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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
122/158

十字架の贖罪と呪縛の断罪


魔界城一階の広間は、血と鋼の嵐が渦巻く戦場だった。


バレンティノはメレディスク公爵の呪いに囚われ、絶望の淵に立たされていた。


ロゼ国王と天生士11人にかけられた身代わりの呪いは、彼の剣を仲間へと向けさせる残酷な罠だった。


「フフフ…参ったねえ…。」

バレンティノは、まるで他人事のような軽やかな口調で呟いた。


その瞬間、メレディスク公爵の蹴りが彼の顔面を捉えた。


バレンティノは倒れ込み、背を地に着け、天井を見上げた。



「おいおい、まさかの無抵抗か?つまらねえ奴だなあ。このままなぶり殺しにしてやってもいいんだぜ?」

メレディスク公爵は踵でバレンティノの顔を踏みつけ、嘲笑した。


「フフフ…フフフフフフ…フフ。」

バレンティノは抵抗も防御もせず、ただ笑い続けた。剣を握る右腕が、小刻みに震え始めた。


「何だよあんた…気持ち悪いな。勝ち目無さすぎて頭おかしくなっちまったのか?」

メレディスク公爵は蔑む視線を向けた。


「フフフ…勝ち目無いって?万策尽きたなんて一言も言ってないんだけどなあ。」

バレンティノの意味深な言葉に、メレディスク公爵はピクリと反応し、警戒心を露わに後退した。


バレンティノはフラフラと立ち上がり、笑いは止まったが、右手の震えは収まらなかった。


「なーにプルプル震えてんだよ。気色悪い奴だな。」メレディスク公爵が引き気味に言った。


「フフフ…ごめんねえ…武者震いがしちゃって…どうも自分じゃ制御出来ないんだよねえ。」

バレンティノの答えは、静かな闘志を滲ませていた。


メレディスク公爵は目を細め、彼を注視した。


刹那、バレンティノが左手を挙げ、口元と首を覆うスカーフに触れた。


メレディスク公爵は何か始まる予感に、さらに警戒を強めた。


バレンティノはスカーフを外した。


ナカタム王国で都市伝説と囁かれたその素顔が、初めて白日の下に晒された。


かつてモスキーノがスカーフを外そうとして殺されかけた事件、クマシスが盗撮を企てて命の危機に瀕した噂—「バレンティノの素顔を見た者は、死の刃に晒される」と恐れられた彼の禁忌が、今、破られた。


「なんだ…そのツラは?」

メレディスク公爵は呆然とした。


バレンティノの両頬には、赤褐色の太い十字架が刻まれていた。



縦線は首まで伸び、横線は耳と鼻筋の手前に広がる。


それは夜道で出会えば恐怖を誘う、異様な風貌だった。


「フフフ…本当はこんな所で見せるつもりはなかったんだけどねえ。万が一エンディたちがヴェルヴァルトに敗けた時の最後の切り札として取っておくつもりだったんだけど、仕方ないよねえ。まあ何にせよ…君の相手が俺で良かったよ。」

バレンティノは不敵に笑った。


「…どういう意味だ?」

メレディスク公爵は「君の相手が俺で良かったよ」という言葉に引っかかり、眉をひそめた。



「フフフ…プルトノア族…といえば分かるんじゃない?どこかで聞き覚えあるよねえ?」

バレンティノの言葉に、メレディスク公爵の表情が凍りついた。


「プルトノア族…だと…?まさかあんた…あいつらの末裔だってのか!?そんな馬鹿な…!」

メレディスク公爵は戦慄し、思わず二歩後退った。




500年前、神国ナカタムで闇払いを生業としたプルトノア族は、魔族を退ける魔術を操る一族だった。


ユラノスの死後、彼らは身を潜め、復讐の機を伺った。


魔族の弱点を知る彼らの魔術は、攻撃力こそ皆無だったが、魔族を遠ざける結界で冥花軍を悩ませた。


メレディスク公爵はこれを打破すべく、プルトノア族に恐るべき病魔の呪いをかけた。


不治の病は、血縁者全員を緩慢な死へと導く残酷なものだった。


肉体の機能が一年かけて停止し、苦しみの中で息絶える。

メレディスク公爵は、この呪いでプルトノア族を絶滅させたと思っていた。


「嘘だろ…500年もの間…生き残ってたってのかよ…なんで…?」

メレディスク公爵は衝撃に言葉を失った。


「フフフ…君達が社会不在の間、俺たちプルトノア族は進化の一途を辿ってたんだよ。俺の顔に刻まれた2本の十字架は、いわば生命維持装置。これのお陰で、俺は今日まで生きてこれた。まあ、現在プルトノア族は俺を含めて、もう30人も生き残ってないんだけどねえ。」

バレンティノの言葉に、メレディスク公爵は嘲笑を返した。


「生命維持装置ねえ…ってことは俺の呪いは、500年経った今も克服できてねえって事だな?」


「フフフ…その通り。俺の体も君の呪いのせいで病魔に侵されている。だから俺たちプルトノア族は、30を過ぎたらみんなポックリ死んじゃうんだよねえ。」


「はっ、そりゃ同情するぜ。なんかごめんな?」

メレディスク公爵の皮肉に、バレンティノは動じなかった。


「フフフ…俺も今年で30歳になった。余命幾許も無いと思っていたけど、ここで君と巡り会えた運命の悪戯に感謝しなきゃねえ。」


その瞬間、バレンティノの両頬の十字架が発光した。


「なんだよ…これ…?」

メレディスク公爵の全身に電流のような衝撃が走った。


「フフフ…言い忘れていたけど、この十字架は生命維持以外に、もう一つ役割があるんだよねえ。それは…呪い払いだよ。」

バレンティノは殺気を放ち、剣を振り上げた。


メレディスク公爵は反応が遅れ、脇腹を斬られ血を流した。


「うおおっ!痛え!なんで俺の身体が斬れた!?俺へのダメージは全て…お前の仲間にいくはずだぞ!?」メレディスク公爵はパニックに陥った。


「フフフ…俺たちプルトノア族の先祖達が使っていた闇払いの力は、もうとっくの昔に途絶えていたんだ。どうしてだと思う?それはね…君達魔族が封印されたから、闇払いの力はその必要性をなくし、後世へと伝承されなくなったからだよ。でも、君達が封印されても、この忌々しい呪いだけは残り続けた。夥しいほどの年月が経っても消える事なくね。だから俺たちの先祖は闇払いの力を捨てた代わりに、呪い払いの力をつける事に尽力して、それを後世へと伝承していったんだよねえ。」

バレンティノは静かに語った。


「なるほどね…病気は克服出来なくても、呪いを払う術を身につけていたってわけか…。」

メレディスク公爵は平静を装ったが、余裕のなさが滲み出ていた。


「フフフ…別にどうでも良かったんだけどねえ。30過ぎて死んじゃうのも運命だと思って受け入れてたし、先祖の無念とかどうでもいいし。でもね…呪いをかけた張本人が、時空を超えて俺の前に現れたんだ。ここで君を殺し損ねたら、末代までの恥だからねえ。」

バレンティノは剣の鋒をメレディスク公爵に向けた。


「つまらねえ心配すんなよ、お前が末代だからよ。呪いが効かねえなら、力であんたをねじ伏せてやる!」メレディスク公爵は黒い蒸気を放ち、冥花軍の闇の力を解放した。


周囲の戦士たちは恐怖に駆られ、上階へ逃げた。


「フフフ…最期に1つだけ尋ねたいんだけど、君が死んだらプルトノア族にかけられた呪いは解けるの?」バレンティノは余裕を崩さなかった。


「ああ、俺の息の根が止まれば全ての呪いは解ける。だが安心しろ、最期を迎えるのはあんただからよ!」


メレディスク公爵は両手に闇の力を集め、5メートルの黒い球体を形成した。


「死に損ないが調子こくなよ?今度こそ一族郎党根絶やしにしてやるよ!」


破壊光線を放とうとした瞬間、メレディスク公爵の心に一瞬の隙が生じた。


バレンティノはその刹那を見逃さなかった。


剣が閃き、メレディスク公爵を一刀両断。


「て…てめぇっ…!」血走った目で睨みつけながら、メレディスク公爵は倒れ、床に背がつく頃には息絶えた。


「フフフ…卑怯なことしてごめんね。呪いの因果は断ち切らせてもらったよ。」

バレンティノは剣を鞘に収め、静かに微笑んだ。


魔界城一階の死闘は、バレンティノの勝利で幕を閉じた。


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