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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
143/158

罪悪の目覚めと光の萌芽

トルナドは孤独を駆け、空を彷徨った。


破壊衝動が胸を焦がしたが、壊す対象すら見当たらなかった。


村人からの感謝。

カビの生えたパンを差し出した老婆の震える手、涙を流す民の声が、彼の心に不快な波を立てていた。



「ちくしょー!人っ子一人居やしねえ!」


独り言を吼え、荒廃した町の跡を巡った。


誰もいない。誰も殴れない。

怒りは行き場を失い、感謝される自分を認められず、風だけが彼の咆哮に応えた。


すると、枯れた大木の根元に、二人の幼い兄弟が佇む姿が目に入った。


瓜二つの顔、みすぼらしい姿。

腐りかけた人参を分け合い、ボリボリと咀嚼する。


トルナドはニヤリと笑い、標的を定めた。


風を纏い、勢いよく兄弟の前に降り立った。


「やいガキども!美味そうなもん食ってんじゃねえかよ!ああ!?踏み潰されたくなかったら金よこせ!!」


恐喝の声が荒野に響いた。


だが、兄弟は動じず、泥と埃にまみれた顔で冷ややかな目をしていた。


ボロボロの服、傷だらけの腕と脚。

浮浪者の姿だった。


「お金なんてないよ。」


一人がボソッと呟いた。


トルナドは苛立ちを募らせた。

「はっ!だったらてめえら誘拐して、てめえらの親から奪ってやるよ!やい!お前らの親はどこにいる!?近くにいるんだろ!?このガキ共がぐしゃぐしゃに踏み潰されてミンチにされてハンバーグになって食われたくなかったら身代金をよこせ!!」


親が潜んでいると踏んだトルナドは、辺りを睨みながら叫んだ。

だが、兄弟の答えは冷たく暗かった。



「親なんていないよ。パパもママも魔族に殺されちゃったもん。」


「お兄ちゃん追い剥ぎ?お金なんてあっても意味ないよ。国が滅びちゃったんだもん。もう貨幣の概念すら失われちゃったよ。」


生気のない声に、トルナドはたじろいだ。


「カヘー?ガイネン?ガキのくせしやがって難しい言葉並べてんじゃねえぞ!」


トルナドは苛立ちを隠せず、兄弟を怖がらせようと企んだ。

身体に強風を纏い、小さな竜巻を巻き起こした。


ビュービューと唸る風が、枯れた大地を震わせた。

だが、予想外の反応が返ってきた。



「すごい!お兄ちゃん、風を操れるの!?神様みたいでかっこいい!!」


「お兄ちゃん、それどうやるの!?ぼくにも教えて!」


暗い表情だった兄弟が、パッと目を輝かせ、はしゃぎ出した。


トルナドはキョトンとした。

怖がらせるつもりが、喜ばせてしまった。



「ありがとうお兄ちゃん!僕、こんなに笑ったの久しぶりだ!」


「一緒に遊ぼう!お兄ちゃん!」


純粋な笑顔に、トルナドは目を背けた。

「うるせえ!馴れ馴れしくしやがって!今度見かけたら必ずぶっ殺してやるからな!」

吐き捨て、逃げるように空へ飛び立った。


まただ。

悪意が感謝に裏返り、心が乱れた。


自分が自分でなくなる恐怖が、彼を焦らせた。

「ちくしょー!なんなんだよどいつものいつも!こうなったら仕方ねえ!今度こそ誰かぶん殴ってやる!相手がガキだろうと女だろうと爺婆だろうと関係ねえ!目に留まった奴は片っ端からぶん殴ってやる!」


悪意の炎を燃やし、猛スピードで荒野を巡った。


やがて、一人の少女の後ろ姿が目に入った。


「ワッハッハ…あの女、ぶん殴ってやる!」


冷酷な笑みを浮かべ、襲撃を決意した。


少女は、荒廃した大地をノロノロと歩いていた。

トルナドは勢いよく彼女の前に回り込み、立ち塞いだ。


「え?なに??誰??」

少女が驚き、立ち止まった。


トルナドと同じ年頃、真っ白な肌、長い黒髪、閉じた両眼。


カールしたまつ毛は、まるで涙の雫のようだった。


その美しさに、トルナドは一瞬言葉を失い、見惚れた。


暴力衝動が霧散し、拳を上げる気になれなかった。


「やい女!身包み置いていけ!」


トルナドはオドオドしながら叫んだ。

少女はクスリと微笑んだ。



「あら、随分と優しい追い剥ぎさんね?」


「はぁ!?何言ってやがる??」


「無理してそんな強い言葉を使っても、貴方からは隠しきれないほどの優しさが溢れているように感じるわ?」


トルナドは言葉を失った。

少女の言葉に胸を刺されたのだ。


「優しさ…だと?ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞコラ!!」


意地になり、全身から強風を放って威嚇した。


荒々しい風が大地を揺らし、少女の髪を靡かせた。

だが、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「わぁ…すごい!荒々しくて乱暴だけど、どこか優しくて暖かい風ね。こんな心地の良い風に吹かれたのは生まれて初めてよ?素敵な贈り物をありがとう。」


屈託のない笑顔に、トルナドは膝から崩れそうになった。


またしても、悪意が感謝に裏返った。



「ありがとう…?ありがとうだとぉ!?やい女!俺がこの世でいっちばん大嫌いな言葉を教えてやろうか!?それは"ありがとう"だ!今お前が俺に言い放ったその"ありがとう"ってクソみてえな言葉だよ!あんま人の事おちょくってると、例え女でも容赦なくぶん殴るぞ!」


赤面しながら威嚇した。


だが、少女の笑顔は揺らがなかった。



「ふふっ、貴方は嘘が下手ね。本当は嬉しかったくせに、素直じゃない。全部お見通しなんだからね。」


「あぁ!?何がお見通しだよ!大体お前、さっきからなんで目瞑ってんだよ!?ははーん…さてはこの俺が怖いからだなあ?やい女!目を開けてみろ!恐ろしいもん見せてやっからよ!」


少女を怖がらせようと、右手にカマイタチの風の刃を纏った。


だが、少女の笑顔が消えた。


「ごめんね…私生まれつき目が見えないの。だからこの目は閉じたまま開かないんだ。だから貴方が私に見せてくれようとしてるものは見ることができない。わざわざ披露してくれたのに、本当にごめんね…?」


申し訳なさげな声に、トルナドは凍りついた。


自分の無神経さに、初めて罪悪感を抱いた。

独裁者顔負けの精神構造を持つ彼にとって、他者への後悔は未知の領域だった。


自分が変わり始めていることに、焦燥感が募った。


今直ぐこの場から逃げ出してしまいたかったが、この盲目の少女を、魔族が跋扈する荒野に置き去りにするのは、気が進まなかった。


だが、共にいることもできず、頭を抱えた。



「私ルミエルっていうの、よろしくね。貴方のお名前は?」


「…トルナドだ。」


これが、トルナドとルミエルの出会いだった。

風の刃と盲目の微笑が交錯し、輪廻の物語の産声が上がった。

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