絆の崩壊
一階では、連合軍が鬨の声を上げ、魔界城に雪崩れ込んだ。
魔族の一般戦闘員は慌てて迎撃に向かい、城は戦火に包まれた。
各国の魔法戦士同士の口喧嘩が響き、悪党たちが不敵に笑う中、種族も善悪も超えた団結が、魔族の動揺を誘った。戦いは第二幕へ突入した。
第五階では、ベルゼブが城を破壊するほどの攻撃を繰り出したが、隔世憑依したノヴァとエラルドがそれを相殺。
巨大化した二人は、ベルゼブを圧倒し、仲間を最上階へ送り出した。
だが、ラーミアの裏切りが、戦士たちの足を縛った。
血の喧騒が漂う魔界城で、この空間だけは異質な空気が流れていた。
「ラーミア…嘘だよな…?嘘だと言ってくれよ!!」
エンディの悲痛な叫びが響いた。
ラーミアはクスクスと笑う。
「うん、嘘よ…今までの私は全てがかりそめだった。今が本当の姿よ。」
「どうしてそんなこと言うんだよ!あり得ねえ!ラーミアが…ラーミアが俺たちを騙す筈がない!」
エンディは必死に信じようとした。
何か事情があるはずだと、自分に言い聞かせた。
だが、ラーミアの言葉は冷酷だった。
「坊や、一つ良いことを教えてあげるわ?裏切りは…女の専売特許よ。男を欺くことなんて造作もない…。私達は、顔色一つ変えず…脈拍一つ乱す事もなく…平然と嘘をつける生き物なのよ。」
薄ら笑いに、エンディは頭が真っ白になり、恐怖で目を背けた。
カインがエンディの肩を掴み、叫んだ。
「落ち着けエンディ!惑わされるな!ラーミアはヴェルヴァルトに操られてるに違いねえ!ラーミアは、ルキフェルが指定した5人の要警戒人物の中でも、最重要厳重警戒対象に指定されていた唯一の天生士だぞ!?現に、冥花軍の連中は総じてラーミアにビビってたじゃねえかよ!?ラーミアが魔族な訳ねえだろ!?」
カインの言葉は、エンディを支えようとする必死の叫びだった。
だが、イヴァンカが嘲笑した。
「恐らく、魔族側でラーミアが内通者だと認知していたのはヴェルヴァルトだけだったのだろう。奴は君達を欺く為に、まずは味方であり麾下である冥花軍の連中を欺いたに過ぎない…そう考えれば辻褄が合うだろう?どうやら君達は一杯食わされた様だね。」
「黙れイヴァンカ!てめえに何が分かる!ラーミアが俺たちを裏切る訳がねえんだ!」
カインはイヴァンカを睨み、エンディと同じくラーミアを信じた。
だが、イヴァンカは冷たく言い放つ。
「例えどれほど信じ難くとも、目の前で巻き起こる全ての事象は厳然たる事実だ。そこには真実も嘘も、不条理も介在する余地は無い。受け入れ難い現実から目を背け、幻想に縋って生きるなど、実に虚しく惨めだと思わないか?」
エンディとカインは言葉を失った。
イヴァンカは剣を抜き、酷薄な笑みを浮かべた。
「さあ、早くその裏切り者を殺し給えよ。私が自ら手を下し君達の目を覚まさせてあげてもいいが。」
ラベスタとエスタが立ちはだかった。
「やめてイヴァンカ。何する気?」
「てめえ!ラーミアに手出すんじゃねえぞ!」
マルジェラとバレンティノも剣を抜き、緊張が高まった。
「おい!お前ら落ち着け!」
「フフフ…熱すぎ注意だよ。」
イヴァンカは呆れ、剣を収めた。
「ふっ、まあいいだろう。幻想を信じたが故にかつての仲間に殺されるエンディを眺めるのも酔余の一興に良さそうだ。勝手に戯れ合っているが良いさ。」
「ククク…くだらねえ。」
アズバールも興味を示さなかった。
モエーネは泣き崩れそうになり、訴えた。
「こんなの…こんなの嘘よ…!」
ジェシカとアマレットも涙ながらに過去を振り返った。
「ラーミア…初めて私と会った日のこと覚えてる??貴女…ギャングの幹部のふりをしていた私にも、分け隔てなく優しく接してくれたよね…?私ね…あの時はツンツンした態度とっちゃったけど、本当はすごく嬉しかったの…!」
「ラーミア…2年前、ユドラ帝国でエンディとカインが闘った時…貴女は初めて会った私の為に心を痛めてくれて、寄り添ってくれたよね…?ねえラーミア…何か訳があるんでしょ?そうだと言って!」
だが、ラーミアは冷たく切り捨てた。
「貴女達も馬鹿ね。私は今日まで只の一度も、貴女達みたいな頭の悪い女の事を友達だと思ったことはないわ?2度と私に話しかけないでくれる?」
モエーネ、ジェシカ、アマレットの心は深く傷ついた。
ロゼが疑問を投げかけた。
「ラーミア…一体いつからだ?いつから俺たちを欺いていた?お前が魔族になる隙なんて1ミリたりもと無かったはずだがな…。」
モスキーノも続けた。
「王都は諜報部員が常に目を光らせてるからねー!それこそギラッギラに!この2年間、海外のスパイや外患誘致罪を犯す恐れのある危険因子はすぐに捕らえていたけど、魔族に通じてる様な奴は1人も報告にあがってこなかったのに、不思議だね〜!」
ラーミアは淡々と答えた。
「うふふ…気づかないのは当然。何もあなたたちが間抜けだった訳じゃ無いわ?私は魔族の中でも特別な切り札だからね。私と御闇はね、視神経を共有しているの。魔族の封印が解かれたのが2年前…500年の眠りから覚めた御闇は、今日まで2年という歳月をかけて理知と力を取り戻し、悠々と血の侵略の準備を進めていた。その際、御闇は私の目を通して全てを見ていたのよ。だから貴方たちの情報は全て筒抜けだったって訳。」
カインは違和感を覚えた。
ロゼの「いつから」の問いに、彼女は直接答えなかったからだ。
ロゼが考察する。
「なるほど…ヴェルヴァルトはその情報のみをルキフェルに流し、ルキフェルはそれを元に5人の要警戒人物を指定したってわけか…。」
ヴェルヴァルト冥府卿が得意げに言った。
「御名答。余はラーミアの眼を通して、お前たちの全てを視ていた。」
カインは皮肉な笑みを浮かべた。
「はっ、2年もかけて俺たちを分析してた割には、冥花軍とやらは随分と呆気なく散ったもんだな?」
ヴェルヴァルト冥府卿は不敵に笑い、動じなかった。
突如、ラーミアの髪がウネウネと動き、10本の毛束が真っ黒な鱗と深紅の眼を持つ蛇に変化した。
毒牙と細長い舌がエンディたちを威嚇し、不気味さに戦士たちは度肝を抜かれた。
「妾の真の名は"蛇妃"。大王様の覇道を阻む其方たちに死を与える。」
ラーミアの姿も口調も、かつての面影は消えていた。蛇妃ゴルゴンの出現に、エンディたちの絆は崩壊の淵に立った。




