1-14
まったり
ビーフカレーを食べ終えると、男性陣はまったりとくつろいでいた。
ラーミアとジェシカは洗い物をしていた。
「俺も手伝うよ!」
すっかり元気になったエンディはそう言うと、カレーが入っていた大鍋を洗い始めた。
「ねえ、エンディ?」
ラーミアは小声で言った。
「ん、なに?」
「前に提督さんの部下たちに撃たれそうになった時のこと覚えてる?あの時…どうやって弾丸を跳ね返したの?」ラーミアは恐る恐る尋ねた。
「え、そんなことあったっけ?よく覚えてないな…」
エンディは本当に覚えてなさそうだった。
やっぱり無意識だったんだ…と、ラーミアは心の中でつぶやいた。
皿洗いをしながら2人の会話を聞いていたジェシカは、突然燃え出した塔のことを思い出してシビアな表情を浮かべていた。
「カイン…あなた、私たちに何か隠していることがあるんじゃないの?」ジェシカは思い切って率直に聞いてみた。
「おいおい、お前がそれを言うかよ?」
カインが言った。
非魔法族の戦争孤児により結成されたギャンググループの幹部であるジェシカが、魔法の箒を使用していた事について、遠回しに言及したのだ。
カインは、質問に答えず黙りこくっているジェシカに追い打ちをかけるように「どうした?調理も皿洗いも、ちまちまと手でやってねえで魔法を使えばいいじゃねえかよ。お前が魔法族だって事はとっくにバレてんだぜ?」と言った。
更に、その件に関してこれまで触れてこなかったジェシカの部下達が、カインに便乗し始めた。
「そ、そうっすよジェシカさん…一体どういうことなんですかい…?」
「ジェシカさん!俺たちに隠し事は無しですよ!」
今度は勘の鋭そうな部下の一人が、まるで恐ろしいものでも見た様な表情でジェシカの顔を覗き込み「ジェシカさん…あんた…まさか…?」と言った。
「あーもう!うるさい!どいつもこいつも!少し黙っててくれない!?」
ラーミアは、逆上したジェシカを優しく宥めており、エンディはとても気まずそうにしていた。
すると、タイミング良くと言うべきか、外から突如大きな砲撃音が聞こえ、それと同時に、インダス艦が激しく揺れた。
「うおおおぉぉ!追手がきたぁ!こ、殺されるうぅっ!」
ダルマインはテーブルの下でうずくまり、ガタガタ震えていた。
よろけそうになったラーミアを、エンディは優しく支えていた。
カインとジェシカは急いで甲板に出た。
「ラーミアはここにいて!」
そう言って、エンディも2人の後に続いて甲板に出た。
更にエンディに続き、ジェシカの部下も甲板に出た。
すると、目の前にインダス艦よりも巨大な軍艦が見えた。
「え?これ、バダリューダ号じゃない!」
ジェシカが言った。
バダリューダ号はインダス艦に幅寄せしながら前進し、サイゾーとクマシスが先陣をきって乗り込んできた。
「貴様らドアル解放軍だな!?おとなしく投降しろ!」
サイゾーがそう言うと、騎士団と保安官の魔法使い連合隊の面々が、インダス艦に続々と乗り込んできた。
インダス艦はバダリューダ号から魔法弾の砲撃を1発受けて、大きな穴が空いていた。
一触即発の状況だったが、ラーミアが甲板に出てきたところで状況は一変した。
「あれ?サイゾーさんにクマシスさん!?」
「え!?ラーミア!?どうしてここに!?」
サイゾーは目を丸くして言った。
「待ってみんな、違うの!この人達は私を助けてくれたの!今みんなでバレラルクに向かってるところよ!」
ラーミアが必死に釈明すると、連合隊の戦闘員達は困惑していた。
そうこうしているうちに、インダス艦は段々と海に沈んでいった。
「と、とにかくラーミア!こっちに来い!」
状況をいまいち飲み込めないサイゾーだったが、とりあえずラーミアを保護するべく動いた。
「え?隊長、ラーミアを保護したって事はつまり…ミルドニアまで行かなくていいって事ですか!!」
さっきまで暗い表情をしていたクマシスの顔がパッと明るくなった。
「そういうことになるな…全軍引き上げ!これからバレラルクに戻るぞ!」
サイゾーが号令をかけると、連合隊の魔法戦士達は拍子抜けた様子で引き上げていった。
「おっしゃー!楽な仕事だったぜ!」
「黙れクマシス!口を慎め!」
クマシスを厳しく叱責したサイゾーだったが、実は内心ホッとしていた。
「砲撃して悪かった。まさかお前が乗ってるとは思わなくてな。急いでバダリューダ号に移ってくれ!」
「はい!この人たちも一緒にバレラルクまで連れてってもらえませんか?」
「ああ、そのつもりだ。色々と聞きたい事があるしな。」
サイゾーはエンディ達を凝視しながら言った。
インダス艦とバダリューダ号の間に架かっている避難用はしごを一列になってゆっくり歩き、インダス艦の全乗組員はバダリューダ号へと乗った。
「グスン…俺のインダス艦が…」
どさくさに紛れて、ダルマインもはしごを渡っていた。
「貴様は…ダルマイン!!」
サイゾーが大きな声で言った。
すると魔法戦士達が一斉に飛びかかり、ダルマインを結束バンドで拘束した。
「ちょっと待てよおめえら!確かに俺様はラーミアを誘拐したが、もう改心したんだ!その証拠にラーミアを無事バレラルクまで送り届けようとしてたじゃねえか!おい、おめえらも証言してくれ!」
ダルマインは必死で命乞いをし、エンディたちに助け舟をだした。
「いや、こいつは捕まえておいた方がいい気がするな…」
エンディは苦笑いしながら言った。
「提督さん、しっかり反省しないとね」
ラーミアが言った。
「ちくしょう〜、もう俺の人生終わりだ…」ダルマインは絶望感に打ちひしがれていた。
「隊長…この女見たことあります。確かノヴァファミリー幹部のジェシカですよ!」
クマシスはボソボソと言った。
「なに?本当か?」
サイゾーはジェシカをじっと見ながら言った。
「本当よ。だったら何?」
「ジェシカ、煽っちゃだめ!サイゾーさん、ジェシカは悪い人じゃないわ?」
ラーミアがそう言うと、サイゾーはジェシカの目の前まで歩み寄った。
「ジェシカとやら、お前らミルドニアで何をしていた?どうしてラーミアを助けた?答えろ」
「あなたごとき下っ端に教える事は何もないわ?」
ジェシカはぷいっとそっぽを向いた。
「なんだと?ギャングごときが誰に向かって口を聞いているんだ?」
サイゾーは苛立ちを募らせていた。
ジェシカの部下の4人は怖気付いてモジモジしていた。
「おいおい、みんなちょっと落ち着けよ!」
「そうよ、一旦話し合いましょ?」
エンディとラーミアは場を収めようと必死だった。
カインは我関せずとした顔で静観していた。
「おいおいおい、なんの騒ぎだあ?」
すると奥から、いかにも軽薄そうな若い男が歩いてきた。
その男が歩くと、魔法戦士たちは急いで道を開け、その場に跪いた。
サイゾーとクマシスは冷や汗をかいて緊張した様子だった。
「あっ…」
その男を見たラーミアは、驚いて思わず声を出してしまった。
「イカついなあ…ここまで来てバレラルクに引き返すのかよ。せっかくミルドニアで大暴れしようと思ってたのによぉ。どうなってんだよ、ジェシカ?」
男がそう言うと、ジェシカはその男の前に跪いた。
その様子を見たサイゾーとクマシスはキョトンとしている。
「あわわわわ…ピンク色の髪…右目の下に2つの涙ボクロ…左右で目の色が違うオッドアイ…背中にでかい槍…その男は……ナカタム王国王子、ウィルアート・ロゼ…!」ダルマインは空いた口が塞がらなかった。
「え〜〜!王子様〜!??」
エンディは驚愕していた。
ジェシカの部下たちも慌てふためいている。
「え?なに?何なのこの状況?全然意味がわからないんだが!?」
クマシスは軽くパニックになっていた。
「あの…ロゼ王子。なぜギャングの幹部であるこの女が、あなたに頭を垂れているのでしょうか…?」
サイゾーが恐る恐る尋ねた。
「ん?こいつはギャングじゃなくて、俺がノヴァファミリーに送り込んだスパイだよ。俺が全幅の信頼を置いている3人の部下のうちの1人だ」
ロゼはひざまずくジェシカを指さしながら、サラッと言った。
「ええぇぇーーーっ!??」
一同驚愕し、一斉に声を上げた。
いつも冷静沈着なカインも、流石に少し驚いている様子だった。
「改めて自己紹介するわね。ナカタム王国魔法庁保安局、王家直下0番部隊参謀長のジェシカよ。ノヴァファミリー幹部は仮の姿。隠しててごめんね?」
ジャシカはエンディたちに向かって、はっきりとした口調で淡々と言った。
「スパイ!すげえ、かっこいい!俺もなりたい!」
エンディは目をキラキラと輝かせている。
「0番部隊って…公にはされていない諜報部隊じゃない!しかも参謀長なんてすごいわジェシカ!」
ラーミアは尊敬の眼差しをジェシカに向けた。
「ジェ、ジェシカのアネキ…スパイだったんですか…」
「ああ…俺たちもうおしまいだ…」
ジェシカの部下たちは悲観していた。
「あなた達、ギャングから足を洗って更生するつもりはある?」
ジェシカは真剣な顔つきで問いかけた。
「もちろんです!」
4人は声を揃えて答えた。
「分かったわ。じゃああなた達も0番部隊に入れてあげる。これからも私の下で働きなさい?」
「はい!仰せの通りに!ジェシカの姉御!」
「ええ、こんなにあっさり…いいのか?」
エンディは心配そうに言った。
魔法族でもない元ギャングを国の諜報機関に入隊させるなど、前代未聞のことに思われたが、エンディが思っているほど、王都バレラルクでの非魔法族に対する差別は深刻ではないのかも…と思った。
「0番部隊だと…?こんな小娘が…?」
サイゾーは半信半疑だった。
「よっ、ラーミア。災難だったな?」
ロゼが軽快な口調で言った。
「ロゼ王子、こんなところに来ちゃだめですよ!」
「そうですよ若、一国の王子が戦地に赴くなんて聞いたことありませんわ?」
ラーミアとジェシカが呆れた口調で言った。
「俺はな、下の者が戦地で血を流してるのに玉座で踏ん反り返ってるどっかのクソ国王とは違うんだよ」
ロゼはそう言い終えた後、エンディとカインのもとへ歩いて行った。
「で、こいつらは誰?」
「エンディとカインです。この2人は私を助けるために戦ってくれたんです!」ラーミアはロゼの問いかけに答えた。
「エンディ…あー、港町でダルマイン一派に立ち向かって一緒に拐われたってやつか!」
「王子様!背中の槍かっこいいですね!ちょっと見せてよ!!」
エンディはテンションが高まっていた。
「おい貴様!ロゼ王子に向かって無礼だぞ!」
「無礼な小僧め!」
ギャラリーからヤジが飛び交い、エンディはビクっとしてしまった。
ロゼはエンディとカインの顔をまじまじと見つめていた。
「お前ら…只者じゃねえだろ?イカついオーラがぷんぷんするぜ?」
そう言われると、エンディはドクンと自分の心臓の鼓動の音が聞こえた。
カインは全く動じていない様子だった。
「お前らも歓迎してやるよ」
ロゼはそう言い残して、再びジェシカのもとへと歩き出した。
「お許しくださいロゼ王子!これからはあなた様に忠誠を誓い、世の為人の為に生きていきます!どうか御慈悲を!」
ダルマインがロゼに向かって叫んだ。
「許してやってもいいぜ?そのかわり、罰金"国家予算"…な?」
ロゼ王子は意地悪な顔で言った。
ダルマインはシクシク泣きながらどこかへ連行されて行った。
「若、ノヴァファミリーの主な資金源は闇カジノの経営と密猟です。そしてパニス町の複数の飲食店から用心棒代と称してみかじめ料を脅し取っている事も判明しました。そしてドアル解放軍から武器を大量に買い取っていて何やら不穏な動きを見せていますが、その目的も"ノヴァ"と呼ばれるボスの正体も、幹部の私ですら聞かされませんでした」
ジェシカはこれだけのことを一気に言ってのけた。
「そうか、全くあいつら武装強化して何企んでるんだろうな。まっ、クーデターでも起こそうものなら徹底的に殲滅するまでだがな?」ロゼは冷酷な表情で言った。
エンディは少し背筋がゾクっとした。
「そしてもう一つ報告が…武器の取引を名目に何度かミルドニアに足を運んだところ、ドアル解放軍を仕切っているギルドの裏に、アズバールがいました。連中の実質的リーダーは、恐らくアズバールかと思われます!」
ジェシカがそう言うと、その場は一気に凍りついた。
「え、今なんて言った…?」「冗談だよな?」
魔法戦士たちがざわつき始めた。
「まじかよ…あのイカレ野郎が生きてやがったか、こりゃさすがにショックだぜ」
この時、エンディは自分の目を疑った。
ショックと口にしたロゼの顔が、高揚しているように見えたからだ。
「それにしてもお前ら、よく逃げて帰ってこれたな?追手も来てなさそうだし」
ロゼは不思議そうにしていた。
「それが、私たちアズバールに追い詰められたんです。そしたら突然塔の上層階が大炎上して、その隙に命からがら逃げてきました」ジェシカはそう言うと、チラッとカインを見た。
「炎上?まあいいや。詳しい話は王宮でたっぷりともてなした後に聞こう。エンディとカイン、んでラーミアとジェシカ、ちょっと着いてこい!」
4人は言われるがまま、ロゼについて行った。
すると、バダリューダ号の保管庫に案内された。保管庫の中には、今まで見たこともない巨大な箒が積んであった。
まるで、巨人が砂漠でも掃除するときに使用される物なのではないかと見紛うほどの、巨大な箒だった。
「すげえ!なんだこれカッケェ!!」
エンディは子供のようにはしゃいでいた。
「カッケェだろ?これは王族が保有するプライベート魔法ジェット、箒星だ!本当はこれに乗って1人でミルドニアに突っ込もうと思ったんだけどよ流石に止められたぜ」
ロゼのこの発言が冗談なのか本気なのか、エンディには判断できなかった。
「若、なぜ私たちにこれを?」
ジェシカが尋ねた。
「こんな船でチンタラ向かってたらバレラルクまで半日以上かかるぜ?だりいからオレはこれに乗って一足先に帰る。そこでだ、お前らもついてこい!」
「そんなロゼ王子、私たちは王族の保有するプライベートジェットになんてとても乗れる身分じゃありません!」
ラーミアはたじろぎながら言った。
「えーいいじゃん!俺これ乗りたいな!」
「同感だな。あんなやかましい奴らに囲まれて半日も航海なんて耐えられねえぜ」
エンディとカインがそう言うと、ラーミアとジェシカはその無礼な言葉遣いに肝を冷やした。
「ふははっ、おまえら面白えな!ますます気に入ったぜ?たっぷりもてなしてやるからよ、パーッと祝勝会といこうぜ?」
ロゼはそう言うと搭乗口を開けた。
なんとこの巨大箒、本物のジェット機のように内部へと乗り込めるのだ。
どうやら、搭乗口も窓も、ロゼの意のまま自由自在に創ったり塞いだりできるらしい。
エンディとカインはロゼに続いて、まるで自分の家に入るかのような勢いで箒星に入っていった。
「ジェシカ、私たちも行こっか!」
「そうね…あいつらに礼儀作法を叩き込んでやらなきゃ」
ラーミアとジェシカも箒星へ入っていった。
そしてロゼが箒星に魔法エンジンをかけ、保管庫の巨大な扉が開いたところで、サイゾーとクマシスがやってきた。
「あー、やっぱりここだ!ロゼ王子、何をなさってるんですか!?」
サイゾーが慌てて叫んだ。
「俺たちは先にバレラルク行ってるから、お前らあとは頼んだぞ!」
箒星に小穴を開け、ロゼが言った。
「おいバカ王子!俺も乗せてけよ!」
クマシスは心の声を大声で叫んでしまった。
「おまえ、流石にそれは不敬罪だぞ…?」
サイゾーは青ざめた顔をしていた。
そして箒星は爆音とともに、大空へと飛び立っていった
箒星を動かすには、大量の魔法力を消費しなければならないが、ロゼはそれを難なくこなせる




