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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
140/158

信じる魂と愛の勝利


魔界城は、運命の坩堝だった。


第五階の闇に閉ざされた回廊で、希望と絶望が刃を交えた。


一階では、42,000の光の軍勢が、51,000の魔族と第二次血戦を繰り広げていた。


種族の遺恨も善悪の境界も溶け合い、ただ光を取り戻すため、城門を打ち砕いた。


だが、第五階では、蛇妃ゴルゴンに変貌したラーミアの裏切りが、戦士たちの心を凍てつかせた。




ロゼの心は、闇に囚われた。


魔族は500年前、対魔の天生士により封印され、ユドラ帝国での復活まで、ナカタムの民と交わることはなかった。


ラーミアが魔族に染まる隙など、時の狭間に存在し得なかったはずだ。


なぜ、現代の天生士たる彼女が蛇妃ゴルゴンに堕したのか。


いつ、その清らかな魂は闇に侵されたのか。


思考は迷宮を彷徨い、答えを見出せなかった。

まるで、運命そのものが嘲笑うかのように。


エンディは怒りに震え、第五階の天井を突き破る闇の玉座に君臨するヴェルヴァルト冥府卿を睨みつけた。



「おいヴェルヴァルト…お前、ラーミアと視神経を共有して…ラーミアの眼を通して全てを視ていたと言ったな…?全てを見ただとぉ!?お前まさか、ラーミアの入浴シーンも覗いてたのか!絶対に許さないからなこのド変態野郎が!!」


「おいエンディ…怒るとこそこかよ?」


ロゼは苦笑いを浮かべ、呆れ返った。


だが、カインがエンディの隣に立ち、静かな怒りを滾らせた。

「分かるぜエンディ…お前の気持ちがよ。俺は愛妻家であり娘を持つ男親だからよ、この手の変態野郎は許せねえぜ。」


ヴェルヴァルト冥府卿は、人間の女の裸体に興味などなく、二人の憤激を理解できず、冷ややかな視線を投げた。


だが、その刹那、ラーミアが動いた。


彼女の頭上に蠢く10匹の蛇は、黒い鱗に深紅の眼を輝かせ、闇の球体を吐き出した。


まるで終わりなき爆撃機のように、球体はエンディたちを飲み込まんとした。


エンディは風を呼び、カインは炎を解き放ち、攻撃を相殺。


ゴルゴンの力は、見た目の悍ましさとは裏腹に、さほどの脅威ではなかった。


だが、二人は攻撃を仕掛けず、防御に徹した。


ラーミアを傷つけたくない一心だった。

彼女を正気に戻し、無益な戦いを終える術を、必死に模索していた。


「死。御闇に逆らいし者には死あるのみ。死。」


ラーミアの声は、壊れた楽器のように単調に響いた。


アズバールが苛立った。

「ククク…おいおいてめえら、なにグズグズしていやがる?そんな雑魚さっさと殺しちまえよ。」


「黙れ!すっこんでろ!」


カインが怒気を孕んだ声で一喝した。


ヴェルヴァルト冥府卿が哄笑を上げた。

「フハハハハ!まさかお前達、ラーミアを元に戻そうなどと考えているのではないだろうな?断言しよう…それは不可能だ!その女は身も心も、既に余に支配されている。余のために生き、余のために死ぬ…そう刷り込んでいるのだ。この支配を解く術は、その女を殺すより他にない!フハハハハ!!」


ロゼの瞳が鋭く光った。

「支配?刷り込み?やっぱりお前、ラーミアを操っていやがるな!?」


彼の直感は、ラーミアの裏切りが不本意であると確信した。


ヴェルヴァルト冥府卿は、下品な笑みを浮かべ、闇の秘密を吐露した。



「左様!余は500年前に封印される直前、あの"憎き天生士の女狐"の体内に我が闇の力を付与したのだ。その力は、我ら魔族が封印された後も…禁忌の封印術を発動したあの女狐が絶命した後も…時空を超えて残存していたのだ!対魔の天生士が今日まで5世紀もの長きに渡り輪廻転生を繰り返していた間も、我が闇の力はその転生者へと脈々と受け継がれていたのだ!そして2年前…我ら魔族が復活を遂げたことを引き金に、余が与えた力は真価を見出した!その真価こそが視神経の共有と、余に対する絶対的な忠誠心!つまりその女は、知らず知らずのうちにお前達を欺き!余にお前達の情報を伝達し続けていたのだ!」


「てめえ…なんて狡猾な野郎だ…!」

カインは奥歯を噛み締め、怒りを抑えた。



ヴェルヴァルト冥府卿はラーミアを嘲弄した。

「フハハハハッ!その女を正気に戻そうなどと無駄なことは考えないことだな。先ほども言ったが…この呪縛は未来永劫解ける事はない!その女を余の支配から解放させたいのであれば…せめてお前達仲間の手でその女を葬ってやるんだな!よく見てみろ、その女の醜悪な姿を…これではまるで生きる屍だな。否、意志なき戦闘人形と言ったところか?フハハハハッ!」


イヴァンカとアズバールは冷めた視線を投げたが、仲間たちは怒りと悲しみに震えた。


ラーミアが静かに呟いた。

「死。」


彼女はエンディに近づいた。

エンディは動かず、彼女の悍ましい姿を直視した。


突如、ラーミアの両眼が真紅に輝いた。


「危ない!エンディ!」


アベルが身を挺してエンディを庇い、紅き光に浴した。


瞬時に石像と化したアベルの姿は、まるで古代の英雄像のようだった。


「アベルー!!」


カインが駆け寄った。


ラベスタとロゼが武器を構え、ラーミアを捕縛しようとしたが、再び放たれた真紅の光に飲み込まれ、石像に。


ロゼは光を遮る仕草で、ラベスタは無表情のまま固まった。



「えーー!石になっちゃったぁ!」

「フフフ…これはまた厄介な力だねえ。」


モスキーノのわざとらしい驚きと、バレンティノの冷や汗。


ジェシカとモエーネはロゼの石化に立ちくらみを起こし、エスタは恐怖に凍りついた。


ラーミアは「死」と連呼し、エンディに歩み寄った。


エンディもまた、彼女に向かって歩き出した。


まるで運命の糸に引き寄せられるように。

「おいエンディ!不用意に近づくな!お前も石にされちまうぞ!」


カインの叫びは届かなかった。


エンディは、過去の記憶を紡ぐように語り始めた。



「ラーミア…初めて会った日のこと、覚えてるか?2年前…もう日が沈んだってのにまだまだ暑くてジメジメしてたなあ。しかもいきなり雨がザーザー降ってきてさ…。ラーミアあの時、オンボロの小舟で遭難してたっけ。」


ラーミアは口を閉ざし、怯えた目でエンディを見つめた。



「俺上手く言えないけどさ…初めてラーミアを見たあの時、すごく懐かしい気持ちになったんだ。やっと会えたんだって…そう思ったらさ、途端に涙が止まらなくなって前が見えなくなったんだよ。あんなに歓喜した夜は無かった。他の人からしてみればなんて事ない、いつもと変わらない夜だったんだろうけど…俺にとっては一生忘れられない、かけがえのない夜だった。冷たいはずの雨も、すげえ温かかったなあ。どうしてあの時あんなに泣いたのか、それは今でも分からないけど…。でも、なんて言うか…ずっとずっと昔、俺が…俺達が産まれるよりも遥か遠い昔に、俺達はこの世界のどこかで出会ってたんだって、確信にも似た強い感情を抱いたんだ。」


ラーミアの足が止まり、悲しげな表情で叫んだ。

「やめて…こないで!こっちに来ないで!」


「何をしているラーミア!早くその男を殺せ!」

ヴェルヴァルト冥府卿の命令に、ラーミアの目が鋭く光った。


10匹の蛇が闇の球体を放ち、エンディに直撃した。彼は避けず、攻撃を受けた。



「エンディ!なんで避けねえんだ!」


カインが叫んだ。エンディは軽い火傷を負いながらも、ラーミアに歩み寄った。


彼女の眼前に立つと、怯えるラーミアの右手を両手で握りしめた。


「ラーミア…ラーミアの言った通り、例えその姿が本当の姿で、今までが仮初だったとしても…さっきの言動が本性だったとしても…俺は、ラーミアが俺に見せてくれた沢山の笑顔だけは絶対に疑わない!!ラーミアが今まで俺を救ってくれたその優しさだけは絶対に疑わない!これから何があっても!この先もずっと!俺はラーミアを信じて信じて信じて信じ抜く!だから…この手は死んでも離さない!!」


ラーミアの右目から、星のような涙がこぼれた。

「エンディは…変わらないね。あの時からずっと…変わらず…優しいね。エンディ…ずっと変わらないでね?ずっとずっと…優しいエンディで…いてね…?」


一瞬、彼女に正気が宿った。


ヴェルヴァルト冥府卿が焦りを露わにした。



「馬鹿な…ありえない!何故だ!何故未だ自我が残っているのだ!?これはあるまじき事態だ!おいラーミア!その男を石にしろ!!」


ラーミアの両眼が真紅に輝いた。


だが、奇跡が起きた。

なんと、術者である彼女自身が石化したのだ。


エンディの澄んだ瞳に映ったゴルゴンの姿が、彼女を呪縛に縛ったのだ。


悪魔の石像は、闇の化身そのものだった。

ヴェルヴァルト冥府卿は愕然とした。


石像は神聖な光を放ち、砕け散った。


中から現れたのは、かつてのラーミアだった。


「あれ…?私…何してたんだろう?あ、エンディ!」


記憶は失われていたが、エンディを見て、彼女の顔は陽光のように輝いた。


アベル、ロゼ、ラベスタの石化も解けた。


エンディはラーミアの手を握り続けた。


「約束しただろ?絶対に助けにいくって。次は絶対に護るって。」


その言葉に、エンディ自身が戸惑った。

約束?

次?

なぜ、この言葉が自然と溢れたのか?


ラーミアも同じ疑問を抱いた。


刹那、稲妻のような衝撃が二人を貫いた。

遠い過去、500年の輪廻を超えた記憶が、雷鳴のように蘇った。

古代の戦場で交わした誓いが、運命の風を呼び覚ました。

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