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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
116/158

運命の咆哮と神聖なる一撃


結界が張られてわずか数秒、魔界城の一階フロアは戦火に吞まれた。


怒号と剣戟の響き、銃撃の轟音、光魔法と闇魔法の衝突音か黒大理石の壁に木霊し、魔族とナカタムの戦士たちの激突が頂点に達していた。


闇に閉ざされた広大な空間は、まるで地獄の坩堝と化していた。

血と鋼、憎悪と決意が交錯し、運命の歯車が軋む音が響いていた。


ラーミアとアマレットは、結界を維持するため、驚異的な集中力を研ぎ澄ませていた。


彼女たちの周囲には、退魔の力が光の粒子となって漂い、まるで聖なる障壁を形作るかのようだった。


だが、その無防備な姿は、魔族の目を引きつけた。


ラーミア、アマレット、そして彼女の腕に抱かれた幼いルミノア—あまりにも脆い標的と映った。

魔族たちが襲いかかるのは必然だった。


しかし、その前に立ちはだかったのは、鉄壁の護衛だった。


バレンティノとアベル、二人の戦士が、まるで神々の門番のように屹立していた。


バレンティノが両手で剣を振り上げると、強大な魔力を帯びた剣圧は嵐の如く吹き荒れ、数十体の魔族を一瞬で薙ぎ倒した。


その一撃は、まるで巨人の怒りが具現化したかのようだった。


アベルも負けじと応戦した。

人差し指から放たれる水滴は、弾丸のように鋭く、銃弾に劣らぬ速度と威力で魔族を貫いた。


まるで無垢な子が水鉄砲で遊ぶように、彼は軽やかに、しかし冷酷に敵を屠っていった。


「アベル…ありがとう。」

アマレットの声は、戦場の喧騒を抜けて静かに響いた。


アベルは謙遜するように微笑んだ。


「まあ、ルミノアちゃんは僕にとっては可愛い姪っ子だからね。ここは1つ、兄さんに代わって僕に護らせてよ。」

その言葉には、家族の絆と、仲間への深い信頼が込められていた。


バレンティノとアベルの背後は、戦場で唯一の安全地帯とも呼べる空間だった。


そこに、太々しい笑い声が響いた。


ダルマインだ。

彼は安全地帯から魔族を嘲笑った。


「ぎゃーはっはっはっはー!バーカバーカ!かかってこいや間抜け共!!」

舌を出し、中指を立て、下品に哄笑しながら魔族を挑発した。


「なんだとこの豚野郎…!」


「調子乗んなよクソデブが!」

気性の荒い魔族が我を忘れて襲いかかるも、バレンティノとアベルの前では無力だった。


次々と散っていく魔族に、ダルマインはさらに嘲りを浴びせた。


「ぎゃーはっはっはっ!魔族ってのはてめえの感情一つコントロールすることもままならねえのかぁ!?怒りに身を任せて自滅たあ、愚の骨頂だぜ!」


だが、ダルマインの心には、秘めた想いがあった。


臆病で姑息な彼を、この死地に駆り立てた理由。

それは、勝敗の行方に関わらず、あるものを「見届ける」ことだった。


その「何か」は、彼の胸の奥深くにしまい込まれ、後に彼自身の口から明かされることになる。


戦場での軽薄な態度は、その想いを隠す仮面なのかもしれなかった。


一方、アズバールは上階へ続く果てしない階段を見据えていた。


足元から太い木の幹が勢いよく伸び、縦横無尽に城内を駆け巡り、魔族を串刺しにした。


「ククク…冥花軍(ノワールアルメ)の兵隊共はまだまだいる筈だ。隠れてねえで出てこい!俺が全員殺してやる!!」

その血気盛んな声は、この戦場において最も野蛮で、闘志と殺意を響かせた。


結界に囚われたルキフェル閣下、ジェイド、メレディスク公爵以外の冥花軍—残る四体が潜伏していると確信し、アズバールは単独で上階を目指した。


強敵との遭遇を渇望する彼の目は、獣のように輝いていた。


だが、マルジェラはすでに二階フロアに到達していた。


そこにも無数の魔族が蠢いていた。


巨大な白い鳥の姿で飛び回り、両翼から放たれる羽根は短刀のように鋭利だった。


羽根は無尽蔵に生え変わり、弾丸の雨のように降り注ぎ、魔族を次々と屠った。


「全く…キリがないな。」

マルジェラの声には、苛立ちと疲弊が滲んでいた。


だが、その瞳には、仲間への信頼と、戦いを終わらせる決意が宿っていた。


「俺たちもアズバールとマルジェラに続くぞ!!気引き締めていけよ!!」


「泣いても笑っても、残り1時間で結界の効力は切れる!少しでもエンディ達の負担を減らす為にも、1体でも多く魔族達を倒せー!!」


エスタとサイゾーの気合の籠った号令に、魔法戦士たちが「おおーー!!」と雄叫びを上げ、上階へ突き進んだ。


「あ、待って俺も行く。置いてかないで。」

ラベスタがしれっと加わり、剣を振るって進んだ。


「私はこの階に残って戦うわ。貴女はどうするの?」

「決まってるでしょ!私も残るわ!」


ジェシカとモエーネは、一階フロアに留まることを選んだ。


両手に短刀を握るジェシカ、鞭を振るうモエーネ。


彼女たちの決意は、ラーミアとアマレットを近くで支えたいという想いから生まれていた。


結界を維持する二人のために、彼女たちは命を賭けて戦った。



場面は最上階、屋根なき玉座の間へと移る。


黒一色の空が、まるで無限の深淵のように広がっていた。


5ヘクタールの広大な空間には、巨大な玉座以外何も存在しない。


ヴェルヴァルト冥府卿にとって、この闇に覆われた空こそが玉座の間の屋根だった。


漆黒の空の下、30メートルを超える巨体を玉座に沈め、彼は悠然と追憶に耽っていた。


500年前、神国ナカタムを陥落させ、ユラノスを屠った日。


血に塗れたユラノスの最後の言葉が、耳に蘇る。


「俺が死んでも…俺の力は消えねえぞ…。俺の力を受け継いだ戦士達が…必ずお前を倒しにやって来る…!」

ユラノスは最後の力を振り絞り、自身の力を十人の天生士に分散させた。


「ふははははっ!下らぬ戯言だ!吹いたら飛ぶ様な貴様の部下など恐るるに足らん!余が1人残らず殺してくれるわ!」

ヴェルヴァルト冥府卿は哄笑し、瀕死のユラノスを見下ろした。


「例えあいつらが死んでも…あいつらの力も…遺志も…途絶えることなく脈々と未来へと継承されていく…!遠い未来になるかもしれねえが…いつか必ず…!俺の…俺たちの…人類の無念を晴らすべく…勇敢な戦士共が…お前を討ち倒しに現れる…!せいぜいその時まで…震えて眠れよ…ヴェルヴァルト…!」


ユラノスの死に様は、無惨でありながら勇壮だった。


その言葉は、500年の時を超え、今、ヴェルヴァルト冥府卿の眼前で現実となる。


エンディ、カイン、イヴァンカ、モスキーノ、エラルド、ノヴァ、ロゼ—七人の戦士が、泰然自若と立ちはだかった。


彼らの姿は、まるで神話の英雄が刻まれた石碑のように揺るぎなかった。


「ついに来たか。随分と待ち侘びたぞ。」

ヴェルヴァルト冥府卿は悍ましい笑みを浮かべ、玉座から見下ろした。


その声は、深淵から響く雷鳴のようだった。


「ナメやがって…。おい、退がってろお前ら。こいつは俺が焼き払ってやるよ。」

カインは憤りを露わにし、炎の力を掌に集めた。


「いやいや…こいつを殺るのは俺だよ!おい!お前がヴェルヴァルトだな!?骨の髄まで凍らせてやるから覚悟しろー!」

モスキーノは軽快に、しかし殺意を込めて挑発した。


「ふっふっふっ…また会えて嬉しいよ、御大。魔界城と言ったか?この様な立派な城は君には相応しくない。だから私に明け渡してもらうよ。そして…玉座には君の生首でも添えておくとするか。」

イヴァンカの声は、冷酷な刃のように鋭かった。


エンディは静かに玉座へ歩み始めた。


「おいエンディ!不用意に近づくな!」

ロゼの警告も耳に入らず、彼の足は止まらなかった。



カインはヴェルヴァルト冥府卿の僅かな動きも見逃さず、警戒を解かなかった。


「エンディ…貴様ここに何をしに来た?」

ヴェルヴァルト冥府卿の声が、重く響いた。


エンディは立ち止まり、目を閉じた。


500年前、ユラノスと天生士の死。


王都の民の犠牲。


そして今なお、魔族に蹂躙される世界の人々。


彼らの無念と悲しみが、エンディの心に重く響いた。


黙祷を捧げ、瞼を開いた瞬間、彼は右手を水平に振り上げた。


亡魂の想いを一身に受け、拳に風の力を纏わせた。


それは、ただの風ではなかった。

黄金色に輝く、神聖な光を放つ風だった。


五日前、ユラノスから授けられた新たな力—天生士の遺志が結晶化した力だった。


「なんだ…あの風は!?」

カインは驚嘆し、黄金の輝きに目を奪われた。


ロゼ、エラルド、ノヴァも息を呑んだ。


モスキーノとイヴァンカは興味深く見つめた。


だが、ヴェルヴァルト冥府卿は微動だにせず、余裕の笑みを崩さなかった。


刹那、エンディは跳んだ。

信じがたい速度でヴェルヴァルト冥府卿に迫り、「うおおおおおおっ!!」と雄叫びを上げ、黄金の風を纏った拳を炸裂させた。



顔面を直撃されたヴェルヴァルト冥府卿は、脳が揺れ、意識が一瞬遠のいた。

凄まじい破壊音と共に、巨大な玉座が木っ端微塵に砕け、30メートルを超える巨体が50メートル先へ吹き飛び、地面にめり込んだ。


カインたちは、エンディの未曾有の力に度肝を抜かれた。


ヴェルヴァルト冥府卿は仰向けに倒れ、黒い空を見上げた。


その顔に、初めて動揺の影が差した。


エンディは毅然と立ち、宣言した。


「俺の名前はウルメイト・エンディ。時空を超えてお前を倒しに来た男だ!」


その言葉は、500年の遺志を繋ぐ誓いだった。

戦場は静寂に包まれ、次の瞬間、運命の最終決戦が始まる予感に震えた。


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