右手をギュッと握った。


「私があなたの記憶を取り戻すお手伝いをする!」


なぜ?と、エンディは不思議に思いポカーンとしてしてしまった。


「記憶が戻るまで私がそばにいるよ。バレラルクに行けば何かわかるかもよ」


「いや、待ってよ。なんで?」


「何が?」


「どうしてそこまでしてくれるの?」


ラーミアは両手を離し、再び海を見つめた。


「どうしてって…じゃあ逆に、どうして私を助けてくれたの?君は私を救ってくれたんだよ。だから私もあなたの役に立ちたい。今まで1人で辛かったね、よくがんばったね。エンディはすごいよ!」


ラーミアの真っ直ぐな優しさに触れたエンディは、思わず泣いてしまった。

ラーミアはそのことに関して何も触れなかった。


「優しい、優しすぎる…」


エンディの口から、無意識にそんな言葉が出た。


「人に何かしてもらったら恩返しするのは当然のことだよ。そんなのを優しさだと思っちゃダメ!」


毅然とした態度でラーミアは言った。


神様みたいに良い子だなと、エンディはしみじみ思った。


「じゃあ行こっか、泣き虫くん」


2人は歩き出した。


ドクターはそんな2人の様子を後ろからこっそりと見ていた。


「チッ、俺には何の礼もねえのかよ」


「何してるんだい?」


ドクターの妻がドシドシと大きな足音を立てて後ろから歩いてきた。


「若いっていいなと思ってよ、俺たちも久しぶりに青春しねえか?」


ドクターがニヤニヤしてそう言うと、妻は青ざめた表情をした。



夫婦がそんな会話をしている頃には、エンディとラーミアは病院の庭からいなくなっていた。


目指すは王都バレラルク!

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