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炎上し、墜落するインドラ!
「うわああぁぁ!!」
「やべえ落ちるぞ!」「逃げろぉ!!」
炎上し、蛇行しながら緩やかに降下していくインドラから、ドアル解放軍の兵士たちが次々と脱出していた。
あらかじめ身につけていた緊急用のパラシュートを使い、大騒ぎをしながら続々とインドラから飛び降りていたのだ。
「おい!何があった!?え、落ちてんのかこれ!??オレ様を解放しろ!!」ダルマインは為す術もなく、独房で1人パニックになりながら喚いてる。
別の独房に収監されていたラーミアは、独房内のベッドでうつ伏せになったまま微動だにしていなかった。
恐怖を感じていながらも、潔く自身の運命を受け入れようという姿勢だった。
コックピット内では、爆風によって機体が大きく揺れたため、ギルドは体勢を崩して頭をぶつけて気絶していた。
「何があったか知らねえが、このままじゃ墜落するぜ?早く逃げろよお前ら。」
ノヴァはコックピット内に備えつけてあった緊急用のパラシュートを二着、エンディとラベスタに向かって投げた。
「ノヴァ、お前…。」
「ラベスタ、今まで散々振り回しちまって悪かったな。これからは自由に生きろ。」
「嫌だ。1人で死のうとするなんて卑怯だよ。」
「分かんねえ野郎だなてめえは!」
ラベスタとノヴァが口論を始めた。すると、エンディがノヴァの顔を思い切り殴った。
「うじうじしてんなよ!こんな事しても何も変わらないって、本当はわかってんだろ!?」
「てめえ…なにしやがる!」
ノヴァは起き上がり、エンディの顔を殴り返した。そして、頭上に強烈なかかと落としを炸裂させた。
「本当は心細いんだろ?だったら仲間に頼れよ!」エンディがそう言うと、ノヴァはエンディの胸ぐらを掴んで顔を何発も殴った。
「うるせえ!てめえに何が分かるんだよ!ずっと魔法族を恨んで生きてきた…自分が魔法族の中でも特別な異能者だって事を隠しながら…ガキの頃からずっとだ!奴らに復讐する為だけに生きてきた!それが全部誤解で、本当に恨むべき相手だったドアル族と手組んで…こんなみじめなことあるかよ!?あぁ!?ケジメつけるならボスだった俺が、奴ら道連れにして死ぬしかねえだろ!?」
ノヴァは自分自身に対する怒りで正気を失い、とりつく島もなかった。
「ノヴァ落ち着いて。道連れも何も、ドアル解放軍の連中はみんな脱出しているよ。このままじゃ犬死だ。」ラベスタが冷静になだめようとするも、ノヴァの耳には届かなかった。
すると、エンディはノヴァに頭突きをした。
ノヴァは額から少し血を流し、床に尻もちをついた。
「どうして自分から孤独になろうとするんだよ。せっかく友達がいるのに…。」
エンディはとても悲しそうな顔をして、ノヴァを見ながら言った。
「は?何言ってんだ?」
「ノヴァ、お前が死んだらラベスタは一人ぼっちになっちゃうんだぞ。お前ら子供の頃から友達なんだろ?」
「エンディ…。」ラベスタは遠い目でエンディを見つめながら呟いた。
「ノヴァ…辛い時、苦しい時、誰かに救いを求めることは恥ずかしい事じゃないよ。逃げる事も、泣く事も恥ずかしい事じゃない。1番恥ずかしいのは、自分に嘘をついて生きる事だ。」
エンディはノヴァに、笑顔でそう言った。
顔は赤く腫れ上がり血まみれだったが、優しい笑顔だった。
ノヴァは、エンディの優しさに心を打たれてしまっている自分に気がついた。
「いつでも頼れよ。俺たちもう、友達だろ?」エンディがそう言い終えると、ノヴァの両目からツーと静かに涙が流れた。
「少し前の俺だったら、お前と一緒に死のうとしていたかも。だけど…神父もシスターもよく言ってたじゃん。お友達は大切にしてねって。だから俺決めたよ…これからも生きようって。昔の俺たちみたいな子供が生まれないように…ノヴァと一緒に、子供達の未来を守れる大人になれるように強く生きようって。」
ラベスタがノヴァに駆け寄って言った。
ラベスタはこんな時でも無表情だった。
「ラベスタ…エンディ…、俺を、助けてくれ…!一緒に戦ってくれ…!」
ノヴァは大粒の涙を流しながら、震える声でそう言った。
「当たり前だろ!一緒にバレラルクを守ろう!」エンディがそう言うと、ラベスタは同意するようにコクリと頷いた。
そして3人はコックピットを出た。
ノヴァとラベスタに案内されながら、エンディは機内の独房のあるエリアへと向かった。
しかし、10部屋しかない独房のどの部屋を見ても、ラーミアはいなかった。
「どういうことだ…まさかもう逃げたのか?」エンディは訝しげな表情を浮かべ、外を見た。
「あっ!!」
すると、ダルマインがラーミアを抱えながらパラシュートを使って宙を舞っているのが見えた。
「火事場の馬鹿力ってのはすげえな!ドアぶち破ってやったぜ!」
ダルマインははしゃいでいた。
「提督さん、どうして私を助けてくれたの?」ラーミアが疑惑の目を向けて聞いた。
「炎上するインドラ…ラーミアを見捨てて逃げ惑うドアル解放軍…そんな中、オレ様がお前を助けてアズバールに引き渡せば…オレ様の株は鰻登りだぜぇ!!」
ダルマインは下品な高笑いをしながら言った。ラーミアは汚物を見る様な目でダルマインを見ていた。
すると、遥か遠くから木のツルが触手のように勢いよく伸びてきた。
エンディは、その木のツルがラーミアを狙っていると確信した。
するとエンディは咄嗟に、自分の持っていたパラシュートをノヴァに渡した。
「おい、お前何する気だ?」
「ノヴァ、ラベスタ、ダルマインからラーミアを守ってやってくれ。」
エンディはそう言って、窓ガラスを割って飛び降りた。
そして木のツルがラーミアを掴もうとする寸前に、ラーミアの前に出た。
木のツルはエンディの腰に巻き付き、勢いよく縮んでいった。
「エンディ!?」
ラーミアが驚いて声を上げると、エンディは地上の森の奥深くへと引きずり込まれていった。
インドラは人気のない森へと墜落し、大爆発をして木っ端微塵になった。
ノヴァとラベスタはパラシュートを使って飛び降り、ダルマインを囲んでいた。
「え!?お前ら!なんでここに??」
「てめえがラーミアに手出ししねえように見張ってろって、エンディに頼まれたんだよ。」
ロゼは威圧的な態度で言った。
「エンディ、大丈夫かな。」
ラベスタはエンディが引きずり込まれた森の方角を見ながら呟いた。
「久しぶりだな、アズバール。」
「気安く俺の名前を呼ぶな。まさかてめえみてえな小物に二度も邪魔されるとはな。また風穴開けてやろうか?」アズバールは邪悪な顔で笑いながら言った。
「もう食らわねえよ。お前が全ての元凶だろ?俺がここでぶっ飛ばしてやる!」
エンディが勇敢にそう言うと、アズバールはとても不愉快そうな表情を浮かべた。
エンディとアズバール、この2人が再び対峙した。
一方、パラシュートを使ってインドラを脱出したドアル解放軍の戦闘員たちは、騎士団員たちによって続々と拘束されていった。
ロゼ達はインドラが落ちた現場へと急いで向かっていた。
すると上空からラーミア、ダルマイン、ノヴァ、ラベスタがパラシュートで降りてくるのを確認した。
「あれ!?お前ら何してんだ!?」
ロゼは驚いて大きな声を上げた。
「ラーミア!無事でよかった!」
モエーネがラーミアに抱きついた。
「何があったの?」ジェシカがノヴァとラベスタの顔を見て聞いた。
「墜落の原因は分からねえ。ただ、エンディがアズバールに連れて行かれたかもしれねえ。」ノヴァがそう答えると、ロゼ達の顔が強張った。
「みんな、勝手なことしてごめんなさい…。」ラーミアは申し訳なさそうに言った。
「話は後だ!エンディが連れて行かれた方向へ案内してくれ!」
ロゼがそう言うと、ノヴァとラベスタが先頭を走り、ロゼ達を先導した。
ダルマインは置いてけぼりになり、ポツンと放心状態になっている。
「ちょっと俺は墜落現場に行ってくる。」
エスタは静かにそう言って、1人別行動をとった。
エンディは、アズバールに近づくことさえできずにいた。
近づこうとすると、四方八方から木が襲ってくる。
しかしエンディは、苦しそうだが意外にも全て避けていた。
「ククク…俺とお前じゃ力の差が大きすぎる、天と地ほどもな。女1人守る為に、随分と無謀な真似をするんだな?」
「無謀じゃねえよ。お前倒してこの戦いを終わらせるんだ!」
「自己犠牲…聞こえはいいが、お前はただ無駄死にするだけだぜ?」
「そんなのやってみなきゃ分からない。力の差がどれだけあったとしても、勝てる可能性が1%でもあるなら…命賭ける価値あるだろ?」エンディは誇らしげに笑いながら言った。
それが気に入らなかったのか、アズバールは眉間にシワを寄せて、冷酷な表情を浮かべた。
エンディは、アズバールから邪悪で禍々しいオーラをヒシヒシと感じた。
すると、エンディの背後に3本の細長い木が勢いよく生えてきた。その木はエンディの体をぐるぐる巻きにした。
エンディは身動きが取れなくなってしまった。
「死ぬ前に答えろ。金髪のガキはどこにいる?」
「カインのことか?知らねえし、知ってても教えねえよ!」エンディは強気な態度で言った。
「そうか、じゃあ死ね。」
アズバールが残忍な目つきでそう言うと、身動きが取れなくなったエンディに無数の木が襲いかかってきた。
間違いなく死ぬ。エンディはそう思った。
悔しくて悔しくてたまらなかった。
無力な自分に激しい怒りを覚えた。
エンディは昔に比べて、生への執着心が強くなっていた。
それはバレラルクでたくさんの仲間に出会い、守りたいものができて、記憶喪失の自分と向き合おうという強い意志ができたからだ。
だから自らの死に対して強い恐怖心を感じた。
鋭利な木々がエンディを貫く寸前、エンディはまた例によって、身体中から風を放出した。
その風はエンディに巻き付いている木、襲いかかってくる木々をバラバラに切り裂いた。
それは所謂、カマイタチと呼ばれるものだった。
勿論、無意識であった。
その風の刃は、アズバールにも襲いかかった。
アズバールは咄嗟に自分の前に大木を生えさせて防御を試みたが、盾となった大木さえも切り裂き、その風の刃はアズバールに届いた。
致命傷に至るほど深い傷は負わなかったが、アズバールは身体中に斬り傷が生じて大量の血を流していた。
「て…てめえも…異能者だったのか…。」
アズバールはかなり動揺していた。
エンディは何が起きたのか、まるで理解していなかった。
「ただのガキだと思って油断したぜ。名前を聞いておこうか?」アズバールは血を流しながら、苦し紛れにニヤリと笑ってそう言った。
「エンディだ。」
「エンディか、覚えておくぜ。」
アズバールがそう言うと、エンディの前にモスキーノが出現した。
「エンディ〜、只者じゃないとは思ってたけど、まさか異能者だったとはねえ。しかも風!」モスキーノはニコニコしながら言った。
「てめえは…団長のモスキーノだな?」
「そだよん!初めましてだね、アズバールさん!」
「モスキーノさん!?どうしてここに?」
「楽しそうな気配がしたから来ちゃった!おかげで面白いものが見れたよ!」
モスキーノは、まるで無邪気な子供のように楽しそうにしていた。
「ククク…運がいいぜ。団長を1人ここで、殺せるんだからなあ!」
アズバールは有頂天になっていた。
辺り一帯の全ての大木が、今までにないような激しい勢いで波打つようにクネクネと動き出した。
それはとても不気味で、身の毛もよだつような光景だった。
まるで、数百頭の大蛇が、小鼠を丸呑みすべく威嚇しているようだった。
そして、数えきれない程の膨大な数の木の幹や枝が、四方八方から絶え間なくエンディとモスキーノに襲いかかった。
逃げ場のない絶体絶命の窮地。
エンディは青ざめた顔をしていたが、モスキーノはヘラヘラしたまま一切動じていなかった。
すると、2人に襲いかかってきた無数の木々が一瞬にしてパキパキに凍った。
それだけではない。
城下町一体を覆い尽くしている全ての木々が凍ってしまったのだ。
まるで異常気象が起こり、氷河期にでも突入したのかと錯覚してしまいそうになるほどだった。
エンディは、信じられない光景を目の当たりにした。
突然寒くなり、息が白くなった。
空気までもが冷気を放っていた。
木だけがピンポイントで凍っていると思いきや、アズバールも凍っていた。
アズバールも森林も、まるで美しい氷の彫刻のようだった。
エンディは絶句してしまった。
「え…モ、モスキーノさんも、その…異能者ってやつですか?」
「そうだよ!エンディも俺みたいに、力をコントロールできるようにならないとね!」
アズバールと対峙している時は恐ろしい顔をしていたモスキーノが、ニコリと微笑んで優しい顔に戻っていた。
新たな異能者!その力は氷!




