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魔法 VS 科学
ロゼの居城にも弾丸が何発か撃ち込まれた。
ジェシカとモエーネは外に出て応戦していた。
ジェシカは短剣に、モエーネはムチに魔力を纏って振るい、ギャング達を一蹴した。
「足引っ張らないでよね?」
「はあ!?こっちのセリフなんだけど!」
こんな事態でも2人は口喧嘩をしていた。
中ではサイゾーとエスタが剣を抜き、ロゼを囲っていた。
「第二十五魔道ディフェーザ!」
サイゾーとエスタが同時に唱えると、ロゼたちの前に白光りした鏡のような、巨大な壁が出現した。
白光りした壁は、ギャング達の放つ銃弾は難なく塞いだが、グレネードランチャーの爆撃により、まるで鏡が割れたように崩れた。
「へっ!意外と脆いんだな!」
「科学の力は凄えぜ!魔法族相手でも、全然対等に渡り合えるじゃねえかよ!」
ギャングたちは魔法を撃破したことに興奮冷めやらぬ様子だったが、喜びも束の間で、すぐにエスタの剣技により制圧された。
「おいおい、俺じゃなくてラーミアとアルファを守れよ。俺の強さはお前らも知ってんだろ?」ロゼは少し鬱陶しそうにしていた。
「あわわわわ…」
アルファはラーミアの後ろで怯えていた。
「大丈夫よアルファ君。そんなに怖いなら避難所に行けばよかったのに。」
ラーミアは苦笑いしながら言った。
「だ、だって…ボクなんかにこんなに優しくしてくれるラーミアさんが残るのに…ボクだけ避難所に行くわけにはいかないですよ…。」アルファは声を震わせながら言った。
「ほう、アルファ。お前意外と男前じゃねえかよ?」ロゼは少し感心していた。
「ああ、苦しい…もう食べれない…」
クマシスはお腹をパンパンに膨らませ、床に仰向けになっていた。
「お前もうクビだ!」サイゾーはクマシスに非情な眼差しを向けて言った。
庭園内の銃撃戦は激化していた。
連合軍側は、何としてもギャングが王宮内に侵入してこないよう命がけで阻止していた。
魔力により作られた魔法弾と、ドアル解放軍から買い付けた科学兵器の激突。
魔法と科学、どちらの力が強いのか、雌雄を決する時がきたかに思われた。
すると、王宮の重厚な扉が開き、ポナパルトが外へ出てきた。
「オラァ!少しは楽しませろよ?」
ポナパルトが凄まじい声量でそう言うと、銃撃戦がピタリと止み、辺りはシーンとした。
ポナパルトの身体からほとばしる異常な闘気と、溢れ出るオーラの凄まじさに、敵味方問わずその場にいた全ての者が恐怖のあまり硬直してしまったのだ。
一方、ノヴァとラベスタはまだ正門を突破出来ないでいた。
ダルマインは体を丸めてガタガタ震えている。
ノヴァとラベスタは何度も正門を抜けようと試みたが、エンディが何度も立ちはだかった。
「ぐわあっ!」
ノヴァから幾度となく攻撃を受け、エンディの顔は大きく腫れ上がって血だらけになっていた。
何度殴り飛ばされても蹴飛ばされても、その度にエンディはノヴァに立ち向かっていった。
「うざいなこいつ。しかもムカつく。」
ラベスタは苛立ちを隠せない様子で言った。
「おい、なんでそこまでする?そんなボロボロになってまで何を守ろうとしているんだ?お前記憶喪失なんだろ?ウィルアート家に何か恩でもあるのか?」ノヴァは心底疑問そうにして聞いた。
「やっと出会えた…おれを受け入れてくれた大切な人たちを傷つけさせたくないんだ…。それに…誰かが争っているところも、傷ついて苦しんでいるところも見たくない…お前たちが傷つくところだって見たくないんだ…。俺はただ、みんなで仲良く楽しく生きたいだけんだよ…!」エンディは今にも消え入りそうなか細い声で言った。
「言ってる意味がさっぱり分からねえな。もういい、お前殺して俺たちは先に進むぜ?」
すると、カインがノヴァの前に立ちはだかった。
ノヴァは恐るべき速さでカインのまわりを走り回り、四方八方から攻撃をしたが、カインは涼しい顔で、全ての攻撃を完璧に防いでいた。
カインの顔めがけて渾身の回し蹴りを決めようとしたが、カインは両腕を重ねて防いだ。
「やるなお前。」ノヴァは平静を装っていたが、ここまで自身の攻撃を防御されたのは初めてだった為か、実は動揺しており、"なんだ、こいつ…?"と心の中で呟いていた。
「庭園内のギャングはざっと100人くらいってとこか。いくらなんでも無謀すぎるんじゃねえか?そんな人数じゃ簡単に捻り潰されるぜ?」カインがそう言い終えると、ラベスタが剣を抜いて斬りかかってきたが、カインはヒョイと身軽にかわした。
「言ったでしょ?俺たちの目的は別に勝つことじゃないし、初めから勝てるなんて思ってない。ただ俺たちの憎しみを思い知らせてやりたいだけだよ。だから死ぬことなんて、別に怖くない。」ラベスタがそう言うと、エンディは倒れた状態から怒鳴り声を上げた。
「命を粗末にするなぁ!!」
ノヴァとラベスタはびっくりしてエンディに視線を向けた。
するとエンディはフラフラしながらゆっくりと立ち上がり、続けて言った。
「死ぬことなんて怖くないだと?そんなこと言っても全然かっこいいと思わねえぞ?」
「おい、てめえ何が言いてえんだ?」
ノヴァは恐ろしい表情でエンディに詰め寄った。
「本当は怖いくせに…。怖いものを怖いと認めることができないのは臆病な証だ!本当はこんなことしても意味がないってわかってるんだろ?」
「うるせえっ!」ノヴァはエンディの顔を思いきり蹴り飛ばした。
エンディは倒れても、地べたを這いつくばりながら正門に向かうノヴァの足を掴んだ。
「お前ら全然楽しそうに生きてねえよ。前のおれみたいだ…。こんなことしたって余計辛くなるだけだぞ!」
するとラベスタがエンディに剣を向けながら言った。
「じゃあ俺たちの修道院を襲撃した騎士団員を、今すぐここに連れてこい。それを看過した王族も、命令をした奴らも…まだ幼い子供だった俺たちの仲間を見捨てた連中を連れてこい。そしてその連中を殺させろ!それが出来るならすぐ引き上げるし、これから先は真面目に生きるよ。」
相変わらず無表情だったが、どこか悲しげな表情を浮かべていた。
「ん?修道院…?」ダルマインは身を丸めて怯えていたが、孤児院という単語に反応を示していた。
「エンディ、こいつらには何を言っても無駄だ。」カインがそう言うと、エンディはゆっくりと立ち上がった。
すると何を思ったのか、エンディはラベスタを、右腕で力一杯抱きしめた。
エンディの突然の行動に、カインもノヴァもラベスタも、首を大きく傾げていた。
いったい、その真意は何なのか。
ラベスタを抱きしめるエンディの顔は、どこか優しさを感じられたが、同時に悲痛な表情にも見えた。
鬼のような形相で、全身から殺気を放つポナパルトを見た魔法戦士達は、命の危険を感じて恐れ慄き、一時戦線離脱すべく逃げ出していた。
「やべえ…ポナパルトさんが暴れるぞ!」
「逃げろぉ!殺されるぞ!」
王宮の高い塀を越えて逃げ出すものもいた。
しかし、多くは正門をこじ開けて逃げ出そうとしていた。
同じように怖気付いてしまったノヴァファミリーのギャング達も、どさくさに紛れて逃げ出そうとしていた。
すると、正門を開けて逃げ出そうとしていた人々は、正門前でラベスタを抱きしめているエンディを見て立ち止まった。
状況を読み込めない彼らは、その様子を見てポカーンとしながら首を傾げていた。
「おいおい何やってんだぁ!?」
ポナパルトは大きな声でドシドシと歩きながら、正門へ向かった。
「離してよ。気持ち悪いんだけど?」
ラベスタは心底嫌そうな言い方をした。
「お前も抱き返してくれ、ラベスタ。」
エンディはとても悲しそうな表情で言った。
「何してんだよてめえ、頭大丈夫か?」
ノヴァはかなり引いている様子だった。
ダルマインは目を丸くしている。
「離せよ。殺すよ?」ラベスタが冷たい口調でそう言うと、エンディはゆっくりと喋り始めた。
「おれ…記憶を失ってから4年間、毎日毎日ひとりぼっちだった。自分が何者か分からなくて、何のために生きてるのか分からなくて本当に辛かったんだ。もう死のうかなって思った事もあったよ。俺ほど不幸な人間、この世にいないんじゃないかなあ、なんて本気で思ってた。」
「??何が言いたいの?」ラベスタは怪訝な顔で言った。
魔法戦士達、マフィアのメンバーは皆、立ち止まったまま静かに様子を見ていた。
「ミルドニアに行って、バレラルクに来て、色んな人を見た。そこには俺なんかよりよっぽど苦しんでいるのに、精一杯歯食いしばって生きている人がたくさんいたんだ。今までは自分ばかり不幸だと決めつけていたから、そういう人たちの存在に気付こうともしなかった。お前らもたくさん辛い思いをしてきたんだな…。」
「だから何が言いてえんだてめえ?まじで殺しちまうぞ?」ノヴァは苛立ちながらエンディを殴ろうと拳をあげたが、カインがそれを阻んだ。
「人の話は最後まで聞けよ。な?」
カインがそう言うと、ノヴァは舌打ちをしながら握り拳をくずし、腕を下げた。
「生まれた国、肌の色、目の色、考え方や価値観…たしかにみんなそれぞれ違う。そこから争いが起こるのは仕方ない事なのかもしれない。だけど…体に流れる血は、みんな赤いんだ。みんな同じ人間なんだ。ラベスタ…もしおれの事を敵じゃないと思ってくれているのなら、抱き返してくれ。」
全員、固唾を飲んでその場を見守っていた。
ロゼも物陰に隠れてその光景を見ていた。
ラベスタは数秒間微動だにしなかったが、ゆっくりと右腕を上げた。
そのゆっくりな動きからは、躊躇いが感じ取れた。
そして、エンディの背に右手を伸ばし、軽く抱き返した。
「これでいい?早く離してよ。」
ラベスタは小さな声で言った。
そしてすぐにお互い手を離した。
すると、ギャラリーから盛大な拍手喝采を浴びた。
多くの者がその光景を見て感動していた。
そこには、魔法族も、魔法族を憎むギャングも、何も関係なかった。
感動して思わず泣いている者すらいた。
カインは右目からツーと一筋の涙を流し、誰にも気付かれないようにそっと拭った。
「エンディ、すげえ奴だぜお前は。」
ロゼは微笑みながらそう呟いた。
しかし、ノヴァファミリーには納得のいっていない様子の者が何人かいた。
「ふざけんなよ!綺麗事ばっか抜かしやがって!」
「てめえみてえなガキに何が分かるんだ!」
「俺たちがガキの頃、魔法族からどんな目に遭わされてきたと思っていやがる!」
エンディに向かって罵声を浴びせる複数の男達に対して、ポナパルトが一喝した。
「エンディの男気を無碍にする野郎は出てこい!俺が殴り殺してやる!」
ポナパルトが声を荒げてそう言うと、ギャング達は瞬時に怯み、何も言えなくなっていた。
「ちょっと待ってくれ。おめえら、どこの生まれだ?さっき言ってた修道院てのはもしかして、昔ケイメイ地区にあった孤児院のことか?」
ダルマインが慌ただしくそう言うと、ノヴァとラベスタはピクリと反応した。
「どうして知ってるんだ?」ノヴァが聞いた。
「やっぱりな…。いいか、よく聞け。当時あそこを襲撃したのは聖道騎士団じゃねえ!ドアル族の反乱因子だ!」
「はあ?何言ってやがる。」ノヴァが食い気味に言うと、ダルマインは続けて説明した。
「あの頃は…ギルドが財力に物を言わせてドアル族の反乱因子を統率し始めていた時だ。奴は部下に、聖道騎士団員が着用していた物とそっくりの戦闘服を大量に作らせたんだ。それを着て騎士団員に扮したドアル族の愚連隊が、魔法大戦の混乱に乗じて自国の市民…主に非魔法族を虐殺したんだよ。身寄りのないガキども誘拐してコキ使って痛めつけたりとやりたい放題やりやがったんだ。全ては…オメェらみてぇなガキ共に、魔法族に対する強い憎しみを意図的に植え付けさせて、上手く利用するためにな?」
一通り説明し終えたダルマインは、タバコに火をつけた。
ノヴァとラベスタは目を見開いて言葉を失っていた。
「ダルマイン…その話本当か?」エンディは半信半疑な様子で聞いた。
「ああ。オレ様はプロの嘘つきだがこればっかりは真実だぜ?一時的とはいえ、ドアル解放軍の大幹部に抜擢されたこの俺様が、ギルドから直接聞いた話だから間違いねえぜ?孤児院襲撃の話も割と有名だったしな。」ダルマインは煙を吐きながら言った。
「そんな…じゃああれは…。」
ラベスタは頭が真っ白になっていた。
ノヴァも、頭の中を整理するのに少し時間がかかりそうな様子だった。
よくよく思い返してみれば、当時、自分たちを攫って戦地へと連行してきた騎士団員たちが魔法を使ってた場面など、微塵たりとも記憶がなかった。
それは思い出せないのではなく、一度たりとも見たことがなかったからだ。
明日をも知らぬ日々を過ごしていた当時は、恐怖のあまり彼らを注意深く観察する余裕など皆無だったのだから、それも当然だった。
「なるほどな、そういうことだったのか。」
カインは腑に落ちていた。
ノヴァとラベスタは茫然自失としていた。
魔法族への憎悪を原動力として今日まで生きてきたというのに、それが誤解だったと知り、利害が追いつかない様子だったのだ。
ついに明かされた真実!
ノヴァとラベスタは何を思い、これからどう動く?




