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輪廻の風  作者: 夢氷 城
最終章
110/158

禁断の果実


当時のユラノスの心は、かつてない欲望に支配されていた。


聖なる光り

傷を癒し、肉体を再生する力。



それは、彼に不老不死の夢を囁いた。


老いなき身体、永遠の命。


人類が滅び、文明が崩れ、地球そのものが消えても生き続ける存在。


宇宙の果てを見届け、新たな惑星を創り、己の理想を刻む。そんな妄執が、ユラノスの魂を焦がした。


かつて彼は、富と権力に溺れる民を軽蔑した。


だが今、鏡に映るのは、彼自身が最も忌み嫌った強欲な姿だった。神と呼ばれた男は、気づかぬうちに人間の業に呑まれていた。


「思い立ったが吉日。俺はすぐに護衛の神官共の目を掻い潜って人気のない場所に身を隠した。」


海辺の砂に座るエンディは、ユラノスの言葉を息を呑んで聞いていた。


波の音が、遠い過去の罪を運んでくるようだった。

ユラノスは岩に腰掛け、淡々と、しかし悔恨の影を瞳に宿して語った。


その日の昼、ユラノスは風を操り、空へ飛び立った。


神国ナタカムの民は、突然の彼の行動に騒然とした。


神官たちは冷や汗を滲ませ、ざわめきが国中に広がった。


上空には、夏の青空に映える入道雲がもくもくと浮かんでいた。誰もがその美しさに目を奪われる中、ユラノスは雲を越え、視界から消えた。


当時の魔法族は、まだ空を飛べなかった。

また、そんな文明もなかった。

よって、雲の上へと消えたユラノスを追う術がなかったのだ。


神官たちの焦燥も届かず、ユラノスは自由だった。


彼は雲の上で、禁断の儀式を始めた。

不老不死への術式。

熟考の末ではなく、欲望に突き動かされた即興の試みだった。


ユラノスは右手を胸に当て、肉を裂いた。


鮮血が溢れ、痛みが走る。


だが、彼の心は高揚に支配されていた。

血は命そのもの。不老不死の鍵は、ここにある。


彼は全身の血液を吸い上げ、右手に集めた。


膨大な血を掌の上で凝縮し、聖なる光で包み込む。


赤く輝く禁断の果実が生まれた。


「やった…やったぞ…ついに…!」


血を失い、意識が薄れる中でも、ユラノスは狂喜した。悍ましい笑みを浮かべ、彼は果実を貪った。


聖なる光に進化した血が身体に還り、生気が蘇る。


「よし…よし…よし!これで俺は…不老不死だ!!」


感極まり、ユラノスは叫んだ。

だが、身体に変化はない。不安が胸をよぎる。


「何だ…どうなってるんだ…?」


異変はすぐ現れた。肉体が衰弱し、力が抜ける。

不老不死は叶わず、逆に命が尽きようとしていた。


「あの時俺は確信したんだ。不老不死の術は、自分の命と引き換えに発動させる禁忌の術…そしてそれは自分自身に施すものじゃなくて、他者に施すものだったんだ。だがそれに気が付いた時には、もう手遅れだった…。俺は命の終わりを確信したよ。」


ユラノスの声は、深い悲しみに沈んだ。

エンディは彼の瞳を見つめ、言葉を失った。


瞼を閉じれば死が訪れる。

瞬き一つで、永遠に眠る。

ユラノスはそれを肌で感じていた。


「こんな所で…死んでたまるかよ…!」


生への執着が、彼を突き動かした。


狂信的なまでの意志が、身体を支える。

その時、口から黒い蒸気が漏れた。

わずかに吐き出すだけで、身体の不調が和らぐ。

不思議な感覚だった。


「全部出せば…楽になれる…。」


直感に従い、ユラノスは黒い蒸気を吐き出した。


嗚咽と共に、口から小さな物体が現れる。


彼は両手でそれを覆い、吐き出した。

身体は驚くほど軽くなり、快調だった。


だが、両手に抱えたものを見て、ユラノスは凍りついた。


それは、赤紫の皮膚にヤギのような角、羽根なき翼を持つ生物だった。

瞼は閉じ、眠っているのか死んでいるのか判別出来ない。


邪悪で禍々しい存在感が、ユラノスの魂を震わせた。


「何だよ…これ…?」


「それってまさか…?」エンディが呟く。


「ああ…それがヴェルヴァルトだったんだ。あいつは…俺の煩悩が具現化した存在…俺の化身なんだ。」


エンディは息を呑んだ。

ユラノスの告白は、世界の真実を暴く雷鳴だった。





ユラノスは本能で悟った。

この生物は危険だ。現世に置いておけない。

彼はそっと、その奇妙な生物を冥界へ捨てた。


冥界。


それは、ユラノスが創った異空間。

生前に大罪を犯した怨霊や、死後も人間を脅かす悪霊が封じられた掃き溜めだ。


ナタカム建国後、ユラノスは霊に敏感な魔力で悪霊を排除し、冥界に幽閉した。

現世と冥界を繋ぐ扉を作り、開閉できるのは彼だけであった。


「冥界なら…大丈夫だ。あいつは現世を脅かせない。」


ユラノスは自分に言い聞かせた。

あの日の罪を忘れ、心を清めようと誓った。


彼は澄ました顔でナタカムの居城へ帰還した。


だが、運命はそう甘くなかった。


5年後、悪夢が現実に還ってきた。


ヴェルヴァルト冥府卿は、30メートルを超える巨体へと変貌していた。


冥界の怨霊を喰らい、理知と力を得て、冥界を破壊し尽くしたのだ。そして、現世へ踏み込んだ。


真昼のナタカム上空に、闇を従えて現れたヴェルヴァルト冥府卿。


民はパニックに陥り、神官たちは凍りついた。

ユラノスは上空の彼を見上げ、悟った。


「ああ…あいつだ。ついにここまで…。」


絶望が胸を満たした。

ヴェルヴァルト冥府卿は不敵な笑みを浮かべ、宣言した。


「世界を見渡す我が分身よ、鞍替えの時が訪れた。蛮行を許せ。」







「じゃあ…その時にユラノスさんは殺されたの…?」


エンディの声は震えていた。ユラノスは静かに頷いた。


「ああ、そうだ。そして死の間際、10人の天生士に力を付与し、10人をそれぞれ遠くへと強制的に散開させたんだ。力を与えて、さあ今すぐヴェルヴァルトをぶっ倒せ!なんて言っても無茶な話だろ?だからこいつらだけでも一旦遠くへ逃がして、更なる力を磨き上げた後にヴェルヴァルトを討って欲しくてな。まあ…結局あいつらも全員死んじまったんだけどさ…。」


ユラノスの声は悲しみに沈んだ。しばらく黙り、瞳に涙を湛えて続けた。


「な?だから言っただろ…俺は神なんかじゃねえってよ。てめえの下らねえ欲のせいで悪魔を生み出して…挙句無様に殺されて…結果多くの人間を死なせちまったんだ。そして500年経った今も尚、お前達を苦しめちまってる…。全部俺のせいなんだ…。自分で蒔いた種を回収するどころか、さらに増殖させちまってよ…俺は悪魔にも劣る最低最悪の低劣な下等生物だぜ…。」


懺悔の言葉は、まるでユラノスの魂を削るようだった。

エンディは言葉を失い、彼を見つめた。

沈黙が重くのしかかる。


気まずさに耐えかね、エンディは話題を変えた。


「そ、そう言えばさ、ユラノスさん…俺に見せたいものがあるって言ってたよね?何を見せてくれるの??」


ユラノスの表情が一変した。どんよりとした瞳が、鋭く光る。彼はエンディの気遣いに感謝し、意を汲んだ。


「そうだな…お前にこの世界の未来を見せてやる。仮に…仮にだぞ?現代を生きるお前たち天生士達が見事魔族共との戦いに勝利して、ヴェルヴァルトを含めた全ての魔族を一掃したと仮定して…その後の世界が辿る未来を見せてやる!」


エンディは目を丸くした。未来? そんなことが可能なのか?

だが、ユラノスの言葉には、魂を揺さぶる力が宿っていた。

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