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いざ歓楽街へ!
パニス町は、魔法都市バレラルク随一の歓楽街だ。
"眠らぬ街"と呼び声の高いこの街は、深夜でも多くの人々が行き交い、明かりを灯す飲食店が立ち並んでいる。
そして、不良少年やギャングが肩で風を切りながら闊歩しては、魔法を使った小競り合い、又は抗争までもがしばしば勃発するこの街は、ナカタム王国で最も治安が悪いとまで言われている。
まともな魔法族なら、まずこの街には近寄ろうとしない。深夜などもってのほかだ。
「奴らのアジトはこのパニス町のどこかにあるはずだ。ダルマイン、お前ここで飲み歩いてるノヴァファミリーの下っ端どもにケンカ売ってこいよ。そいつらボコってアジトの場所を吐かせてくれ!」変装のために性懲りもなく悪趣味な仮面を被ったロゼが言った。
「ははーっ、仰せの通りに!」
ダルマインはかしこまった態度で言った。
「そんなコテコテのやり方でうまくいきますかね…」サイゾーは不安そうに言った。
クマシスは心底気だるそうで、早く帰りたそうな顔をしている。
「あの、ロゼ王子。俺たちはどうすれば?」
エンディがそう言うと、ロゼはパニス町の中心地にある大きなレストランを指差した。
「ジェシカが言うには、あのプラチナグリルってレストランはノヴァファミリーが贔屓にしている店らしい。エンディ、カイン、サイゾー、クマシス、お前らあの店で働いてこい!」
「は、働く〜〜!?」
エンディとクマシスが声を揃えて叫んだ。
「ああ。幹部クラスの奴らがお忍びでよく来てるらしいぜ?だからお前ら、内側から探ってきてくれよ!」
ロゼはそう言うと、どこかへ向かって歩き出した。
「ロゼ王子、どちらへ行かれるのですか?」
サイゾーが言った。
「俺は1人で巡回してくる。この仮面被ってりゃ誰も俺が王子だって気づかねえだろ?何かあったらすぐ駆けつけるから心配すんな」
ロゼはそう言うと、夜の街へと消えていった。
「あいつ馬鹿じゃねえの?あんな目立つ格好で巡回だってよ!」
「クマシス、頼むからロゼ王子の前でだけは心の声をもらさないでくれ…」
「さてと、ひと暴れしてくるか!おめえら、俺様の足引っ張るんじゃねえぞ?」
ダルマインはそう言うと、単身夜の街へと乗り込んでいった。
「あいつぶん殴ってやりたいな…。サイゾーさん、これからどうしますか?」
エンディが言った。
「言われた通りにするしかないだろ。今から臨時で4人雇ってくれるよう、俺が店に掛け合ってくるよ。後、俺のことはサイゾー隊長と呼べ!」
サイゾーはつんつんしながら言った。
4人はプラチナグリルに向かって歩き出した。
ダルマインは、パニス町で一番ガラの悪いエリアのど真ん中で腕を組んで堂々と立っていた。
眉間にまるで刻み込まれたようなシワを寄せ、瞳孔を極限まで開いていた。そして、血走った目で通行人をギロギロと睨みつけていた。
あまりの迫力に、道行く人たちは目を合わせないように、下を向いて歩いていたが、中には喧嘩を吹っかけてくる者もいた。
「おうオッサン!お前どこのモンだ?」
「頭の悪そうなツラだな。ここで何してる?」
若いチンピラのような男が2人、ダルマインに絡みに来た。
するとダルマインはニヤリと笑い、その2人を顔の形が変形するまで殴った。
「俺様を知らねえとは勉強不足だぜ?おめえらじゃ話にならねえからもっと上の奴呼んでこいや!」
すると、騒ぎを聞きつけた男たちが続々と集結してきた。
「何してんだコラ!頭おかしいんか?」
「よくもうちの若いモンを痛めつけてくれたな?」
「弱い者には強く。それが俺様のモットーだ!」ダルマインはそう叫ぶと、駆けつけて罵声を浴びせてきた者たちに殴りかかった。
辺りは騒然とした。
一部始終をみていた魔法族の無法者たちは、ダルマインとノヴァファミリーの面々に蔑視の視線を向けながら「ちっ、無能者どもがでかい顔しやがって」
「ここは腐っても魔法都市だぜ?身分を弁えろよな」
と、ひそひそ声で言っていた。
「キリがねえな、うじゃうじゃ湧いてきやがってよ。まるでゴキブリだな?」
ダルマインは10人ほど倒したところで、一息つこうとタバコに火をつけた。
すると、いつの間にか自分が20人くらいのマフィアに取り囲まれ、銃口を向けられていることに気がついた。
「ま、待てよ。落ち着けって…な?ちょっとやりすぎちまったよな…謝るよ」
ダルマインは激しく動揺していた。
「お前、インダス艦提督のダルマインだな?」
「ドアル解放軍の人間がここで何してる!」
「一体こりゃ何のマネだ?ちょっと一緒に来てもらうぞ!」
ダルマインを取り囲むマフィア達が言った。
この時、ダルマインはロゼの目論見を察した。
"そうか…ノヴァファミリーに顔が割れてる俺様を暴れさせたら不審に思ったコイツらがゾロゾロ出てきて俺様を拐いにくる…俺様を利用してアジトの場所まで追跡しようって魂胆か…!!ちくしょうロゼの野郎、一杯食わされたぜ…!!"
ダルマインは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、心の中で呟いた。
「間違いねえ。武器の取引でミルドニア行った時何度かコイツを見かけた。おい、蜂の巣にされたくなきゃ大人しく着いてこいや!」ギャングの1人が言った。
「おいおめえら、俺様の強さは分かったろ?仲間にしてくれよ。なっ?」
ダルマインは言った。
「はぁ?何言ってやがるてめぇ!」
「なめてんのかコノヤロー!」
怒号が飛び交った。
「そう言いたい気持ちは分かるが落ち着け!おめえらギャングがどれ程のモンか試しただけじゃねぇか!考えてみろよ?元インダス艦隊提督の俺様がノヴァファミリーに加われば鬼に金棒だぜ?」
「話は後で聞くから、とりあえず大人しく着いてこい!」
ダルマインはギャング達に連行された。
"よし、このままコイツらのアジトがバレてエンディ達が一網打尽にすりゃ俺様の手柄はデカイぜ!仮にそれが失敗しても、このままギャングの幹部になって闇社会を隠れ蓑にして生きていける…!どっちに転んでも俺様の未来は明るいぜぃ!"
ダルマインは、ニヤニヤしながら心の中で呟いた。
一方、パニス町のレストラン、プラチナグリルは、将来有望なコックが現れていた。
彗星の如くあらわれたそのコックは、新人とは思えないほど手際が良く、華麗な包丁さばきで誰よりも早く野菜をカットし、器用にフライパンを使いこなしていた。
他のコックが魔法で食材を切り、魔法でフライパンを振り回し、魔法で調味料を振りかけている中で唯一、全て手動でテキパキと働くカインの姿は厨房内でも異質だった。
しかし、カインが魔法で調理ができない事を誰も馬鹿に出来ないくらいに、カインの仕事ぶりは素晴らしかったのだ。
一度言われたことはしっかり覚えるため、調理をやらせても味付けも完璧で、特にステーキの焼き加減に関してはピカイチだった。
「カイン君…君は素晴らしい…!!」
プラチナグリルのシェフは感動していた。
他のコック達も目を見張っていた。
「別に、これくらい誰でも出来んだろ」カインは言った。
「またまたぁ、謙虚だねえ?それに比べて…エンディ!お前は本当にダメな奴だな!?」
エンディとカインは真っ白なコックコートを着て、コック帽を被り、プラチナグリルの厨房で働いていた。
広くて綺麗な厨房は、まるで戦場のような忙しさだった。エンディは山積みになった皿を必死に洗っている。
「お前は何やらせてもダメだな…魔法も使えないくせに、皿洗いもまともに出来ねえのか?さっきから何枚も皿割りやがって!少しはカイン君を見習え!」
シェフはエンディに向かってガミガミ怒っている。
「はい!すみません!!」エンディは大きな声で謝った。
店に迷惑をかけていることを自覚して、申し訳ない気持ちで一杯になっていたのだ。
「ちくしょう…おれなんでこんなことしてるんだ??」エンディは泣きそうな顔でボソッと呟いた。
「カイン君、君は時期料理長決定だな。期待してるぞ?」シェフは嬉しそうな顔で言った。
「勝手に決めるなよ」カインが怒り口調で言った。
一方ホールでは、サイゾーとクマシスが働いていた。
この二人は一応、王都で働く保安官の隊長と副隊長。
店の従業員のみならず客に顔が割れていてもおかしくないため、そらを防ぐために特殊メイクを施し、偽名を使っていた。
サイゾーの偽名はサイシス。
クマシスの偽名はクマゾーだった。
ホールは満席で、地獄のような忙しさだった。
サイゾーは要領よくテキパキ仕事をこなしていて、接客態度も丁寧だった。
ホールスタッフは客からオーダーをとると、短距離でのみ使用できるテレパシーの魔法で厨房へと伝達し、料理が出来上がると皿ごと空中に浮かせ、指定された座席へと魔法で運んでいた。
「サイシス君、あなたって仕事の出来る男なのね!魔法の使い方も異様に上手だし、素敵!人手が足りない時にあなたみたいな方が来てくれて助かったわ?」
新人教育係のおばちゃんが言った。
「いえいえ、とんでもないですよ」
サイゾーは謙遜していた。
「それに比べて…あのクマゾーって方は何なの?」
クマシスは接客もまともに出来ないくらいガチガチに緊張していた。
魔法で浮かせていた皿やグラスを、既に7回も床に落としている。
いつもならこの程度の魔法は難なくこなせるのだが、人とコミュニケーションを取るのが苦手なクマシスにとって接客業は厳しく、目も当てられないケアレスミスばかり繰り返していたのだ。
「あなた、いい加減にしてくれる?もしお客様の服に料理こぼしたら許さないわよ?」
おばちゃんがそう言うと、クマシスは不貞腐れていた。
すると、厨房からエンディの大きな声が聞こえた。
「ちくしょ〜!やってられるか!」
「おい待てエンディ!!」シェフが言った。
エンディはコックコートを着たまま、裏口から外に飛び出してしまったのだ。
「もう耐えられねえよ〜!もういい、おれのやり方で調べる!!」エンディは悲痛な叫び声を上げながらパニス町を走り回った。
「エンディ…あのバカ…」サイゾーが小声で言った。
すると今度は、クマシスがガラの悪い小太りの客に怒鳴られていた。
「おいオカッパ!豚足持ってこいや!」
「お前が豚肉食ったら共食いじゃねえか…」クマシスがボソッと言った。
「あ?なんか言ったか?この店には豚足も置いてねえのか!?」幸い、小太りの客には聞こえていないようだった。
「お客様、申し訳ございません。どうされました?」サイゾーはこの小太りの男がノヴァファミリーの一員ではないかと思い、謝罪をするフリをして近づいた。
クマシスは、悪態をつく小太りの男逆を睨みつけながら、指の関節をポキポキ鳴らしていた。
一方エンディは、夜の街で1人、途方に暮れながらトボトボ歩いていた。
すると、ロゼが近づいてきた。
「お〜ま〜え〜、なにしてんだあ?」
「うわっ!ロゼ王子!?」
「しっ!ばか、デカイ声出すなよ!お前仕事は?」
「…抜け出して来ました。おれ料理なんてしたことないから無理です…。それに、厨房からじゃギャングの動向なんて探れないですよ…」
エンディはうつむきながら、か細い声で言った。
「そっかそっか、厨房に行かされたのか。まあ人には向き不向きがあるからな、しゃーねえよ」
ロゼは優しく言った。
エンディは励まされ、少し嬉しそうだった。
「実はさっき、ギャング共に連行されるダルマインの後を追跡してたんだが…プラチナグリル近辺で見失っちまった」ロゼは腑に落ちない様子で言った。
「見失ったって…じゃあこの近くにアジトがあるってことですか!?」
「そういうことになるな、ちょっと探すの手伝ってくれねえか?」ロゼがそう言うと、エンディは元気よく返事をした。
その頃ダルマインはギャングに囲まれたまま、ノヴァファミリーのアジトに連れてこられていた。
そこはとても薄暗い空間で、先頭の男が持っているランプの灯りだけが唯一の光だった。
「ボス、ダルマインを連れて来ました。こいつ街で暴れてたんで問い詰めたら、仲間に入れて欲しいとか言い出して…どうします?」
ランプを持った男が言った。
「え?ボスって…え?」
ダルマインは挙動不審になっていた。
すると暗闇からカツカツと足音が聞こえてきて、こちらに近づいてきているのが分かった。
ランプの灯りを頼りに目を凝らすと、目の前にはオレンジ色の髪の毛をした、背の低い小柄な少年が立っていた。
ついにノヴァファミリーのボス、ノヴァ登場!




