輪廻の産声と狂気の影
ルミエルの声が、荒野に響いた。
「トルナド!?トルナドって、あのトルナド!?暴れん坊で有名な??」
高揚した声に、トルナドは胸を張った。
「はっ、なーにが暴れん坊だよ!俺ぁただ好きな様に生きてるだけだ!俺は誰よりも自由なんだ!」
「えー!すごい!貴方、超有名人よ!私ね、いつか貴方に会ってみたいと思ってたの!こんなところで会えるなんて…感激!」
ルミエルはトルナドの右手をギュッと握り、目を輝かせた。
初めて女性に触れられたトルナドは、茹でタコのように真っ赤になり、慌てた。
「や、やい!気安く触るんじゃねえよ!怪我してえのか!」
ルミエルの手を振り払い、風を纏って逃げようとした。
だが、ルミエルはエイッと跳び、トルナドの背中に飛びついた。
「はっ!?おいてめえ何してんだよ!?」
反射的におんぶしてしまい、混乱した。
「ねえねえ、どこ行くの?」
「腹が減ってむしゃくしゃしてしょうがねえからよ、食えそうなもん持ってる野郎を片っ端から襲撃して奪ってやるんだ!ついでにぶん殴ってやろうとも思ってる!」
悪ぶって虚勢を張ったが、ルミエルにはお見通しだった。
「ふーん…じゃあ私も連れてってよ。」
「はぁ!?ふざけたこと抜かしてんじゃねえよ!」
「だって貴方と一緒にいたら、なんか楽しそうなんだもん!お願い!」
無邪気な懇願に押し負け、トルナドは渋々承諾した。
ルミエルを背負い、勢いよく空へ飛び立った。
上空100メートルに達し、さらに加速した。
「ワッハッハー!どうだ!?怖えか!?俺は怖くねえ!なんならもっと高いところまでいってよ、お前を突き落としてやってもいいんだぜ!?」
心にもない意地悪を吐いた。
だが、ルミエルは目を閉じたまま大はしゃぎした。
「きゃー!気持ちいい!最高!」
盲目の少女とは思えぬ大胆さに、トルナドは驚愕した。
「やい!人の背中でぎゃーぎゃーうるせえぞ!まじで突き落とすぞ!」
怒鳴ると、ルミエルはニコリと微笑み、声を鎮めた。
だが、突然、彼女は奇行に出た。
「えいっ!」と叫び、トルナドの背中から地上へ飛び降りた。
躊躇なく、上空100メートルから真っ逆さまに飛び降りたのだ。
「きゃーー!!」
バンジージャンプのような絶叫が響いた。
トルナドは絶句し、真っ青になって急降下。
間一髪でルミエルをキャッチした。
心臓がバクバクと高鳴り、冷や汗が止まらなかった。だが、ルミエルはトルナドの腕の中で笑った。
「あー楽しかった!」
その態度に、トルナドは怒りを爆発させた。
「馬鹿野郎てめえ!なに考えてやがる!?頭おかしいのか!?」
ルミエルはケロッとしていた。
「あれえ?さっき私を突き落とすなんて言ってたのは、どこの誰かな〜?」
おちょくるように言った。
「だ…だからって急に飛び降りることはねえだろ!お前イカれてやがるぜ!」
「だってトルナドなら絶対に助けてくれるって信じてたもん。ありがとね?」
優しい微笑みに、トルナドは言葉を失った。
ルミエルのペースに完全に呑まれていた。
「トルナドは口は悪いけど、本当はとっても優しくて素敵な男の子だよね!私ね、そういうの分かるんだ!」
「…なんでさっき会ったばかりなのにそんなこと言い切れるんだよ?」
横目で睨み、呟いた。
優しくて素敵。
誰も言わなかった言葉に、こそばゆさが胸を刺した。
「う〜ん、何でだろう?目が見えない分、他の感覚が人一倍優れてるのかな!第六の心の目ってやつかなあ??」
「はっ、下らねえこと言いやがって!」
トルナドは鼻で笑った。
だが、ルミエルの言葉は、彼の心に静かな波を立てていた。
青空は夕焼けに染まり、瞬く間に夜が訪れた。
時間がこれほど速く流れたのは、トルナドにとって初めてだった。
会話は少なく、ルミエルの明るい声にぶっきらぼうに応えるだけ。
だが、気まずさはなく、穏やかな心地よさが二人を包んだ。
焼け野原の風景は荒涼としていたが、トルナドの心は不思議と落ち着いていた。
夜が更け、小さな緑の山の上空を飛行していた。
魔族の破壊を免れたその山は、神秘的な光を放ち、トルナドは無意識に低空飛行で森を見渡した。
木々が風に揺れ、夜の静寂が二人を包んだ。
お腹がグーと鳴り、ルミエルが呟いた。
「なんか…私もお腹空いてきちゃった。」
「ワッハッハ!ちょうどよく良い森に来たもんだな!ここなら野生動物もまだ生き残ってそうだ!サバイバルといこうか??」
「サバイバル」の響きに、ルミエルはワクワクした。
二人は深い森に降り立った。
「お疲れ様!ありがとうね、トルナド!」
ルミエルは感謝を口にしたが、トルナドは照れくさそうに無視した。
「さてと、食えそうなもん探すか。」
野生動物を探し、辺りを見渡した。
樹齢数百年の大木が空を覆い、深海のような静寂が森を支配した。
風に揺れる葉の音が、不気味さを増した。
トルナドの直感が警鐘を鳴らした。
何かがいる。
足を止め、鋭い目で警戒した。
ルミエルも異変を察し、触覚と嗅覚を研ぎ澄ませた。
森の奥から、カツンカツンと足音が響いた。
20メートル手前で、影が立ち止まった。
ブロンドの長髪、黒い軍服、右手に剣。暗闇で顔は見えなかったが、狂気と殺気が漂った。
トルナドとルミエルは、その男の正体を瞬時に悟った。
「ワッハッハー!誰かと思えば…ルキフェルじゃねえかよぉ!」
「ルキフェルさん…!」
「お久しぶりですね…トルナドさん、ルミエルさん。お迎えにあがりました。」
狂気を孕む淡々とした声が、森の静寂を切り裂いた。




