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ギャングのボス、ノヴァは小柄な少年だった。
「ダルマイン!このお方が我らがボス、ノヴァさんだ!」ランプを持った男が言った。
するとダルマインは目を丸くしてポカーンとした後、大笑いをした。
「ギャーハッハッハッ!このチビがボスだあ!?おめえらこんなガキの下についてんのか??冗談きついぜ!?」
ダルマインを囲んでいるギャング達はピリピリし始めた。
「このガキ殺してオレ様がノヴァファミリーのボスになってやるぜ!ボスの座明け渡せやオラァ!!」
ダルマインはそう叫びながらノヴァに向かって一直線に走り出し、殴りかかった。
すると、ノヴァはダルマインの顔面にハイキックを決めた。ダルマインは吹き飛ばされ、全身を強く壁に打ちつけられた。
「ナメんなブタ野郎」ノヴァが言った。
「も、申し訳ございませんでしたぁ!とんだご無礼を…お許しください…!!」
ダルマインは土下座をしながら言った。
「おい、やっぱこいつ殺しちまおうぜ」
「それがいい。ボスに殴りかかるなんて生かしておけねえぜ」
ギャング達がざわつき始めた。
「ち、違うんです!私めは本当はこんなことしたくないんです!ただ、ロゼの命令で仕方なく…」ダルマインは必死に言い訳をした。
「ロゼ?王子のことか?」ノヴァが言った。
「へい…俺、色々あって聖道騎士団に捕まったんです。本来なら即処刑されるはずだったんですが、ロゼの野郎にギャングのボスの首を殺ってきたら許してやると言われて…」
「あの王子がお前みたいなバカにそんな命令をするとは思えないがな」ノヴァはダルマインを見下ろしながら言った。
「本当なんです。お願いします…俺を匿って下さい!何でも言うこと聞くんで、ノヴァファミリーに入れて下さい!!」
ダルマインがそう言うと、周りのギャング達が怒りだした。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞコラ!」「ナメてんのかテメェ!」怒号が飛び交った。
「何でも言うこと聞くんだな?」ノヴァが言った。
「へい…!」
「じゃあ3人の騎士団長を暗殺してこい。それが出来たらお前を幹部にしてやるよ」
ノヴァがそう言うと、部下のギャング達はそんな事できっこないと口々に言った。
無理難題を押しつけられたダルマインはかなり動揺していたが、必死に平静を装った。
「出来るな?」ノヴァが鋭い眼光で言った。
「イエス、アイキャン」
ゆっくり顔を上げてそう言ったダルマインは、一点の濁りも無い澄んだ瞳をしていた。もうほとんどヤケクソだったのだ。
すると、突然パッと部屋が明るくなった。
ランプの灯りでも電気でもなく、魔法による灯火である事は明白だった。
突然部屋が明るくなったことで、一同動揺していた。
「ダルマイン〜、裏切りは良くないぜ?」
声のする方に目を視線を向けると、入り口の扉からロゼとエンディが入ってきた。
「おいダルマイン、全部聞いてたぞ!」
エンディが怒った口調で言うと、ダルマインは一瞬ギクっとしたが、すぐに冷静さを取り戻して喋りだした。
「ふっ…エンディ、お前は何も分かっちゃいねえな?敵を欺くならまず味方からって言うだろ?ロゼ王子!あのチビがボスのノヴァです!このアジトも俺が突き止めました!」あっさりノヴァファミリーに寝返ったかと思われたダルマインが、まるで何事もなかったかのように言った。
「ご苦労だったなダルマイン、良い仕事するじゃねえかよ」ロゼが言った。
ダルマインは小走りでロゼとエンディのもとへと向かった。
王子であるロゼの登場に、ギャング達はかなり焦っていた。
「まさかプラチナグリルの使われてねえ部屋をアジトにしていたとはな、恐れ入ったぜ。店のオーナーもグルってことだよな…おめえらが買収したのか?」ロゼが言った。
「これはこれはロゼ王子。こんなところに何の御用で?隣の馬鹿面と一緒に心中でもしにきたんですか?」ノヴァは余裕のある表情で言った。
馬鹿面呼ばわりされて怒ったエンディは、わんわん吠えていた。
「決まってんだろ?最近お前らが物騒な動きをしているからとっちめに来たんだよ。密猟部隊リーダーのジェシカにさえ素性を明かさなかったお前が、こんな下っ端どもの前に姿を見せているなんて意外だったぜ?」
「あの女がスパイだってことは最初から気づいていた。泳がせといて逆に利用してやろうと思ってたんだけどな」
「ははっ、イカついガキだぜ」
ロゼは笑いながら言った。
手下のギャング達が銃を取り出してエンディ達に向けた。
「やめろ。こんな所で銃ぶっ放して一般人に当たったらどうするんだ?」
ノヴァがそう言うと、手下達は慌てて銃をしまった。
ノヴァのこの発言に対し、エンディはとても意外そうな顔をしていた。
「なあ、お前らギャングは何が目的でドアル解放軍から武器を買ってたんだ?」エンディが言った。
「復讐だ。そして今、機は熟した」
ノヴァはニヤリと笑いながらそう言うと、信じられない速度でエンディ達の前に詰め寄り、催涙スプレーを噴射した。
エンディとロゼ、ダルマインは目に猛烈な痛みが走り、身動きが取れなくなっていた。
ノヴァとその手下達は、その隙に逃げ出した。
「ぎゃあああああっ!痛えよぉ〜!!」
ダルマインは悲鳴をあげてのたうち回っていた。
エンディとロゼは激痛に耐え、涙を流しながらノヴァ達を追っていた。
「ちっ、催涙スプレーとはナメた真似してくれるぜ。それにしてもあのチビ、イカついスピードだったな。全く反応出来なかった…」
「ロゼ王子、俺あのノヴァって人悪い奴じゃないと思う…。戦うよりまず、お互い頭を冷やして話し合ってみませんか…?」
エンディが言った。
「話し合いに応じるような奴らならそうしたいぜ。だけどあいつらはドアル解放軍と共謀して何か企んでいるかもしれねえ。そしたらまたラーミアが狙われるかもしれねえぜ?」ロゼがそう言うと、エンディは深刻な表情を浮かべた。
「ラーミアや他のみんなに何かあったらもちろん戦います。だけどその前に、どうしてもあいつと一度話し合いたい!」
エンディはそう言うと、走る速度を上げてノヴァ達を追った。
「話し合いか…対話で解決出来ればな…俺だってそれが一番理想的だぜ。だがよ、逃げられちゃそれは叶わねえ!第九魔道リヒトザイル!」
ロゼがそう唱えると、逃げるノヴァ達の頭上に、大きな光の輪が出現した。
光の輪がノヴァ達を捉えるべく恐るべき速度で下降したが、ノヴァが一蹴りしただけで、光の輪は呆気なく破壊されて、消滅した。
「俺の魔法を蹴り一発で…ボスを名乗るだけあるぜ」
ロゼは、ノヴァの強さに驚いていた。
ノヴァ達はプラチナグリルのホールを走り抜けて外へ出た。
突然ガラの悪い集団が乱入してきたため、店内は騒然とした。
「何だあいつら…?」サイゾーは呆気に取られていた。そしてその集団を追って外へ出たエンディとロゼを確認し、状況を把握した。
「まさか…おいクマシス!俺たちも追うぞ!」サイゾーは言った。しかしクマシスはどこにもいなかった。
そして、カインを呼びに急いで厨房に入った。
すると、クマシスは厨房で寝っ転がっていた。どうやら店の酒を勝手に飲み、酔っ払っているようだ。
「おいクマシス!やめねえか!」シェフが声を荒げて言った。
「うるせえよ!どいつもこいつも偉そうに店員を見下しやがって!店員だって人間だぜ?客の奴隷じゃねえんだよ!店員に敬意を払えねえバカは外食するな!!おいバカ王子、どこにいやがる!今すぐ法改正しろ!カスハラは一律死刑だ!」
泥酔して怒鳴り散らしているクマシスに、コックは皆怯えていた。カインは白い目で見ている。
「なにしてんだクマシス!今ロゼ王子とエンディがギャングどもを追って外に出た!俺たちも追うぞ!カインも来い!」
サイゾーはそう言うとクマシスの腕を引っ張り、クマシスを引きずりながら走りだした。
カインもその後に続いた。
すると、先ほどの小太りの客が、走ってクマシスに近づいてきた。
「オカッパの兄ちゃん、さっきはごめんな。最近家に帰ると嫁と娘に罵られまくっててよ…ついイライラして八つ当たりしちまったんだ。許してくれ…」
「うるせぇー!!」クマシスは、誠心誠意謝罪にきた小太りの客に、怒りの鉄拳をおみまいし、殴り飛ばした。
「おい何してる!さっさと立って自分の足で走れ!」サイゾーがクマシスに叱責した。
そしてカイン達も外に出て、マフィア達を追った。
店員もコックも客も、全員口を開けてポカーンとしていた。
カイン達はエンディとロゼと合流した。
「ロゼ王子!奴らはどこへ?」サイゾーが言った。
「見失っちまった。先頭にオレンジ頭のチビが走ってたろ?あいつがボスのノヴァだ」
「まさか、あんな子供が!?」
「ああ。お前ら、今日は悪かったな。もう遅いし帰って寝ろ。明日の昼ごろまた王宮に集合な?」
ロゼはそう言い残して帰ってしまった。
クマシスは真っ赤な顔でいびきをかきながら路上で寝ている。
「え、クマシスさん酔っ払ってる??」
エンディが言った。
「このポンコツ男は放っておけ。エンディとカイン、ロゼ王子がお前達に下宿用の部屋を用意して下さった。王宮の近くだ、今から案内する。」サイゾーが言った。
「ええ!それはありがたい!明日お礼言わなきゃな!」エンディはとても嬉しそうだった。
「おい、まさか相部屋じゃないだろうな?」
カインが不満そうな顔で言った。
「ちゃんと1人1部屋用意してある。部屋は隣同士だがな。早くついてこい。」
サイゾーに言われるがまま、エンディとカインは歩きだした。
ノヴァ達は、パニス町に密かに作った地下通路を歩いていた。
地下通路は暗いため、ここでも先頭の男がランプを手に持っていた。
「上手く撒けましたね。ところでボス…さっき機は熟したとおっしゃっていましたが…?」部下の1人が恐る恐る尋ねた。
「そのまんまの意味だ。明日、王宮を攻め落とす。早く行くぞ、ラベスタの野郎が首を長くして待ってるはずだぜ?」
ノヴァはニヤッと笑いながら言った。
「王宮を攻め落とすって…無茶ですよそんな!」 「団長共が出張ってきたら命はありませんぜ?」部下達はひどく動揺していた。
「腰抜けどもが、怖いなら逃げてもらって構わねえぜ?ナカタムの奴らが俺達に何をしてきたか思い出してみろよ。今こそ積年の恨みを晴らす時だ」
ノヴァは憎しみに満ちた表情でそう言った。
部下達は皆、不安を隠しきれない様子だった。
「うおお、いい部屋だな!!」
下宿先に着いたエンディは舞い上がっていた。
部屋は6畳ほどで、決して広くはないが綺麗で、王宮近くという立地の良さに、かなり満足している様子だった。
エンディは部屋を出て、カインのいる隣の部屋のドアをドンドン叩いた。
「何だようるせえな」カインは苛立った様子出てきた。
「カイン、腹減った!何か作ってよ!」
「ふざけんな、早く寝ろよ」
カインは不機嫌そうな顔で、冷たく言ってドアをバタンと、あからさまに強く閉めた。
エンディは少ししょぼくれた様子で自室に戻り、横になって天井をぼんやり眺めていた。
「今度こそちゃんとラーミアを守るぞ。早く記憶も戻るといいなあ…。」
そんな声が、狭い部屋に虚しく響き渡った。
残念ながら、エンディの記憶が戻るのはもう少し先の話




