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輪廻の風  作者: 夢氷 城
第1章
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1-1

世界最大の魔法国家、ナカタム王国。

この国では、命の価値は平等ではない。


建国から五百余年、魔法族至上主義の思想が根強く残っているからだ。


強力な魔力を扱う眷族が王都バレラルク近郊で悠々自適に暮らしている一方で、魔力を有さない人々は"無能者"とみなされて僻地へと追いやられて、細々と暮らしているのだ。


所謂、無能者と蔑まれている人々が、例え不況や飢えに苦しもうと、或いは、その土地に国内外から武装集団が蹂躙してこようとも、国はほとんど放置しているのが現状だ。


無能者と呼ばれる人々は、何か困ったことがあっても、有事の際でも、基本的には自分たちで何とか解決しなければならない。


現在エンディのいる田舎町の住民は、魔力を有さないドアル族が過半数を占めており、王室近衛聖堂騎士団の戦闘員は一人もおらず、魔法庁保安局の、頼りない弱腰の保安官が数名駐在しているだけなので、町は無法地帯と化していた。


ドアル族は非常に好戦的な民族だ。

根深い差別の歴史が根深い怨恨を与え、彼らをそうさせてしまったのかもしれない。


最近では、ドアル族を中心にした、国家転覆を狙うテロリスト集団が結成されたという噂が巷に広がっていた。



そんな物騒な町で、お腹を空かせたエンディは、今日は何を食べようか、などと呑気なことをぼんやり考えていた。


すると港町に、馬に乗って長い槍をこれ見よがしに振り回しては、周囲を威嚇する、柄の悪い騎馬隊員のような男たちが五名雪崩れ込んできたのだ。


辺りが騒然となったところで、5人組のリーダー格らしき男が口火を切った。


「聞け!ギルド総統よりお達しだ!」


ギルド総統、という名を聞いた周囲の人々は、ギョッとした様な顔でザワザワとし始めた。


無宿の風来坊であるエンディですら、その名は聞いたことがあった。


ドアル族を統率する首長の名前だ。


リーダー格の男は、ざわざわとする民衆の前で、更にこう続けて言った。

「ギルド総統は新たな戦闘部隊の設立を宣言なされた!部隊の名はドアル解放軍!王都バレラルク陥落を果たすべく設立された栄誉ある部隊だ!」



「王都を陥落…!?」「何だってそんな事を…」


人々は、怪訝な表情で騎馬隊員たちを見ていた。


さっきまでの活気ある港町の雰囲気が一気に凍りつくのを、エンディは肌で感じとっていた。


リーダー格の男は「これは聖戦だ!我こそはドアル族の為に戦わんという高き志のある者は名乗り出ろ!」と、号令をかけるように言った。


しかし、なかなか名乗りを上げる者は表れず、場の空気はちんやりとしてしまい、痺れを切らしたリーダー格の男は下馬し、たまたま目に留まった、推定年齢7〜9歳くらいの男の子の前にツカツカと歩いて行った。


リーダー格の男は、男の子と目線を合わせるように片膝をつき、酷く怯えた様子の男の子に、短刀を渡した。


すると、部下の男が、何やら大きな風呂敷の様なものを抱えながら下馬し、男の子の前で、風呂敷の中身を乱暴に放り出した。


中から出てきたのは、両手足を拘束され、大怪我をした虫の息の男性だった。

なんとこの男性、魔法族の保安官だったのだ。


「全く、この町の大人たちは情けないな。とんだ腰抜けの集まりだ。ならば、未来ある子供に期待するより他あるまい。おい小僧…今渡したナイフで、この薄汚い魔法族にトドメを刺せ。これは命令である!」


リーダー格の男は、まるで実験を楽しむ性悪の科学者のような顔つきでそう言った。


「我らドアル族をコケにしてきた魔法族を!今こそ根絶やしにするのだ!さあ小僧、殺せ!この聖戦の火蓋はお前が切るのだ!」


男の子は歯をガチガチと鳴らし震えていた。

ナイフを握る手も、足も、ガタガタと小刻みに震え、恐怖のあまり吐き気すら催していた。


大人達は、誰もその男の子を助けようとしなかった。

見てみぬふり。知らんぷり。下手に関われば、自分が殺されるかもしれない。

エンディは、そんな牙の抜かれた大人たちの姿を見て苛立ち、また、悲しくなっていた。


すると、男の子の祖父らしき、腰の曲がった老人が間に入り、「待ってください兵隊さん…勘弁してやってください…後生じゃ…」と言うと、リーダー格の男は老人を一括し、老人の首に槍の鋒を当てた。


「小僧!早くその魔法族を殺さ!さもなくば、このジジイを殺すぞ!」


男の子は、捕虜となった保安官を横目でチラッと見た。

彼は横たわった状態で、鋭い眼光でドアル族の戦士を睨みつけながら、小声でぼそっと「クソが…無能者の分際で…!」と言った。


この一言を、リーダー格の男は聞き逃さなかった。


「なんだと…聞き捨てならんな貴様。もういい、この魔法族のゴミも、腑抜けたお前らも、全員我らがこの場で殺してやる!」


ドアル族の戦士5人は、槍をブンブン振り回して民衆を威嚇した。

そして、その狂刃が捕虜の喉元に振り下ろされそうになったその時だった。


エンディがリーダー格の男の顎に、強烈な跳び膝蹴りを炸裂させ、失神させたのだ。


一連のやり取りを見ていた民衆は、"なんて事をしてくれたんだ!"と言わんばかりの表情で、口をあんぐりと開けたまま、声も出せずにいた。


エンディは男の子からナイフを取り上げ、男の子の頭にポンっと右掌を置き、「よく頑張ったな。後は兄ちゃんがなんとかするから心配すんな!」と、優しい笑顔で言った。


男の子は震えが止まっていた。

老人は、エンディに礼を言おうと恐る恐る近づいたが、エンディに「その子連れて早く逃げて」と言われると、何度も深々も頭を下げた後、男の子の手を引っ張ってその場から離れた。

男の子は、見えなくなるまで、ずーっとエンディの背中を見ていた。


「このクソガキが!」「ぶっ殺してやらあ!」

いきり立った残り四人の戦闘員を、エンディは軽々一蹴した。



エンディのあまりの強さに、一連の騒動を目撃していた人々は、度肝を抜かれ、目を丸くして驚愕していた。


それと同時に、得体の知れない、田舎町では見かけない顔のエンディを不気味に感じていた。


エンディは記憶を失い、自分が何者か分からず、ただただ町を放浪していたこの4年間で、何一つ記憶を取り戻す手がかりを見つけることができなかったが、自身の身体能力の異常な高さには気づいていた。


以前にも、何度か似たようなことがあって人助けをしたことがある。


ある時は遠洋漁業をしている漁師が、巨大なサメが魚たちを食い荒らしているせいで商売ができないと嘆いている様子を見ると、一目散に海に潜った。

サメを探すために、10分以上も海中に潜り続けていたのだ。


そして、自身の倍近くの体長を誇る凶暴なサメを見つけては、素手で生捕りにし、沖合いまで運んでみせた。


そしてある時は、田畑を荒らし農民を悩ませる獰猛なクマを、パンチ一発で卒倒させた。


エンディは根が臆病で気が小さいのに、そういった局面に直面すると、臆することなく、いつも果敢に立ち向かっていた。


あまりにも人間離れした強さに、自分でも驚いていた。もしかして自分は、凄いやつなのかもしれない、特別な存在なんじゃないかと、何度も思った。


しかしエンディは真っ直ぐな心優しき少年なので、驕り高ぶり、自らの力を周りに誇示するようなことは一切なく、謙虚に生きてきた。


エンディは人助けをする度に感謝されてはこそばゆさを感じていたが、今回は違った。


いつもとは、まるで正反対の対応をされたからだ。


エンディに助けられたはずの町民達には感謝のかけらもなく、それどころか、寄ってたかってエンディに罵詈雑言を浴びせたのだ。


「なんて事をしてくれたんだ!彼らに逆らって、ただで済むと思うなよ!」

「俺たちまで目をつけられたらどうするんだ!責任取れるのか!」

「正義の味方にでもなったつもりか!早く帰れ!」


さらに彼らは、気絶しているドアル族の戦士たちの救護に当たり始めた。


エンディは、別に感謝されたかった訳ではない。

ただ、自らの信念と正義感に則って行動をしたに過ぎないからだ。


ただ、想像の斜め上をいく町民たちの反応に意表を突かれて唖然とし、少し心が傷ついていた。


自身の行動に後悔はない。

自分は何一つ、間違ったことはしていない。

エンディは、独りよがりな正義感に支配され、自分自身をちっとも疑っていなかった。


しかし、自分が招かれざる客だったことはしっかり自覚し、空気を読み、悲しげな表情で港町を後にした。


「ここにも俺の居場所は無いか…」


港町を離れ、今度は潮の香りがする海沿いを歩いていた。

1人になると途端にホッとしたが、それ以上に寂しさも込み上げてきた。



「今日も独りか」


沈みゆく夕陽を眺めながら、呟いた。


「まあいつものことだし、別に寂しくなんかないけどな、ははは・・・」


力なく笑った。そんな強がりを言ってみせたが、エンディは寂しかった。


たまに日雇いで仕事をして、日払いで給料をもらい、その日暮らしの生活。


帰る場所がないため、たまに安い宿に泊まるが、ほとんど野宿。


自分が何者か分からず、頼れる人も、行くあても目的もなく、ただひとりぼっちで放浪する日々が4年間も続いているのだ。


「おれ、何のために生きてるんだろうな」


前向きに生きようと頑張ってみたが、もう限界だった。今の生活が激変するような出来事が起こらないかと、願うばかりだった。


「ちょっと早いけど、今日は疲れたしもう寝るか。明日は何しよっかな」


雲行きが怪しくなってきたなと思い、海を眺めていると、沖合に一隻の小船が見えた。


帆の無い、ボロボロの小さな木造船だ。

よく目を凝らして見ると、船上に人がうつ伏せになって倒れていた。


「大変だ!遭難者か?」

エンディは大慌てで走った。





「また会える?」




空耳だろうか。

無我夢中で走っていると、確かにそんな声が聞こえた。




しかし今は遭難者を救助することで頭がいっぱいだったので、そんなことを気にしている余裕など持ち合わせていなかった。


船に飛び乗り、遭難者の体を仰向けに起こした。

髪の長い、自分とそう歳の変わらない見た目の少女だった。


「おい!しっかりしろ!大丈夫か?」


エンディが叫ぶと、少女はゆっくりと目を開けた。


ドクン、と自分の心臓の音が聞こえた。


エンディの両目からは、大粒の涙が滝のように溢れ出てきた。


ようやく邂逅の時が訪れたようだ。



再会?

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