輪廻の息吹 永遠の宝物
魔族との最終決戦から12年の歳月が流れ、ナカタム王国は再生の春を迎えていた。
かつてヴェルヴァルト冥府卿に蹂躙された王都バレラルクは、瓦礫の荒野から甦りつつあった。
あの日以来、連日の復興作業が途切れることなく続いた。
魔法戦士も一般市民も、そして国王ロゼ自らが汗と泥に塗れ、かつての栄華と麗景を取り戻さんと労を惜しまなかった。
その果てに、12年後の今、王都は世界一の魔法都市の威容を再び誇っていた。
未だ完全ではないが、時は止まることなく、バレラルクは前進を続けた。
戦後、経済破綻の危機が囁かれたナカタム王国。
しかし、国王ロゼを核に団結し、逆境を機に変えた。
絶望を希望に、窮地を飛躍に。
人々は諦めず、進歩の道を切り開いた。
その結果、終戦から僅か7年で、ナカタムは世界一の魔法大国へと、再び返り咲いた。
軍事力も経済力も他国を凌駕し、歴史に類を見ない復興の奇跡として、世界の畏敬を集めた。
争いの終焉は光と平和をもたらし、春の息吹が王国を包んだ。
穏やかな風がそよぐ中、人々は新たな出会いと人生の門出に胸を膨らませた。
王宮近くの桜並木では、桜吹雪が舞う中、母と娘が手を繋いで歩いていた。
「ママー！見て！桜！綺麗！」
6歳のエマは、純粋な瞳を宝石の如く輝かせ、ラーミアの袖を引っ張った。
「本当に綺麗ね！今度パパとロンも連れて、みんなで一緒に来よっか！」
ラーミアは幸福に満ちた笑顔で応えた。
12年の月日は、試練と喜びの交錯だった。
だが、エンディたちはそれぞれの幸福を掴み取っていた。
この日はナカタムの建国記念日。
王宮の大庭園で催される盛大な立食パーティーに、ラーミアとエマは真紅のドレスで揃え、華やかに身を飾って向かった。
一方、王都の一等地では、ダルマインが保安官の追及に晒されていた。
14年前に海運会社を興した彼は、幾多の危機を乗り越え、株式会社ORESAMAを世界に名を轟かすの巨大企業に育て上げた。
だが、巨額の脱税疑惑が絶えず、この日、サイゾーとクマシス率いる保安官が彼の大豪邸を強制捜索した。
金銀を纏い、金歯を輝かせる成金の姿で、ダルマインは哄笑した。
「ぎゃっはっはー！だから言ったろ？俺様は脱税なんかしてねえってよ！俺様は2人といねえ愛国者だぜ？これからは貿易事業にも本腰入れて参入する予定だからよ、もっともっと税納めてやるぜ！」
「何が愛国者だ！貿易なんて国内の食物自給率を低下させてるだけじゃねえか！この非国民め！」
クマシスは心の声を抑えきれず吠えた。
「クマシス、こんなやつでも一応は高額納税者なんだ。少しは口を慎め。こいつはいずれボロを出す、だから今日は引き上げるぞ。」
サイゾーは冷静に締めた。
「やいダルマイン！見逃してやるから脱税した金の何割かを俺によこせ！そしたら超法規的措置を行使して免罪符切ってやるからよ！賄賂をくれ！もう安月給はうんざりなんだよ！」
クマシスの悪癖は12年経っても治らず、サイゾーは変わらず窘め続けた。
だが、証拠は見つからず、捜索は打ち切られた。
王宮では、パーティーの準備が慌ただしく進んだ。
玉座の間では、ロゼが息子グラッセと口論を繰り広げていた。
「おいグラッセ！また槍の稽古サボって何してやがった！？」
「うるせえクソ親父！あんたなんかに教えを請わなくたって、俺は充分強い！修行は独学でやる主義なんだ、邪魔すんな！」
「このバカ息子が…言ってくれるじゃねえかよ？ったく、誰に似たんだか…。」
10歳のグラッセは反抗期真っ盛りで、ロゼを悩ませた。
「あっはっはー！昔のロゼ国王ソックリ〜！！」
モスキーノは腹を抱えて笑った。
「フフフ…血は争えませんねえ。」
「言動だけでなく、外見もロゼ国王の幼少期と瓜二つだな…。」
バレンティノとマルジェラは微笑ましく見守った。
「こらグラッセ！生意気ばっか言ってないで、ちゃんとお父さんの言うこと聞きなさい！」
「だ、だってお母さん…あいつうるさいんだもん…。」
モエーネの一喝で、グラッセは萎縮した。
ウィルアート家の未来は、騒がしくも明るかった。
アマレット宅では、支度を終えたアマレットとルミノアが家を出た。
「行ってきます、お父さん。」
12歳のルミノアは、父カインの遺影に手を合わせた。しっかり者だが、カインの記憶はない。
「あんた偉いわねえ。カインもきっと喜んでるよ。」
「正直記憶はないけどさ、でも…たった1ヶ月でも、あの人は私のお父さんだったんでしょ？」
カインが亡くなったとき、ルミノアは生後僅か1ヶ月だったのだ。
それでも、ルミノアは父への感謝を欠かさず、毎日健気に手を合わせていたのだ。
「それにしても…私のお父さんって本当にイケメンだったんだね。お母さんやるじゃん？」
「馬鹿ねえ、私だってあの人と充分釣り合うくらい美人でしょ？」 アマレットは笑った。
「美人といえば…ラーミアさんも今日のパーティーには参加するの？」
「うん、来るはずよ。」
ルミノアは心を弾ませていた。
物心つく頃からラーミアにたくさん可愛がってもらっていたルミノアは、ラーミアのことが大好きだったのだ。
しかし、エンディに対しては些少の苦手意識を感じていた。
それは、会うたびいつも同じ話ばかりをするからだ。
エンディは、ルミノアに会うといつもカインの話ばかりしていた。
一度聞いた話を何度も聞かされているうちに、次第にうんざりし始めていたのだった。
今日のパーティーでもしエンディを見かけても、決して顔を合わせない様にしようと、ルミノアは密かに誓っていた。
ノヴァとジェシカは、6歳のビルダを連れて会場へ向かった。
「腹減った！ねえ、早く行こうよ！」
わんぱく盛りのビルダに、ジェシカは「コラ！ビルダ！走っちゃダメ！会場に着いても大人しくしていなさいよ！」と一喝。
すっかり教育ママぶりが板についていた。
そこへラベスタとエラルドが合流した。
「よう、ラベスタじゃねえか。エラルド、久しぶりだな。」 ノヴァが軽く挨拶をした。
ラベスタは、外交を通じて知り合った面倒見の良い歳上の女性と結婚していた。
今も保父として働いているエラルドは、同僚の年下の女性と結婚していた。
おめでたいことに、2人の妻は現在臨月を迎えていた。
「もうすぐで産まれるんだ、俺の息子が。楽しみだなあ。」
ラベスタは相変わらず無表情だったが、内心では未だ見ぬ息子との出会いに胸を躍らせていた。
「お前もついに人の親になるのか…めでたいぜ。祝儀は弾ませてやるぜ？」
ノヴァは感慨深そうにそう言った後、「お前んとこは女の子だっけ？」とエラルドに話を振った。
エラルドは「女の子だ！嫁にはやらねえぞ！」と息巻いた。
一行は王宮の大庭園に到着した。
会場は人で溢れ、笑い声が響いた。
真紅のテーブルクロスに覆われた長テーブルには、スペアリブ、シャトーブリアン、野菜、果物、巨大なホールケーキが並んだ。
客たちは酒と皿を手に、バイキング形式の饗宴を待った。
ロゼがマイクを握り、挨拶を始めた。
「え〜本日はお日柄も良く、皆様お忙しいところ足を運んでくださり〜、誠に…？」
だが、騒がしい声に遮られた。
エンディの息子、ロンが料理に飛びついたのだ。
「うまっ！ねえパパ、これ全部食べて良いの！？」
「コラー！ロン！まだロゼ国王が挨拶の途中だぞ！今は未だ我慢してなきゃダメじゃないか！全くしょうがない奴だなあ！」
エンディが叱ると、ビルダも負けじと肉を貪った。
「あ！それ俺が食べようと思ってたやつ！ずるいぞビルダ！」
「ロン！早食い勝負だ！負けねえぞ！」
幼馴染の二人は親友でありライバルだった。
「おいお前ら！まだロゼが話してるだろ！？静かにしてろ！ったくどんな教育受けてるんだか…親の顔が見てみたいぜ。」
青年に成長したエスタが呆れ、ジェシカはビルダを鬼の形相で叱った。
「あらあら。」 ラーミアは微笑ましく見守った。
「ねえママ、どうしてロンは、いつもパパとママの言うことを聞かないの？」
「エマ、男の子ってね、馬鹿なのよ。」
ルミノアが答えた。
ロンとエマは双子で、ロンはいじらしい腕白、エマはしっかり者だった。
「はあ〜。まあ、挨拶なんて性分じゃねえし、いいや。お前ら！今日は思いっきり楽しんでくれ！」
ロゼはマイクを握り、まるで吟遊詩人の如くパーティーの開幕を宣言した。
歓声が響き、宴が始まった。
髭を蓄えたエンディは、すっかり大人の風格を漂わせ、良き父となっていた。
ラーミアと結ばれ、子を授かり、友に囲まれた日々は宝物だった。
「よしみんな！今日も楽しく笑って生きようぜ！」
笑顔は涙を誘い、心を震わせた。
エンディは、仲間と家族、この幸福が永遠に続くことを願った。
桜吹雪の下、王国の春は新たな物語を紡ぎ始めた。
輪廻の風は静かに、だが力強く吹き続け、未来へと繋がっていく。
輪廻の風 完
