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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
152/158

託された未来

アベルの身体は、みぞおちから下が消滅し、苦悶の顔で倒れていた。


カインは血相を変え、弟のもとへ駆け寄った。



「アベル…アベル!お前…どうして…おいラーミア!早く来い!アベルを治してくれ…頼む!」


取り乱すカインの声は、誰の目にも明らかなほど震えていた。


ラーミアは名指しに驚き、急いでアベルの側へ走った。


だが、その変わり果てた姿に思わず目を背けた。


肉体の大半を失ったアベルを、ラーミアは自身の力をもってしても救えないと悟ったのだ。


アベル自身も、それを理解していた。



「頼むラーミア…アベルを治してくれ!お前なら出来んだろ??なあ、頼むよ…弟なんだよ。たった1人の弟なんだよ!!」

カインは地面に拳を叩きつけ、懇願した。



「兄さん…もう無理だよ。自分でも分かる。僕はもう…死ぬ。」


アベルは閉じかけた瞼を気力で開き、か細い声で呟いた。


「アベル…何でだよ…なんで…。」


「兄さん…僕が死んだら…悲しいの?」



アベルは幼少期から、優秀な兄カインに対して劣等感を抱き、何年も苦しみ続けていた。


一度はカインを殺そうとさえしたことがあるほどに、兄弟間には大きな確執があった。


しかしユドラ帝国での決戦から2年が経過し、カインとアベルは少しずつではあるが打ち解けていった。


本当の意味で分かり合う事はなくとも、気まずそうにぎこちない会話を交わそうとも、そこに憎しみは既になく、互いをかけがえのない兄弟だと認識し合っていたのだ。


アベルは、自身の死を悲しむ兄カインの姿が想像出来なかった。


だから死を前にした今、カインの取り乱しぶりを見て意外に思っていたのだ。



「当たり前だろ…お前は大事な弟だ!弟が死んで悲しまねえ兄貴なんているわけねえだろ!」


カインの答えは、迷いのない本心だった。


アベルは嬉しさで涙を流し、微かに笑った。


「ありがとう…兄さん…。そんなこと言ってくれて…本当に嬉しいよ…。僕の人生捨てたもんじゃなかったなあ…。兄さんはね…僕にとって本当に自慢の兄だよ。だから死なないでね、兄さん。アマレットとルミノアちゃんと…幸せにね…。」


最期の力を振り絞り、アベルは本心を告げた。

声は小さくなり、生々しい静寂が漂った。


水の天生士、メルローズ・アベルは息絶えた。


カインは弟の瞼をそっと閉じさせた。


「バーカ…お前こそ、自慢の弟だよ。ありがとな、アベル。」


生前に伝えられなかった言葉は、悔恨となって胸を刺した。カインは弟を看取り、静かに立ち上がった。


一方、エンディは茫然とアズバールを見下ろしていた。


右胸と脇腹を抉られた瀕死の姿。


かつての宿敵、魔族がいなくともナカタムに敵対する悪人が、なぜ自分を庇ったのか。


誰も想像できなかった行動に、エンディは困惑した。


「アズバール…お前、なんで?何で俺を助けたんだよ…?」


震える声で尋ねると、アズバールは清々しい顔で答えた。


「ククク…さあな。体が勝手に動いたまった。」


エンディはしゃがみ込み、アズバールと目線を合わせた。


「アズバール…ありがとう。」


かつての敵への情が湧き、涙を堪えた。


わざわざしゃがみ込んだのも、少しでもアズバールと同じ目線に立ちたいと願うエンディの無垢な意思の現れだった。


アズバールはこそばゆげに笑った。

「ククク…悪くねえ気分だ。戦いの中で死ねるのなら本望…ようやく願望が叶ったぜ。まあ悔いがあるとすれば…てめえにぶっ殺されるヴェルヴァルトの無様な姿を拝めねえことだな。」


エンディの勝利を信じる口ぶりに、若い世代に未来を託す思いが滲んだ。


アズバールは目を閉じ、42年の生涯を終えた。


アベルとアズバールの死は、エンディの心を抉った。


戦争の非情さを改めて刻み、屍を越えて戦い続ける宿命を突きつけられた。


死者の無念を背負い、黙して闘うことこそが真の餞。

正義も悪も、官軍も賊軍も、永遠に答えの出ない問いに、エンディは自問自答した。


勝者も敗者も、争いで死した者は皆、須く英雄なのだ。


そう結論づけ、気を引き締めた。


カインが憤怒の表情でエンディの横に並んだ。


ヴェルヴァルト冥府卿は不敵に笑い、次なる標的を定めた。



「フハハハハ!次はお前達だ!さてと、ゆるりと殺していこうか。安らかに眠れ、くるしゅうないぞ!」


エンディとカインは毅然と立ち向かった。



「はっ…いい笑顔してるじゃねえかよ。悪いが、こっちはてめえに安らかな眠りなんて生ぬるいもん用意するつもりはねえぜ?」


「あいつらの生き様はしっかりと見届けた…もう誰も死なせねえ!」


二人の誓いは、風と炎となって闇に挑む。


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