虎穴の対峙 聖炎と闇の炎
魔界城の最上階、闇に閉ざされた玉座の間は、終焉の舞台と化していた。
エンディとヴェルヴァルト冥府卿の死闘は、ついに決着の局面へと至った。
だが、優勢は圧倒的にヴェルヴァルト冥府卿に傾いていた。
金色の風を纏ったエンディの攻撃は、雷鳴の如く轟き、空間を切り裂いた。
だが、ヴェルヴァルト冥府卿はその一撃を悠然と受け止め、傷すら瞬時に超速再生の力で癒してしまう。
まるで不滅の巨岩の如く、彼は揺るがなかった。
対するエンディは、肉体に刻まれる傷と疲労が積もり、勝機の光は遠く霞んでいた。
それでも、彼の魂は折れなかった。
「うおおおおおっ!!」
エンディはボロボロの身体を鋼の意志で奮い立たせ、歯を食いしばり、ヴェルヴァルト冥府卿に拳を振り上げた。
だが、ヴェルヴァルト冥府卿が人差し指を軽く弾くだけで、凄まじい風圧がエンディを吹き飛ばした。
仰向けに倒れたエンディは、荒々しい息を吐きながら、闇に覆われた空を見上げた。
その目は、悲しみと怒りに燃えていた。
「見れば見るほど邪悪な空だな…。お前が世界から光を奪ったせいで…!」
エンディはムクリと起き上がり、怒りの炎を瞳に宿し、ヴェルヴァルト冥府卿を睨みつけた。
ヴェルヴァルト冥府卿は鼻で笑い、悠然と答えた。
「奪ったとは…また随分と乱暴な言い方だな。余は、永遠に明ける事無き可惜夜の愉楽を、皆と平等に分かち合いたいだけだ。」
彼の眼差しは、闇に沈んだ世界を見渡す王のそれだった。
自身が創り上げたこの暗黒の楽園に酔いしれ、陶酔の微笑を浮かべていた。
だが、エンディはその言葉を戯言と切り捨て、聞く耳を持たなかった。
「さっさとお前ぶっ飛ばして…何もかも取り返してやるからな!覚悟しろよヴェルヴァルト!」
エンディは再び、果敢に立ち向かった。両者の戦いは、なおも終わりを迎える気配を見せなかった。
場面は魔界城第四階の広間へと移る。
そこは、血と絶望が染みついた戦場だった。
「そんな…キリアンさんが…。」
「キリアンさんが…やられちまった…!」
キリアンの敗北は、魔族の戦闘員たちに重い絶望を刻みつけた。
彼らの士気は、まるで風に散る灰の如く崩れ落ちた。
一方、キリアンを討ち取ったクマシスは、勝利の陶酔に浴し、哄笑を響かせた。
「がはははは!おいおいマジかよ冥花軍をたおしちまったぜ!!これは大金星だ!!おい!ロゼはどこだぁ!誰かあのバカ国王に伝えておけよ!今すぐこの俺に国民栄誉賞を贈れとな!」
クマシスの声は、主君ロゼへの無礼を極め、さらには直属の上司サイゾーや上級のマルジェラにまで矛先を向けた。
「おいコラ!お前らよくも今までこの俺を顎で使ってくれたな!コラ!サイゾー!今日から俺の事は様付けしろよな!もう貴様とは住む世界が違うんだからよ!コラ!マルジェラ!俺は今日から貴様と同格だ!歳下なんだからちゃんと"クマシスさん"って呼べよな!」
マルジェラとサイゾーは、内心で煮え滾る怒りと微かな殺意を抑え込んだ。
クマシスの勝利と彼が救った命は、否定しがたい事実だったからだ。
言葉を飲み込み、沈黙で応じた。
だが、ダルマインだけは我慢を捨て、吠えた。
「おいクマシス!調子に乗ってんじゃねえぞてめえ!てめえが勝てたのは、俺様の華麗なるアシストがあってこそだろうがよ!」
「がはは!何が華麗なるアシストだよ!この加齢臭がきつい中年オヤジめがぁ!」
クマシスの無遠慮な哄笑は、戦場の緊張を一瞬和らげた。
だが、その軽薄な空気は、突如として凍てつく殺気に呑まれた。
ジェイドが現れた。
狂気が獣の形を成したかの如きその姿は、広間を瞬時に支配した。
中性的な顔立ちとは裏腹に、粗暴な気性は冥花軍随一。
血に飢えたハイエナの眼差しが、獲物を求めて城内を舐め回した。
「ヒャハハッ!こんな所までご苦労さん!もう冥花軍生き残ってんのは俺と閣下だけかあ!てめえら意外とやるじゃねえかよぉ!」
空中に浮遊するジェイドは、高い天井からマルジェラたちを見下ろした。
マルジェラたちは臨戦態勢を整えようとしたが、長引く戦いで肉体は限界に達し、ジェイドに対抗する力はほぼ尽きていた。
ラーミアの治療を受ける時間もなく、ノヴァ、エラルド、ロゼの回復はなお遠かった。
「奴の首に刻まれた花は確か…"ジャーマンアイリス!"花言葉は…"炎"だったか!?」
「うん…。視界に入った万物を、闇の力と融合した黒い炎で焼き尽くす能力だったね…。」
マルジェラとラベスタの声は、警告の如く響いた。
「ヒャハッ!御名答!もうてめえら全員俺の視界にはまってんぜ!馬鹿どもが!ヒャハハハッ!まあ、馬鹿なのは当然か!君子は危うきには近寄らねえもんなぁ!」
ジェイドの両眼が黒く輝き、広間のほぼ全てをその視界に捉えた。
マルジェラたち、ナカタムの戦士、キリアンの亡骸、魔族の戦闘員。
彼は一切の例外なく、すべてを黒い炎で焼き尽くすつもりだった。
その無慈悲さは、残忍な狂人の本性を剥き出しにしていた。
黒い炎が広間を飲み込み、すべてを灰燼に変えんと迫った。
「アマレット!結界を張って!」
アベルが取り乱して叫んだが、アマレットは半泣きで答えた。
「無理!もう間に合わない!」
ナカタムの魔法戦士も魔族も、黒い炎から逃げ惑い、広間を駆け回った。
絶体絶命。
誰もが命を諦めかけたその瞬間、突如、黄金と深紅の豪火が天井に向かって昇った。
黒い炎と激突し、呆気なく相殺した。
「へぇ…お前頭悪そうに見えるけど、意外と難しい言葉知ってるんだな。感心したぜ?」
どこからともなく響く声。
その場にいた誰もが確信した。
黒い炎を打ち消し、幾度も窮地を救ってきたこの男の正体を。
カインだった。
「カインーーー!!」
アマレット、ラーミア、ジェシカ、モエーネ、クマシス、ダルマインの六人が、声を揃えて泣き叫んだ。
安堵が魂の底から溢れ出した。
「カインちゃ〜〜〜ん!会いたかったぜぇ〜〜〜!?」
ジェイドは狂気の笑みを浮かべ、カインを直視した。
「感心したついでに、今のお前にうってつけのことわざを一つ教えてやるぜ?"飛んで火に入る夏の虫"…!」
カインはジェイドを指差し、得意げに言い放った。
ジェイドは困惑の表情で反論した。
「夏じゃねえし入ってきたのはてめえの方だろぉ〜〜!?」
カインとジェイドが対峙した。
広間は、運命の炎に灼かれる新たな戦場と化した。




