運命の咆哮と神聖なる一撃
結界が張られてわずか数秒、魔界城の一階フロアは戦火に吞まれた。
怒号と剣戟の響き、銃撃の轟音、光魔法と闇魔法の衝突音か黒大理石の壁に木霊し、魔族とナカタムの戦士たちの激突が頂点に達していた。
闇に閉ざされた広大な空間は、まるで地獄の坩堝と化していた。
血と鋼、憎悪と決意が交錯し、運命の歯車が軋む音が響いていた。
ラーミアとアマレットは、結界を維持するため、驚異的な集中力を研ぎ澄ませていた。
彼女たちの周囲には、退魔の力が光の粒子となって漂い、まるで聖なる障壁を形作るかのようだった。
だが、その無防備な姿は、魔族の目を引きつけた。
ラーミア、アマレット、そして彼女の腕に抱かれた幼いルミノア—あまりにも脆い標的と映った。
魔族たちが襲いかかるのは必然だった。
しかし、その前に立ちはだかったのは、鉄壁の護衛だった。
バレンティノとアベル、二人の戦士が、まるで神々の門番のように屹立していた。
バレンティノが両手で剣を振り上げると、強大な魔力を帯びた剣圧は嵐の如く吹き荒れ、数十体の魔族を一瞬で薙ぎ倒した。
その一撃は、まるで巨人の怒りが具現化したかのようだった。
アベルも負けじと応戦した。
人差し指から放たれる水滴は、弾丸のように鋭く、銃弾に劣らぬ速度と威力で魔族を貫いた。
まるで無垢な子が水鉄砲で遊ぶように、彼は軽やかに、しかし冷酷に敵を屠っていった。
「アベル…ありがとう。」
アマレットの声は、戦場の喧騒を抜けて静かに響いた。
アベルは謙遜するように微笑んだ。
「まあ、ルミノアちゃんは僕にとっては可愛い姪っ子だからね。ここは1つ、兄さんに代わって僕に護らせてよ。」
その言葉には、家族の絆と、仲間への深い信頼が込められていた。
バレンティノとアベルの背後は、戦場で唯一の安全地帯とも呼べる空間だった。
そこに、太々しい笑い声が響いた。
ダルマインだ。
彼は安全地帯から魔族を嘲笑った。
「ぎゃーはっはっはっはー!バーカバーカ!かかってこいや間抜け共!!」
舌を出し、中指を立て、下品に哄笑しながら魔族を挑発した。
「なんだとこの豚野郎…!」
「調子乗んなよクソデブが!」
気性の荒い魔族が我を忘れて襲いかかるも、バレンティノとアベルの前では無力だった。
次々と散っていく魔族に、ダルマインはさらに嘲りを浴びせた。
「ぎゃーはっはっはっ!魔族ってのはてめえの感情一つコントロールすることもままならねえのかぁ!?怒りに身を任せて自滅たあ、愚の骨頂だぜ!」
だが、ダルマインの心には、秘めた想いがあった。
臆病で姑息な彼を、この死地に駆り立てた理由。
それは、勝敗の行方に関わらず、あるものを「見届ける」ことだった。
その「何か」は、彼の胸の奥深くにしまい込まれ、後に彼自身の口から明かされることになる。
戦場での軽薄な態度は、その想いを隠す仮面なのかもしれなかった。
一方、アズバールは上階へ続く果てしない階段を見据えていた。
足元から太い木の幹が勢いよく伸び、縦横無尽に城内を駆け巡り、魔族を串刺しにした。
「ククク…冥花軍の兵隊共はまだまだいる筈だ。隠れてねえで出てこい!俺が全員殺してやる!!」
その血気盛んな声は、この戦場において最も野蛮で、闘志と殺意を響かせた。
結界に囚われたルキフェル閣下、ジェイド、メレディスク公爵以外の冥花軍—残る四体が潜伏していると確信し、アズバールは単独で上階を目指した。
強敵との遭遇を渇望する彼の目は、獣のように輝いていた。
だが、マルジェラはすでに二階フロアに到達していた。
そこにも無数の魔族が蠢いていた。
巨大な白い鳥の姿で飛び回り、両翼から放たれる羽根は短刀のように鋭利だった。
羽根は無尽蔵に生え変わり、弾丸の雨のように降り注ぎ、魔族を次々と屠った。
「全く…キリがないな。」
マルジェラの声には、苛立ちと疲弊が滲んでいた。
だが、その瞳には、仲間への信頼と、戦いを終わらせる決意が宿っていた。
「俺たちもアズバールとマルジェラに続くぞ!!気引き締めていけよ!!」
「泣いても笑っても、残り1時間で結界の効力は切れる!少しでもエンディ達の負担を減らす為にも、1体でも多く魔族達を倒せー!!」
エスタとサイゾーの気合の籠った号令に、魔法戦士たちが「おおーー!!」と雄叫びを上げ、上階へ突き進んだ。
「あ、待って俺も行く。置いてかないで。」
ラベスタがしれっと加わり、剣を振るって進んだ。
「私はこの階に残って戦うわ。貴女はどうするの?」
「決まってるでしょ!私も残るわ!」
ジェシカとモエーネは、一階フロアに留まることを選んだ。
両手に短刀を握るジェシカ、鞭を振るうモエーネ。
彼女たちの決意は、ラーミアとアマレットを近くで支えたいという想いから生まれていた。
結界を維持する二人のために、彼女たちは命を賭けて戦った。
場面は最上階、屋根なき玉座の間へと移る。
黒一色の空が、まるで無限の深淵のように広がっていた。
5ヘクタールの広大な空間には、巨大な玉座以外何も存在しない。
ヴェルヴァルト冥府卿にとって、この闇に覆われた空こそが玉座の間の屋根だった。
漆黒の空の下、30メートルを超える巨体を玉座に沈め、彼は悠然と追憶に耽っていた。
500年前、神国ナカタムを陥落させ、ユラノスを屠った日。
血に塗れたユラノスの最後の言葉が、耳に蘇る。
「俺が死んでも…俺の力は消えねえぞ…。俺の力を受け継いだ戦士達が…必ずお前を倒しにやって来る…!」
ユラノスは最後の力を振り絞り、自身の力を十人の天生士に分散させた。
「ふははははっ!下らぬ戯言だ!吹いたら飛ぶ様な貴様の部下など恐るるに足らん!余が1人残らず殺してくれるわ!」
ヴェルヴァルト冥府卿は哄笑し、瀕死のユラノスを見下ろした。
「例えあいつらが死んでも…あいつらの力も…遺志も…途絶えることなく脈々と未来へと継承されていく…!遠い未来になるかもしれねえが…いつか必ず…!俺の…俺たちの…人類の無念を晴らすべく…勇敢な戦士共が…お前を討ち倒しに現れる…!せいぜいその時まで…震えて眠れよ…ヴェルヴァルト…!」
ユラノスの死に様は、無惨でありながら勇壮だった。
その言葉は、500年の時を超え、今、ヴェルヴァルト冥府卿の眼前で現実となる。
エンディ、カイン、イヴァンカ、モスキーノ、エラルド、ノヴァ、ロゼ—七人の戦士が、泰然自若と立ちはだかった。
彼らの姿は、まるで神話の英雄が刻まれた石碑のように揺るぎなかった。
「ついに来たか。随分と待ち侘びたぞ。」
ヴェルヴァルト冥府卿は悍ましい笑みを浮かべ、玉座から見下ろした。
その声は、深淵から響く雷鳴のようだった。
「ナメやがって…。おい、退がってろお前ら。こいつは俺が焼き払ってやるよ。」
カインは憤りを露わにし、炎の力を掌に集めた。
「いやいや…こいつを殺るのは俺だよ!おい!お前がヴェルヴァルトだな!?骨の髄まで凍らせてやるから覚悟しろー!」
モスキーノは軽快に、しかし殺意を込めて挑発した。
「ふっふっふっ…また会えて嬉しいよ、御大。魔界城と言ったか?この様な立派な城は君には相応しくない。だから私に明け渡してもらうよ。そして…玉座には君の生首でも添えておくとするか。」
イヴァンカの声は、冷酷な刃のように鋭かった。
エンディは静かに玉座へ歩み始めた。
「おいエンディ!不用意に近づくな!」
ロゼの警告も耳に入らず、彼の足は止まらなかった。
カインはヴェルヴァルト冥府卿の僅かな動きも見逃さず、警戒を解かなかった。
「エンディ…貴様ここに何をしに来た?」
ヴェルヴァルト冥府卿の声が、重く響いた。
エンディは立ち止まり、目を閉じた。
500年前、ユラノスと天生士の死。
王都の民の犠牲。
そして今なお、魔族に蹂躙される世界の人々。
彼らの無念と悲しみが、エンディの心に重く響いた。
黙祷を捧げ、瞼を開いた瞬間、彼は右手を水平に振り上げた。
亡魂の想いを一身に受け、拳に風の力を纏わせた。
それは、ただの風ではなかった。
黄金色に輝く、神聖な光を放つ風だった。
五日前、ユラノスから授けられた新たな力—天生士の遺志が結晶化した力だった。
「なんだ…あの風は!?」
カインは驚嘆し、黄金の輝きに目を奪われた。
ロゼ、エラルド、ノヴァも息を呑んだ。
モスキーノとイヴァンカは興味深く見つめた。
だが、ヴェルヴァルト冥府卿は微動だにせず、余裕の笑みを崩さなかった。
刹那、エンディは跳んだ。
信じがたい速度でヴェルヴァルト冥府卿に迫り、「うおおおおおおっ!!」と雄叫びを上げ、黄金の風を纏った拳を炸裂させた。
顔面を直撃されたヴェルヴァルト冥府卿は、脳が揺れ、意識が一瞬遠のいた。
凄まじい破壊音と共に、巨大な玉座が木っ端微塵に砕け、30メートルを超える巨体が50メートル先へ吹き飛び、地面にめり込んだ。
カインたちは、エンディの未曾有の力に度肝を抜かれた。
ヴェルヴァルト冥府卿は仰向けに倒れ、黒い空を見上げた。
その顔に、初めて動揺の影が差した。
エンディは毅然と立ち、宣言した。
「俺の名前はウルメイト・エンディ。時空を超えてお前を倒しに来た男だ!」
その言葉は、500年の遺志を繋ぐ誓いだった。
戦場は静寂に包まれ、次の瞬間、運命の最終決戦が始まる予感に震えた。




