1-15
ついに到着バレラルク!
「うお〜すげえ!!高え〜!速え〜!」
エンディは窓から地上を見下ろし、興奮していた。
「うるせえな、静かにしてろよ」
「ごめん…」
カインに叱責され、エンディはしゅんと落ち込んでしまった。
「まあまあカイン、そんなに怒らなくても。でもすごいスピードね?これならあっという間にディルゼンに着きそう!」
ラーミアも舞い上がっている様子だった。
「若、操縦は私が…。向こうでお休みになっていてください。」
「だめだ!これは俺の愛箒だぞ?俺以外の奴が操縦することは許さねえ!王子命令だ!」
ロゼが駄々をこねるように拒むと、ジェシカは諦めてコックピットを出てラーミアの隣に座った。
「はぁー、若のわがままにも困ったものだわ。ところであなた達、バレラルクに着いたらどうするつもり?」
ジェシカは大きなため息をついた後、エンディとカインに問いかけた。
「うーん、特に何も考えてないけど…とりあえず体を鍛えないとな!いつでもラーミアを守れるようにもっと強くなりたいんだ!」
エンディがそう言うと、ラーミアは頬をほんのり赤らめて下を向いた。
「なるほどね。じゃあ騎士団にでも入れば?あなた達強そうだしいいんじゃない?それか保安局」
「保安局はなあ…あのサイゾーって人口うるさそうだしなあ…」どうやら、エンディはサイゾーが少し苦手なようだった。
「おい、何があなた達だ。俺はどこにも属す気なんてないぞ?」
カインはしかめっ面で言った。
「ふーん。まあ、何かしら仕事を見つけないとね。ところであなた達、出自は?」
ジェシカがそう言うと、エンディは痛いところをつかれた様な顔をした。
「ジェシカ、エンディは4年前から記憶喪失なの」
ラーミアは咄嗟に気を利かせて言った。
「あら、そんな事情があったの…。カインは?」
「…答えたくない。答える義理もないしな」
「あっそ、あなたって本当に無愛想な男ね」
ジェシカが呆れた口調でそう言うと、カインは余計なお世話だと言わんばかりにそっぽを向いた。
「おーい、もうすぐ着陸するぞ!」
「え、もう着いたの!?」
ロゼの声を聞き、エンディは驚いていた。
「当然だ!この箒星は時速350キロだぜ?」ロゼは自慢げに言った。
箒星は、騎士団員の訓練に使用される広大な演習場にある滑走路に着陸した。
ロゼ達が降りると、演習をしていた団員達が戸惑った様子でゾロゾロと集まってきた。
「え?ロゼ王子!?」「お帰りなさいませ!」「随分とお早いご帰還で…あの、他の者達は?」
「おう、お疲れさん。ちょうど良かった、これ格納庫にしまっておいてくれよ!」
ロゼは箒星を指さして団員達に命令し、エンディ達を連れて演習場を出た。
ナカタム王国王都、世界最大の魔法都市バレラルクは綺麗な街だった。
エンディ達は王宮の目と鼻の先にある城下町を、ロゼを先頭にして歩いていた。
歩くだけで満足するような美しい街並み、綺麗に整備された石造りの道路、荘厳な古代遺跡に透き通った河川、その光景はエンディが今まで見たこともないような素晴らしいものだった。
街の人々の移動方法といえば、箒に乗って空を飛ぶか、半径1メートルほどの円盤のようなものに立ち乗りし、地面から5センチ浮かせて移動するものが主流だった。
もちろん、速度超過をすれば、白色の箒に乗った保安官がすぐに駆けつけてくる。
また、買い物袋や荷物等を持つ者たちは、それらを手で持たずに宙に浮かせていた。
浮遊物は、術者の歩くスピードに合わせるように動いている。
街を掃除する清掃員も、土木工事をする作業員も、商売人も…目に映った働く人々の全てが魔法を使って仕事をしていた。
エンディは、この幻想的で摩訶不思議な光景を目の当たりにして感動し、瞳をキラキラ輝かせながら辺りをキョロキョロしていたが、カインは心底興味無さそうにムスッとしていた。
「おお!ロゼ王子だ!」「おーいみんな、ロゼ王子がお見えだぞ!」 「はあ…なんとご立派な佇まい…」「カッコいいー!」
ロゼは瞬く間に国民達から脚光を浴び、たくさんの声援を受けた。一緒にいたエンディまで何故か照れ臭くなってしまった。
ロゼの人望の厚さとカリスマ性は本物だった。
「はあ〜毎度毎度困っちまうぜ、歩きづらくてしょうがねえ」
ロゼはまんざらでもなさそうな感じで言った。
あまりにも騒がしいので、ロゼは悪趣味な仮面を被った。
「これなら、誰も俺だって気がつかねえだろ?」
あまりにもヘンテコなデザインの仮面に、ラーミアとジェシカは思わず吹き出してしまいそうになった。
仮面の効果が発揮されたのか、先程の喧騒は消え去っていた。
静かになった城下町をしばらく歩くと、エンディは煌びやかな街並みの影に隠れた、薄暗い路地裏にも目をやり、そこで見た人々に違和感を覚えた。
「たしかに良い街だけど…路地裏の方はまるで活気がないな。みんな顔に生気がない…」
エンディがそう言うと、ロゼはピクッと後ろを振り向き、エンディを見た。
「あれを見ろ」
ロゼは路地裏を指差して言った。
するとそこには、ガリガリに痩せ細った幼い子供達がうずくまっていた。
また、小汚い身なりで髪の毛とヒゲが伸び切った年配の人たちが、昼間から酒を飲んで酔っ払っていたり、中には取っ組み合いの喧嘩をしている者たちもいて、保安官が仲裁に入っていた。
「おい!また首吊りだぞ!」
大きな声でそう叫ぶ男がいた。
声のする方に目を向けると、路地裏に若い男の首吊り死体があった。
「また自殺か…今週に入って何人目だよ?」
「可哀想に、まだ若いのに…」
首吊り死体に群がる人々の会話が耳に入ってきた。
エンディは衝撃を受けて、言葉を失ってしまった。ラーミアとジェシカもしんみりとしているようだった。
「貧しいだろ?戦争ばっかしてたからよ、不況は終わらないし貧富の格差も縮まらない。幼い子供を苦しめ、人々の心を追い詰め、未来を担う若者が未来に絶望し、抗議することなく自ら命を絶つ。これが世界一の魔法大国と謳われる、ナカタムの王都バレラルクの現実だ」
そう言ったロゼの背中からは、悲壮感が漂っていた。
「国民がこんなに苦しんでるのに、王族や一部の権力者、魔法眷族は豊かな暮らしをしてるんだぜ?信じられるか?」
ロゼは続けて言った。
「え、どうして…?」
エンディは不思議そうな顔で言った。
「税収だろ?国民から税金とらなきゃ国は維持できないもんな」
カインがそう言うと、ロゼは悲しそうな表情を浮かべた。
「御名答。俺も飢えた人々から税金を巻き上げている側の人間の一人だ」ロゼは、どこか開き直ったかのような口ぶりで言った。
「若、そんな言い方なさらないでください!」
「そうですよ!ロゼ王子はちゃんと国民に寄り添える素晴らしい王子です!それはみんな分かってますよ?」
ジェシカとラーミアはロゼを庇い立てるように言った。
「愛国心を抱き、納税する事を誇りに思う。この国にはそんな国民1人もいねえんだよ。そんな国に未来はねえよ。だけどな、俺は絶対に諦めねえ。絶対にこの国を変えてやる。みんなが笑って幸せに暮らせる国にしてやる!」
ロゼの目からは、物凄く強い決意を感じた。
エンディは、ロゼの優しい人柄に惚れ込んでしまっていた。
ナカタム王国は、非魔法族や海外の魔法小国を虐げては蹂躙する悪で、それらを指揮する王族、ウィルアート家はそれら悪の親玉だと思っていたエンディだったが、実際にロゼと接することで、これまで抱いていた悪いイメージが一瞬にして覆ったのだ。
するとエンディは、先頭を歩くロゼの前に行き、スッと立ち止まった。
「ロゼ王子…おれ頭悪いし、どうしたら良いかよく分からないけど…おれ、ああいう人たちの力になりたい!弱い立場の人を救える人間になりたい!」
ロゼの強い決意に触発されたエンディは、必死に訴えかけるように言った。
「私も!力はないし、役に立てるか分からないけど…私に出来ることがあれば何でもお申し付けください!」
「私も、若の夢が叶うその日まで戦います。夢が叶った後も、この命尽きるまで若をお守りします!」
ラーミアとジェシカもエンディに続いて、ロゼの目の前で決意を語った。
カインは何を考えているのか、感情が全く読めない様な表情を浮かべて立ち尽くしていた。
「この国も、まだまだ捨てたもんじゃねえな。お前らしっかりオレに着いて来いよ?」
ロゼは嬉しそうな顔でそう言うと、再び歩き出した。
そして一同は、ついに王宮の前に辿り着いた。
王宮は、広大な庭園にそびえ立つ石とレンガで造られた壮大な建築物だった。
ロゼが仮面を外すと、鎧と兜を身にまとった門番の騎士団員たちが、急いで巨大な門を開けた。勿論、魔法で。
そしてエンディ達はロゼについて行き、王宮の内部へと入っていった。
重厚な扉がひとりでに開いた。
ミルドニアで見た科学による自動ドアではなく、これらも、魔法によるものだった。
物心ついた頃より魔法に触れていたロゼやジェシカにとって、魔法でドアの開け閉めをすることなど造作もなく、息を吸うように自然とやってのけていた。
そこは白く荘厳な雰囲気に包まれていた。
左右に大きな階段があり、真っ赤なビロードばりの壁が特徴的だった。
あたりを見渡すと、美しい彫刻と天井画が目に止まった。
エンディは感動のあまり言葉を失っていた。
「おかえりなさいませ、ロゼ王子!」
騎士団員達が一斉に出迎えにきた。
「え?ラーミア?」「ラーミアがいるぞ!良かった、無事だったんだ!」「おお!ジェシカさんも任務を終えたのか!」
団員達がざわざわとし始めた。
「今から大広間でパーティーをする。じゃんじゃん料理を持ってきてくれ!」
ロゼはそう言うと、エンディ達を大広間へと案内した。
「すげえっ!!ロゼさん、こんな所に住んでいるのか!?」
エンディは興奮冷めやらぬ様子でいった。
「ははっ、イカついだろ?」ロゼが言った。
「ちょっと、ロゼさんはないでしょ?あなたさっきからいくらなんでも無礼にも程があるわ!?」ジェシカは怒っていた。
ラーミアはそんな様子を見て、クスクス笑っている。
階段を登ると、煌びやかで高く開放感のある天井の大広間に着いた。
緑一色の壁には美しい壁画が飾られていた。
見るからに高級そうな椅子に座り、大きなテーブルの上に、厨房から高級料理と果物が空中浮遊しながら続々と飛んできた。
エンディは目が慣れてきたのか、その様子に驚く素振りを見せず、美味しそうな料理の数々に胸を高鳴らせていた。
「よし、みんな遠慮なく食べてくれ!豪快にいこうぜ!?」
ロゼがそういうと、エンディは自分のお皿に手当たり次第料理を盛りつけた。
カインは静かにジュースを飲んでいる。
もちろんこのジュースも超高級な一品だ。
「ロゼ王子、給仕の私までごめんなさい。食べ終えたらすぐにお仕事に復帰します…」
「何言ってんだよラーミア、ついさっきまで拉致られてたくせによ?しばらく休んでろよ」
「そうよラーミア、あなたはしばらく休んでいたほうがいいわ?仕事なんていつでも出来るしね」
ロゼとジェシカがそう言うと、ラーミアは少し申し訳ない気持ちになった。
「ところでエンディ、道中お前らの会話が少し聞こえたんだが、お前強くなりたいんだって?騎士団に入りたいのか?」
「うん…いや、はい!もっと強くなってラーミアを守りたいんです!それに、さっき城下町で見かけた様な苦しんでいる人たちを救いたいんです!」
エンディはぎこちない敬語で言った。
「どうしてだ?なんでつい最近会ったばかりの女の為にそこまでしようとする?俺は王族として生まれた以上、国の平和や国民の為に戦う義務があるが、記憶喪失で自分の出自も分からないお前が、どうして他人のために…何がお前をそこまで駆り立てるんだ。」
ロゼはエンディに対して疑問をぶつけた。
エンディは食べるのをやめ、真面目な表情で喋り出した。
「俺、記憶を無くしてから4年間、毎日本当に辛かったんです。ずっとひとりぼっちで…。そんな時にラーミアと出会って、俺は救われたんです。そこから色んな人に出会えて、今がある。だから恩返しがしたいんです。それに、目の前に苦しんでる人たちがいる。生きるのが辛くて心が壊れてしまいそうな人たちがいる。そういう人たちを救いたいって気持ちに、理屈なんてないと思います」エンディは毅然とした態度で言った。
「救われたのは私の方だよ?エンディの記憶が1日でも早く戻るように、私なんでもするからね!」
ラーミアは涙をほろりと流しながら言った。
ジェシカはもらい泣きしそうになっているのをグッと堪えていた。
カインは少し切なそうな表情を浮かべ、エンディを見ていた。エンディと目が合うと、急いで視線を逸らした。
「エンディ、お前みたいな男初めて見たぜ?ますます気に入ったわ。俺もお前の記憶が戻るように出来るだけサポートするからよ。ただし、入団は認めねえ!」ロゼは言った。
「ええ!?どうしてですか??」
エンディは目を丸くしている。
「たしかに腕っ節は強そうだし度胸もある。けどな、お前は見るからに組織に属するようなタイプじゃねえ。騎士団や保安局に入ると色々と縛りがあるしな。そうすると、せっかくのお前の才能が潰れちまう」
「えっと…それはどういう意味ですか?」
エンディはきょとんとしている。
「要するに、お前は俺と同じく集団行動には向いてねえって意味だ。そういう人間は自由にさせた方がいい。だからお前は俺の頼みを聞いて、個人で秘密裏に動いてほしいんだよ」
「秘密裏…それってスパイとかですか!?」
エンディは目を輝かせながら言った。
「んー、まあそんなとこだ。どうだ、できるか?」
「やります!やらせてください!」
「よし、決まりな。カインはどうする?見たところお前もそういうタイプに見えるが?まあ性格は、エンディとは似て非なる者同士って感じがするけどよ」ロゼはカインに問いかけた。
「付き合ってやってもいいぜ?どうせただの退屈凌ぎだ。俺もあんたに利用されてやるよ、王子様?」カインは鼻で笑いながら言った。
「ちょっと、何よその言い方!?」
ジェシカは、カインのロゼに対する態度に腹を立てていた。
"カイン…こいつは本当に掴めない男だな。一応監視しといた方がよさそうだ"と、ロゼは訝しげな表情で心の中で呟いた。
すると、大広間に一名の団員が入ってきた。
「お食事中失礼します!ロゼ王子、玉座の間で国王様がお待ちです!お連れの方達もご一緒にと仰せつかりました!」
「なんだと…?」
ロゼは険しい表情で言った。
国王から直々にお呼び出し!
レガーロ国王の素顔はいかに?




