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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
156/158

陽光の彼方 友の葬送曲

崩れゆく魔界城の影の下、ヴェルヴァルト冥府卿の肉体は砂と化し、風に散った。


だが、その消滅の瞬間に、彼の声はエンディの魂にだけ届く囁きとなって響いた。



「見事。だが余が死んでも…本当の意味でこの世から闇が消えることはないぞ。光ある処に闇在り…光が大きければ大きいほどに闇もまた大きくなる。陽の当たらぬ場所でしか芽吹くことの出来ぬ植物もある。深海でしか棲息できぬ生物もいる。世界は表裏一体でなければ、均衡を保てず崩壊する様に出来ているのだ。暴力という絶対的な抑止力を失った世界は混沌と化すだろう。首輪の外れた悪党達が蔓延り歯止めの効かなくなった世界を、これから生きることができるのか?」


エンディはヴェルヴァルト冥府卿の虚ろな瞳を見据え、迷いなき眼差しで答えた。


「望むところだ。」


ヴェルヴァルト冥府卿は最後に薄く笑い、掠れた声で呟いた。


「魔族万歳。」


その言葉を残し、彼の存在は塵と化し、永遠の虚空へと還った。


戦いの終幕は、エンディの肩から重荷を下ろしたかのような安堵を呼び起こした。


だが、その安堵は瞬く間に極限の疲弊に飲み込まれた。


膝が砕け、身は緩やかに地へと傾く。


倒れゆく彼を、ラーミアが柔らかく、だが力強く受け止めた。


彼女はエンディを胸に抱き、顔をくしゃくしゃに歪め、魂の全てを曝け出すように泣き叫んだ。


「エンディ…良かった…本当によかった…!お帰り、エンディ!」


エンディは言葉を返さず、ただ静かにラーミアを抱きしめた。


その腕の中で、厚く覆っていた闇の帳が薄れ、陽光が溢れ出した。


光は徐々に広がり、ついに闇を完全に払拭した。


戦士たちは天を仰ぎ、太陽の輝きに浴した。


長き夜が明け、陽光は戦いの終焉を祝福するかのようだった。


南半球の民は陽光に浴し、北半球の民は月光に心を委ねた。


世界は歓喜に震えた。


その喜びの絶叫は超音波となり、大地を裂かんばかりだった。


溢れる涙は、集まれば大陸を沈める大洪水を呼び起こすかのような勢いだった。


ヴェルヴァルト冥府卿の滅亡とともに、闇の力は全てその効力を失い、消滅した。


冥花軍の幹部、数万の魔族戦士、そして魔界城に残された死体までもが、砂の如く崩れ去った。


それは、かつて闇の力をその身に宿したイヴァンカも同じだった。


血に塗れたイヴァンカは、胸に空いた風穴を抱え、倒れたまま自らの崩壊を静かに見つめていた。


他の者が陽光に浴し歓喜する中、エンディとラーミアは彼に歩み寄った。


力尽きたエンディはラーミアの肩に支えられ、緩やかな歩みでイヴァンカの前に立った。


死が目前に迫る中、イヴァンカの顔は動揺を欠片も見せず、清々しさすら湛えていた。


「何を…しにきた…?無様だと…笑いにきたのかい…?」 イヴァンカの声は力なく、だが鋭く響いた。


エンディにとってイヴァンカは両親と一族の仇。

憎悪の対象だった。


だが、イヴァンカの死を前に、喜びは微塵もなく、不可解な悲しみが胸を掠めた。


「笑わないよ。なんて言うか…お前の最期を看取るのは、俺の役目の様な気がしてな。」

エンディはそっぽを向きながら、照れ隠しのように呟いた。


そこへカインが現れた。

彼もまたイヴァンカに長年苦しめられた傷を抱えながらも、イヴァンカの死を喜ぶ様子はなく、悲哀を帯びた目でイヴァンカを見下ろした。


「エンディ…カイン…私が死んだら…嬉しいかい?」 イヴァンカは自らも理解できぬ衝動で尋ねた。


「嬉しくないよ。」

エンディの声は優しく、穏やかだった。


カインは答えず、視線を逸らした。


イヴァンカはラーミアに目を向け、力を振り絞り右手を上げた。


ラーミアは咄嗟にその手を取ろうと身を寄せたが、触れる寸前、イヴァンカの腕は砂と化し崩れた。


「エンディ…また何処かで…戦おう。」


「嫌だね。二度とゴメンだ。」


その言葉を交わした刹那、イヴァンカの身体は影も形もなく消滅した。


失われたものは数知れず、得られたものは僅か。


だが、戦いは終わり、神も悪魔もいない世界で、天は微笑んだ。


陽光と月光は希望を人々に授け、世界の命運を委ねた。


栄えるが正義、滅びるが悪。

人間が善、悪魔が悪。


答えは誰にも分からず、決める権利もない。


だが、確かな事実があった。


魔族に蹂躙された世界は、この瞬間、笑顔に溢れていた。


人々は希望を抱き、緩やかに前進した。


その一斉の歩みは、大陸の地盤を傾け、世界地図を塗り替えるほどの力だった。


連合軍は魔界城で勝利を祝い、歓喜の声を上げた。


そして、勝利の喜びを分かち合った。


ロゼは魔界城の最上階から、崩壊した王都バレラルクの荒廃を眺めた。


「さてと…0からのスタートだな。」


引き攣った笑みを浮かべ、国王としての責務を再確認し、身を引き締めた。


「俺について来い!なんて言わねえよ…まだまだ未熟者だけどよ、これから精一杯、みんなを引っ張っていく!だから…少しでいいから、俺に力を貸してくれ!」


ロゼは頭を下げ、国王らしからぬ本心を吐露した。


その無垢な行動こそ、彼が民に愛される理由だった。


名君としての威光が世界に響くのは、まだ遠い未来の話。


そこへエンディとカインが現れた。


エンディはアズバールの亡骸を、カインは弟アベルの亡骸を抱えていた。


「ロゼ国王、俺からちょっと提案なんですけど…やっと戦いも終わった事だし、これから祝勝会をしませんか?」


その言葉に一同はどよめいた。


魔界城、死者の亡魂が漂う敵地での祝勝会は不謹慎極まりない。


エンディもその重みを理解していた。


「エンディ〜、お前なあ。」

ロゼは呆れた顔で言った



だが、エンディは続けた。


「俺、亡くなったみんなを弔ってあげたいんです。戦死者だけじゃない…無抵抗の一般市民も数多く殺された。それも世界中で…。だからこそ!戦いに勝った今、みんなに勝利を伝えたいんです!天国まで俺たちの声が届くように!みんなが安心して眠ってくれる様に!魔族は倒したから…後は俺たちに任せてくれって伝えたいんです!」

泣きそうな顔で、魂の叫びを吐き出した。


ロゼは熟考した。


死者の埋葬も済まぬ中での宴は異端だ。


だが、エンディの純粋な願いに心を動かされ、ただひたすらにその純粋な願いを胸に刻み続けた。


「はぁ〜、エンディ、お前ってやつは…本当にイカつい野郎だぜ。」 ロゼは笑い、決断した。


「せっかく勝ったんだ…いつまでもしんみりしてても何も始まらねえしな。あと、俺…お前のその考え方結構好きだぜ?宴…やっちまおうか!」


一同は歓声を上げた。


「ただし!!宴が終わったら精一杯働いてもらうからな!!弔いと復興作業…色々とやることは山積みだがよ、今はとりあえず楽しもう!!思う存分はじけろ!!天国まで響かせてやろうぜ!!」

ロゼは叫び、走り出した。


エンディたちも彼を追い、荒野へと向かった。


「天国までって…アズバールとイヴァンカは間違いなく地獄行きだろ。」 クマシスが心の声を呟き、サイゾーが「おい、よせ!」と窘めた。


魔界城の食糧庫から略奪品の肉、魚、野菜、酒を持ち出し、総勢一万近い大宴会が始まった。


陽光を肴に、勝利の美酒を酌み交わした。


エンディ、カイン、ラーミアたちはジュースを手に笑い合い、ロゼ、ラベスタ、ノヴァは酔って踊り、エスタたちは腹を抱えて笑った。


エラルドとモスキーノは酔い潰れ、バレンティノは静かに微笑んだ。


クマシスとダルマインは武勇伝を語り、若者たちは羨望の眼差しを、マルジェラとサイゾーは冷ややかな視線を送った。


夜が訪れ、満天の星と三日月が輝く。


エンディはラーミアの寝顔に心を奪われ、決意を新たにした。


「この幸せは絶対に手放さない。」


すると、 アマレットが眠そうな目で近づき、「ねえエンディ、カイン見なかった?」と心配そうに尋ねた。


「カイン?そういえば見てないな。どこか行っちゃったのか?」


「うん。さっきまでずーっと片時も私とルミノアの側を離れなかったんだけどね、目を離した隙に急に居なくなってたの。」


「全くしょうがねえやつだな。まあ、あいつは放浪癖があるからな。俺ちょっと探してくるよ!」


エンディは、眠っている者達を起こさぬ様に気を遣い、足音を極力立てず、声も出さず、辺りをキョロキョロと見渡しながらそろーりと歩き続けた。


すると、遠方に見覚えのある金髪の後ろ姿を確認した。


エンディは、あれはカインに違いないと確信し、歩く速度を上げてその場を目指した。


しかしそこに辿り着いても、人っ子一人いなかった。


宴会場からもかなり離れたその場所は、人の気配すらしなかった。



見間違いかなと思い、エンディは来た道を戻ろうとした。


その時だった。




「よう、エンディ。」



背後から聞き覚えのある声が聞こえ、エンディはびっくりして勢いよく後ろを振り向いた。



そこには、穏やかな表情で立ち尽くすカインの姿があった。


「カイン、お前こんなとこで何してんだよ?アマレットが心配してたぞ?早く戻ってやれよ。」


エンディがそう言っても、カインからは何の返答もなかった。


目を凝らしてよく見ると、カインの表情はどこかやつれているように見えた。



「カイン?どうしたんだよ?早く戻ろうぜ?そうそう、すげえ美味い肉があるんだよ!一緒に食べようぜ!」



エンディは瞳を輝かせながら、楽しそうに言った。

まだまだ元気が有り余っている様だ。


しかしカインは、エンディの誘いに乗らなかった。


否、乗れなかったのだ。



「いや…残念だがそれはできねえ。」


「え?何でだよ?」



「命に終わりの時が訪れた様だ。」




カインの身体が静かに燃え始めた。




「…え?」


エンディは理解が追いつかず、全身の血の気が引いて鳥肌が止まらなかった。



「俺…"あの時"自爆したんだ。体はもうとっくにボロボロで、今見えてる俺の姿のほとんどは炎の力で創った幻影だ。本当は"あの時"死んでる筈だったんだ。だけど最期はどうしても家族と過ごしたくて、頑張って生きてみたんだけど…そろそろ限界みてえだ。」


あの時とは、カインが炎の球体と化してヴェルヴァルト冥府卿に直撃し、大爆発を起こした時のことを指している。


エンディは過呼吸になりながら、よろめく足でカインに近づいて行った。



「俺も欲張りな男だよな。最期にアマレットとルミノアと過ごせたから、もう人生に悔いはねえ…お役御免で人知れず死のうと思ってたんだけどよ…エンディ、やっぱり最期はお前に会いたくなっちまったんだ。」


カインは満面の笑みで語り、身体は炎に透けていった。



「2人に伝えておいてくれよ。俺がいなくなっても、泣くのは最初の夜だけにしてくれ…ってよ?」

カインは遺言のように言った。


「そんな…嘘だろ?カイン…何で…?」


エンディは泣いた。

声を殺して大泣きした。


消えゆくカインの前で膝をつき、地面に顔を伏せ、言葉にならぬ感情を押し殺すことができず、ひたすらに泣き続けた。


「泣くなよ、死は悲観するものじゃねえ。誰しもに平等に訪れる逃れようのねえ運命だ。俺はその順番が少し早かっただけだ。まあ、唯一つ心残りがあるとすれば…ルミノアの成長を見届けることが出来ねえことかな?」


エンディは泣き腫らした顔を上げた。


「カイン…死なないでくれよ…。やっと…やっと仲直りできたのに…お前まだ18だろ…?まだまだこれからだろ…?何で…何でだよ!!何でお前が死ななきゃならねえんだよっ!」


エンディは、燃えて消えゆくカインの腰にしがみつき、嗚咽しながら大声で泣き叫んだ。


受け止めきれない目の前の現実を、どうか何かの間違いであってくれ、どうか嘘であってくれ、頼むから夢なら覚めてくれと、神に祈りを捧げ続けた。


そんなエンディを、カインは優しい顔で見ていた。



「俺の人生は幸せだったぜ?心を許せる仲間と出会えて、最愛の女と結ばれて、子宝にも恵まれて、そして何より…エンディ、お前という最高の友と出会うことが出来た。今死んでも充分釣りが出るくらい、俺の人生は幸せだった。だからもう泣くな。」




カインは、エンディの頭にポンと優しく手を置いた。


「ありがとうな、俺と友達になってくれてよ。」


「カイン…俺…俺は…!」


エンディは、カインに何かを伝えようとした。


伝えたいこと、言いたいことは山の様にあった。


しかし、悲しみで思考が停止しかけ、言葉に詰まってしまい、別れの挨拶を言うことが出来なかった。


しかし言葉などなくとも、その気持ちはカインにしっかりと届いていた。


カインはその気持ちだけで充分嬉しく、気の利いた言葉など求めていなかった。


「元気でな、エンディ。」



「俺がいつかそっちに行ったら…また一緒に遊ぼうな、昔みたいに…。」


「ああ…その時はいろんな話を聞かせてくれ。けど、当分来るんじゃねえぞ?100年後くらいまで待っててやるよ。」



エンディはカインの腰にしがみついた手を離さず、声を枯らして泣き続けた。


カインはニコッと優しく微笑み、両手でエンディの頭をさすった。


「じゃあな、相棒。」


その言葉を残し、カインの身体は炎と共に消えた。


メルローズ・カイン、享年18。


世の為人の為、仲間の為、そして何より愛する妻と娘の為に戦い続け、真っ直ぐひたむきに生き続けた誇り高き烈火の戦士は、この世を去った。


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