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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
112/158

時の狭間の約束と星屑の誓い

風は断崖の縁を切り裂くように唸り、海の塩気と遠い時代の悲歌を運んでいた。


まるで世界そのものが、迫りくる闇に抗うように息づいているかのようだった。


薄闇に沈む空の下、エンディは不屈の意志を胸に立ち尽くしていた。


その姿は、まるで古の英雄が刻まれた石碑のように揺るがず、遠く地平の彼方を見つめていた。


瞳には、信念の炎が宿り、魔族の悪意がこの世界の根を侵すのを拒むように燃え盛っていた。


傍らで、ユラノスは静かに彼を見ていた。


風と時が刻んだその顔には、驚嘆と深い敬意が浮かび、まるで今、伝説の第一歩が生まれる瞬間を目撃しているかのようだった。


エンディの声が、静寂を切り裂いた。


鋼のように堅く、しかし熱い魂が迸る響きだった。


「世界を護るなんて大それた大義を掲げるつもりはない。でも、今こうしている間にも魔族によって苦しめられてる人たちがたくさんいる。大事な仲間達が脅威にさらされている。それを見過ごす理由はないだろ?俺は人より強く産まれてきた…だったら俺はその強さを、こういう時にこそ役立てるべきだと思う。ていうかそれが、俺の…俺達の義務だろ?だから俺は…苦しんでる人達を護るために戦うんだよ!護る意味とか価値とか、そんな話じゃねえ。大事な人達を護る為に命を賭けて戦う…理由なんて、それで充分だろ?」


言葉は一気に吐き出され、まるで抑えきれぬ嵐が解き放たれたかのようだった。


ユラノスは、ただ立ち尽くすエンディを、感慨深く見つめた。


「エンディ…お前…。」その声には、驚嘆と親愛が込められていた。


エンディの背には、守るべき人々、戦うべき宿命、そしてまだ見ぬ未来への誓いが積み重なっているように見えた。


だが、エンディ自身はその重さを微塵も感じさせず、まるで全てを自らの光で照らし出すと決めたかのように、胸を張っていた。


ユラノスの目には、エンディの背後に、共にその重荷を担う仲間たちの幻影が揺らめいていた。


無数の絆が織りなす、揺るぎない力の連なり。


エンディ自身がそれに気づいているのか、いないのか。


ユラノスにとって、エンディは勇敢さだけでなく、正義と希望に溢れる、稀有な少年だった。


この若者は、まるで星々の導きを受けてこの時代に降り立ったかのようだった。


エンディは再び口を開いた。


声には、未来への憧憬と不屈の決意が宿っていた。


「俺は、自分が産まれてきたこの時代が大好きなんだ。自分を育んでくれたこの世界も大好きだ。未来がどうなるかなんて誰にも分からない…だから俺は、今この瞬間を悔いの無い様に精一杯生きてやる。かけがえのない仲間達と…毎日馬鹿みたいに腹の底から思いっきり笑っていたいんだ。そしていつか…家族が欲しい。この広い世界で、大好きな人と巡り逢って結ばれる幸せを噛み締めて、自分の血を受け継ぐ子宝を力一杯抱きしめてみたいんだ。未だ見ぬ子供に恥じない様な、立派な大人になってやる!それが密かな夢でもあるんだ。」


その言葉には、恥じらいなどなく、魂の奥底から響く叫びがあった。


エンディの声は、広大な野を駆ける風のように自由で、しかしどこか神聖な響きを帯びていた。


ユラノスは、思わず微笑んだ。


その笑みには、深い喜びと、ほのかな羨望が混じっていた。


「プッ…くっせえセリフだな。」


エンディは頬を赤らめ、むっとした。

「なんだとーっ!?」


だが、ユラノスの目は温かかった。


まるで、遠い昔に置き忘れた夢を、エンディの中に再び見つけたかのようだった。


「エンディ…やっぱり、お前を見込んだ俺の目は節穴じゃなかったぜ。お前…良い奴だな…幸せ者だな…良いな、仲間って…。俺、お前と同じ時代を生きてみたかったぜ?おっといけねえ…こういう欲が、ヴェルヴァルト冥府卿を生み出した要因だったのかもな…。なあエンディ、もしかしたら俺が不老不死になりたかったのは…お前みてえに馬鹿がつくほど真っ直ぐでお人好しで、超がつくほどカッコいい男との出会いを待っていたからなのかもしれねえな…。」


ユラノスの声は震え、感極まった涙がこぼれそうになるのを必死で堪えていた。


その瞬間、彼の全身が突如、淡い光に包まれた。



まるで魂そのものが、星屑となって夜空に還ろうとしているかのようだった。


「おっと、時間切れみてえだな。残念だぜ…お前とは酒でも飲みながらよ、もっと色々と語り尽くしたかったんだけどな…。」


ユラノスの身体は、砂のように緩やかに崩れ始め、色を失い、消えゆく寸前だった。エンディは突然の出来事に目を丸くし、慌てふためいた。


「え!?ユラノスさん、どうしたの!?」


ユラノスは静かに答えた。


「ここでお別れだ。永劫の別れになるな。」


その言葉に、エンディの胸は締め付けられ、涙が溢れそうになった。


だが、ユラノスはまるで子を諭すような、優しい表情を浮かべた。


「泣くなよ、出会いがあれば別れもある。新しい花を芽吹かせる為には、古きは土に還らなきゃいけねえんだ。それが世の常さ。」


エンディは叫んだ。


「でも…せっかく会えたのに…。ユラノスさんも、俺たちと一緒に戦おうよ!」


ユラノスは苦笑し、穏やかに答えた。



「だーかーらー、俺は500年前にもう死んでるの!そんなことは不可能なんだよ。今俺とお前がこうして会話をしていることだって、奇跡に近いぜ?まあでも…お前とラーミアが時空を超えて再び出会えた奇跡に比べりゃ、大したことはねえけどな。」


その最後の言葉に、エンディの心は強く揺さぶられた。



ラーミアと初めて出会った日の記憶が、鮮やかに蘇った。あの時、彼女と目が合った瞬間、全身を雷が貫くような衝撃が走り、涙が止まらなかった。あの感覚の理由を、エンディはずっと探し求めていた。記憶を失う前に会ったことがあるのかとも考えたが、記憶を取り戻した今も、ラーミアとの過去の接点は一切見つからなかった。


エンディは居ても立ってもいられず、声を荒げた。「なあユラノスさん!それは一体どういう意味だ?」


ユラノスは静かに、しかし力強く答えた。


「そのままの意味だ。俺の死から今日までの500年間、天生士(オンジュソルダ)は輪廻転生を繰り返し、俺の力は脈々と受け継がれてきた。でもな…その殆どは自分の力に目覚める事なく生涯を終えていたんだ。稀に目覚めた奴もいたが、大衆から異能者だ何だのと蔑まれて、迫害を恐れて力をひた隠しにする奴ばかりだった。中には戦時中に権力者から金で子飼いにされる戦闘人形みたいなのも居たしな。お前らの世代を除いたら、天生士の生まれ変わり同士が繋がった事例は一つもねえよ。」


その言葉に、エンディは息を呑んだ。


過去に天生士が戦争の道具として使われたという事実は、彼の心に重くのしかかった。


だが、ユラノスは話を続けた。


「でもな、2年前にお前とラーミアが再会した事で、運命の歯車はようやく廻天し始めたんだ。お前らは歪み合い、敵対し合ってはいたが…魔族を前にした今、曲がりなりにも一つの集団として成り立ちつつある。エンディ、お前がみんなを引き寄せたんだぜ?」


エンディは呆然と聞き入っていた。


ユラノスは、どこか誇らしげに微笑み、エンディの頭にそっと手を置いた。


その瞬間、エンディは身体の奥底から力が湧き上がるのを感じた。


まるで、封じられていた魂の欠片が解き放たれたかのようだった。


「なんだ…これ??」


ユラノスは穏やかに答えた。


「エンディ、お前は強い。自信を持て。あとよ、今更だけど…お前の生きる時代に、とんでもねえ怪物を残しちまって本当にごめんな。」


その言葉には、ヴェルヴァルト冥府卿を生み出してしまった深い悔恨が込められていた。


エンディは柔らかな笑みを浮かべ、優しく言った。

「謝らないでよ。」


ユラノスは、その一言に救われた気がした。


エンディの心が、彼の罪をほんの少しだけ軽くしてくれた。


だが、ユラノスの身体はすでに霞のように薄れ、ほとんど見えなくなっていた。


「全ての元凶である俺がこんなこと言うのは烏滸がましい事は重々承知している…恥の上塗りを許してくれ…エンディ、ヴェルヴァルトを倒してくれ…!闇に覆われた世界を救ってくれ…!」


エンディは真っ直ぐな瞳でユラノスを見つめ、静かに頷いた。


言葉はなくとも、その眼差しには全てが込められていた。


ユラノスは最後に、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「エンディ、幸せになれよ。」


それが最期の言葉だった。

ユラノスの姿は、エンディの前から完全に消え去った。


突然、エンディの視界は闇に閉ざされ、意識が遠のいていった。


まるで満天の星空を漂うような、果てしない静寂に身を委ねる感覚だった。

心地よい刹那の浮遊感に、エンディはしばらく身を任せていた。


やがて、ゆっくりと目を開けると、そこは白く殺風景な病室だった。

「うおっ!?」


エンディは勢いよく上体を起こし、辺りを見回した。


粗末なベッドの上に横たわっていた。


見覚えのある空間。

二年前、ラーミアを救ったあの丘の上の小さな病院だ。


ユラノスとの一連の出来事は、果たして夢だったのか。エンディは自問自答した。


その時、病室の扉がガチャリと開き、小太りの男が入ってきた。

「よう、やっと起きたか?」


聞き覚えのある声、見たことのある顔。


あの時のドクターだった。


「ドクター!久しぶりだね!俺のこと覚えてる!?」


「ああ、勿論覚えてるさ。あの時、お前は一緒に居た女の子とダルマインに連行されたって聞いたが…元気そうだな。何よりだ。」


ドクターの声には安堵が滲んでいたが、その顔には疲れが色濃く刻まれていた。


エンディは気づいた。


「ドクター…元気ないね。どうしたの?」


ドクターは呆れたように笑った。


「馬鹿野郎お前、世界がこんな状況だってのに元気有り余ってる馬鹿がどこにいるんだよ。」


「こんな状況って…どういうこと??何かあったの!?」


「空を見てみろよ…ドス黒いもんに覆われて…この5日間ずーっと真っ暗だ!」


「5日間…?え、まさか!?」


「お前、5日間ずーっと眠りっぱなしだったぜ?」


「えー!?俺…そんなに寝てたのか!?」


エンディは驚愕した。


浜辺でユラノスと出会い、意識を失ったのはほんの一瞬のはずだった。体感ではわずか一時間。

まさか五日間も眠っていたとは、想像もしていなかった。


その時、病室の扉が勢いよく開き、二人の少年が飛び込んできた。


「おー!お兄ちゃん起きたの!」


「よかったあ!!」


二人はエンディに駆け寄り、はしゃぎながら抱きついた。


ドクターが笑った。

「エンディ、このガキどもに感謝しろよ?浜辺でグッタリしてたお前を、この小せえ体でここまで運んできてくれたんだぜ?」


エンディは目を潤ませ、少年たちに言った。


「お前らが…俺を助けてくれたのか?ありがとなあ…!」


少年たちの頭をわしゃわしゃと撫でると、彼らはきゃっきゃっと笑い、喜んだ。


この五日間、この病院は少年たちの遊び場となっていたようだった。


エンディはふと思った。


「ラーミアを助けた浜辺で…今度は俺が倒れていて…同じ病院に運び込まれた…。これもまた、因果応報かな。」


少年たちの無垢な笑顔を見つめながら、エンディの胸には複雑な思いが去来した。


この純粋な子たちが、三十年後、テロ組織の首領になるなど、信じられなかった。

あの未来を垣間見たからこそ、彼らの無垢な姿を見るのは、どこか切なかった。


ドクターの声が響いた。


「エンディ…今世界中が大パニックだ。吸血鬼だか魔族だかしらねえが…恐ろしい奴らが世界中に現れては殺戮の限りを尽くしているらしい…。幸いにもこの場所にはまだそれらしき連中は現れてねえが…王都ディルゼンは滅びたんだろ…?一体どうなっちまうんだよ……。ていうかお前よ、こんな時によくも入院なんかしてくれやがったな!!」


エンディの顔は一瞬曇った。


五日間の昏睡の間に、王都バレラルクが滅び、魔族が世界を蹂躙し始めた。


この残酷な現実は、すぐには飲み込めなかった。


「そんな事になっていたのか…。」


だが、エンディはすぐに顔を上げ、鋭い眼差しを取り戻した。


「ドクター、ちびっ子達、ありがとう。俺…行かなきゃ。」


少年たちが寂しそうにエンディの服を掴んだ。


「えー、もういっちゃうの?」


「お兄ちゃんが目を覚ましたら一緒に遊ぼうと思ったのにい〜。」


エンディは足を止め、しゃがんで少年たちと目線を合わせた。


「お前ら…この国は好きか?」


「うんっ!」少年たちは迷わず答えた。


エンディは慈愛に満ちた眼差しを向けた。


「お兄ちゃんはな、これから悪い奴らをやっつけにいかなくちゃならないんだ。だから約束する…悪い奴らやっつけたらさ、天気のいい日に一緒に遊ぼうぜ?その優しさ…いつまでも忘れるなよ?あと…何があっても絶対に自分を見失うなよ?お前ら絶対に負けんなよ!!」


その言葉に、少年たちもドクターも呆然とした。


エンディの真意は、まるで風に舞う種のように、誰もが掴みきれなかった。


「よし、じゃあ行ってくるわ!」


エンディは病室を飛び出し、医院の庭へ出た。


そこからは海が一望できた。


かつての穏やかな景色は、闇に覆われた空によって色褪せていた。


それでも、エンディは懐かしさに浸った。


ここは二年前、ラーミアと初めて言葉を交わした場所。

エンディにとって、かけがえのない場所だった。


ふと、ラーミアが海を眺めていた場所に目をやると、彼女の黒髪が風に揺れる姿が脳裏に浮かんだ。


目を凝らすと、そこに一つの人影が見えた。


誰だ? 不審に思い、エンディは近づいた。


「よう、エンディ。探したぜ?やっぱりここにいたのか。」


人影はカインだった。


「ええ!?カイン!?何でここにいるんだ!?」


エンディの驚きに、カインは笑った。


「お前がヴェルヴァルトに飛ばされた後、俺もあの野郎に飛ばされちまったんだよ。それもえれえ遠くへな?この五日間、王都目指して彷徨ってたんだけどよ、一向に辿り着けなくてこの町に来たんだ…そしたら、なんかこの辺りからお前の力の脈動を感じとって、まさかと思って来てみたら…案の定お前がいたんだ。」


エンディもまた、カインとの再会に心から喜んだ。


「全く、随分と遠回りしちまったもんだぜ。」


「いいじゃん、たまには遠回りしたって。また同じ場所に帰って来れるんだから。」


二人はしばし無言で互いを見つめ合った。やがて、カインが勇敢な顔で口を開いた。


「行こうぜ、相棒。」


「ああ。」


言葉は短く、しかし二人の絆は深かった。


エンディとカインは、魔族の根城と化した王都の廃墟を目指し、その場を後にした。


親友っていいね

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