魔都の戴冠と叛逆の灯火
闇の帝国と城が完成
冥花軍の筆頭戦力、ラメ・シュピールは、まるで悪戯盛りの少年のようなあどけない顔立ちだった。
鼻の下まで伸びた前髪を七三分けにし、右目は髪に隠れて覗かない。首には黄色の花の紋章が、まるで呪文のように刻まれている。
彼が指を振ると、王宮跡地は一瞬で変貌した。
黒大理石を基調としたドーム状の城が大地を裂き、天空を突く尖塔が闇に輝く。
王宮跡地は、わずか数分で魔族の荘厳な根城と化した。
「感謝するぞ、シュピール。」
ヴェルヴァルト冥府卿は最上階の私室に踏み入り、満足げに呟いた。屋根も壁もない広間からは、闇に閉ざされた天空が広がる。
星も月も呑み込んだ漆黒の天蓋は、彼にとっての楽園だった。
玉座に腰を下ろし、ヴェルヴァルト冥府卿は世界を掌中に収めた王のように微笑んだ。
「御闇…お褒めに預かり恐縮です。」
ラメ・シュピールは恭しく頭を下げた。
だが内心では、崇拝するヴェルヴァルト冥府卿の言葉に心が躍り、少年らしい衝動を抑えるのに必死だった。
首の花の紋章が、かすかに脈打つように輝いた。
「集まれ、子供達よ。」
ヴェルヴァルト冥府卿の号令が響くと、ルキフェル閣下が静かな足取りで現れ、冥花軍の精鋭たちが後に続いた。
続いて、千を超える魔族の戦闘員たちが広間に雪崩れ込む。
彼らの目は、まるで神を仰ぐようにヴェルヴァルト冥府卿を見つめ、陶酔に満ちていた。
「ああ…御闇…なんと尊い…!」
「御闇…なんと偉大なる出立ち…!」
ヴェルヴァルト冥府卿は玉座から立ち上がり、闇の帳を背に、無数の配下を見渡した。
その姿は、まるで世界を握り潰す巨人のようだった。
「ご機嫌よう、諸君。今こそ世界は一つになる!自らを食物連鎖の頂点に君臨していると驕り高ぶっている愚かなニンゲン共を引きずりおろし!500年の眠りから目覚めた我等魔族が覇権を取り戻す時が来た!!この世から一切の光明を奪い去り、恐怖と闇により支配された死の世界を創ろう!!さあ…素晴らしき新世界創造を大義名分に!我ら魔族の永遠の繁栄の為!世界を徹底的に蹂躙しろ!人類を徹底的に駆逐しろ!大革命を巻き起こせ!さあ…喜劇の始まりだ!踊り狂え!くるしゅうないぞ!!」
声は雷鳴のように広間を震わせ、魔族たちの血を沸騰させた。
千の雄叫びが天を裂き、黒い翼が空を埋め尽くす。
魔族たちは我先にと四方八方に飛び立ち、世界を闇で塗り潰す使者となった。
太陽も月も星も、その光を永遠に失った。
ナカタム王国は一夜にして魔族の帝国の中心地と化した。
大陸を越え、遠くの国々まで闇の侵攻が始まった。
世界がヴェルヴァルト冥府卿の掌中に落ちるのは、もはや時間の問題だった。
恐怖と絶望の序曲は、暴力で支配される新世界の開幕を告げていた。
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だが、闇が全てを呑み込んでも、希望の火は消えていなかった。
微かではあるが、魔族に抗う戦士たちの心の灯は、なお燃え続けていた。
ロゼたちは生きていた。
ヴェルヴァルト冥府卿が王都を崩壊させる闇の攻撃を放つ直前、アマレットが機転を利かせて魔法を唱えた。
結界魔道と瞬間移動魔道を織り交ぜた独自の高等魔法で、ロゼたちは間一髪で死を免れたのだ。
場面は王都から300キロ離れた、鬱蒼と茂る森の奥深くに移る。
そこにはロゼたちに加え、魔族を迎撃するため命を賭して戦った魔法戦士およそ200名が息を潜めていた。
だが、元々王都を守っていた3000の兵力のうち、2800は冥府卿の闇に呑まれ、還らなかった。
「いやいや…流石に死んだかと思ったぜ。」
ノヴァが掠れた声で呟く。生きている実感がまるで湧かない。
「まさに九死に一生をえたな…。」
ロゼもまた、茫然と空を見上げた。
だがその瞳は、ヴェルヴァルト冥府卿の圧倒的な力を思い出し、恐怖に震えた。
生き残った者たちの多くは顔面蒼白で、まるで石像のように固まっていた。恐怖が彼らの心を縛りつけていた。
「おいアマレット!お前一体何をしたんだ!?」
エラルドが声を荒げて尋ねる。
「瞬間移動よ…。ヴェルヴァルトが闇の力を大地に充満させた時…私たちの下半身は完全にあの黒い渦みたいなものに呑まれていた…。だからヴェルヴァルトにバレないように、私は付近にいた人たち1人1人の脚を密かに結界で包んだの…。」
アマレットの声は弱々しく、顔は青ざめていた。
「結界??」
ラベスタが怪訝そうに首を傾げる。
「まあ…簡単に言えば空間移動装置みたいなものよ…。私は…それに身体の一部を包まれた者を最大で300キロ先まで強制的に移動させる事が出来るの…。さすがに全員を避難させることは…出来なかったけどね…。」
アマレットは力尽きたように膝をついた。
長距離の大人数移動は、彼女の体を極限まで蝕んでいた。
「すごいね…。さすがはユリウス家でも数世代に1人と謳われた天才だ…。」
アベルは言葉を失い、ただ感嘆する。
「アマレット、ありがとう。お前のおかげで助かったぜ?今はとりあえず、ゆっくり休んでおけよ。」
ロゼが優しく肩を叩く。
「アマレット…よく頑張ったね。本当にありがとう。ルミノアちゃんは私が見ているから、仮眠でもとって?」
ラーミアが微笑みながら手を差し伸べる。
アマレットは憔悴しきった体でなお、ルミノアを腕に抱いていた。
ルミノアこんな状況でも、まるで天使のようにスヤスヤと眠っている。
「ありがとう…。」
アマレットはルミノアをそっとラーミアに預け、目を閉じた。
「フフフ…助かったはいいけど、これからどうする?」
バレンティノが、どこか試すような口調で言う。
「俺たちの生存は、おそらく奴等にはバレてねえ。これはある意味チャンスだぜ?今はじっくり策を練るべきだ。そして…奴らの本陣に奇襲をかけて、国を取り戻す!!」
ロゼの声には鬼気迫る決意が宿っていた。
だがその瞳の奥には、言い知れぬ不安が揺らめく。
「フフフ…ロゼ国王、お言葉ですが…奴らにバレてないという考えは少々甘いかと。前にも言いましたけど、俺たちの身近に魔族側に情報を流している間者がいる可能性は非常に高いです。そしてそれは…この中にいるかもしれません。その者がどのような方法で連中に情報伝達を行なっているかは想像だにできませんが、我々の生存が連中の耳に入るのも時間の問題かと。」
バレンティノの目は、まるで全員を見透かすようだった。
「おい!こんな時に不安を煽るような事をわざわざ言うんじゃねえよ!」
エスタが拳を握り、憤りを露わにする。
「フフフ…俺はただ可能性の話をしているだけだよ。策を練るなら、俺たちの情報なんて容易く連中に筒抜けになってしまうと念頭に置いた上で、慎重かつ巧妙に練るべきだよねえ。」
バレンティノの声は冷たく、だがどこか真実を突いていた。
エスタは唇を噛み、冷静さを取り戻した。
「その通りだな。これからは各自注意深く、周りの人間の行動や動向を監視し合うべきだ。誰も信じるな…とまでは言わねえ。だからくれぐれも疑心暗鬼になりすぎるなよ?」
ロゼの言葉に、一般魔法戦士たちから不満の声が漏れる。
「そんな…無茶ですよ!こんな状況で裏切り者の存在まで示唆されて…"疑心暗鬼になるな"だなんて無理な話です!」
「そうですよ…それに…例え凄腕の智将が緻密な作戦を練ったところで…奴らに勝てるとは思えねえ!」
魔法戦士たちの声は、絶望に塗れていた。
ロゼは黙り込み、答えを見つけられなかった。
そこへ、サイゾーが静かに歩み寄る。
彼もまた、間一髪で生き延びていた。
「国王様…いくらこの場所が人目につかないとは言え、こんな大人数が一箇所に集まっていれば奴らにバレてしまうのも時間の問題かと…。」
「ああ…そうだな。よし、とりあえずあの洞穴に隠れるぞ。」
ロゼはサイゾーの進言を受け、近くの洞窟を指差した。
声には力がなく、まるで魂が抜けたようだった。
国を奪われた悔しさと悲しみが、彼の心を蝕んでいた。平静を装いつつも、精神はノイローゼ寸前まで追い詰められていた。
「そういえば…モスキーノさんとマルジェラさんはどこにいるの?」
ラーミアがふと二人の名を口にし、不安げに辺りを見回す。
「あいつら昏睡状態で入院してたんだろ?王都に残ってた筈だよな。ここにいねえってことは…。」
ノヴァは言葉を濁した。
ヴェルヴァルト冥府卿の攻撃で、二人が命を落とした可能性を思わずにはいられなかった。
「…あの2人がそう簡単にくたばるとは思えねえけどな。」
エスタがボソリと呟き、わずかな希望を握り締める。
そんな会話を交わしながら、一行は身を隠すため洞窟へと向かった。だが、ほとんどの魔法戦士はその場に立ち尽くし、動こうとしなかった。
不満と恐怖が、彼らの足を縛っていた。
「おい、お前らどうしたんだよ?」
ロゼが怪訝そうに声をかけると、魔法戦士たちは一斉に不満を爆発させた。
「ロゼ国王…本気で奴らに勝てると思っているんですか?」
「申し訳ないですが…今日限りで除隊させて頂きます。」
彼らは次々と武器を捨て始めた。
刀剣、銃器、盾が地面に散乱し、金属の悲鳴が森に響く。戦意 を失った者たちの目は、ただ虚ろだった。
「貴様らあ…ふざけるな!除隊だと!?こんな時こそ一丸となって戦うべきじゃないのか!?武器を拾え!」
「そうだ!お前らの戦士としての誇りはその程度のものなのか!?お前らそれでもナカタムの戦士か!?」
戦意を保つ少数派が叫ぶが、多数派の者たちは反発する。
「誇りがどうした?ナカタム王国が何だって?そんなもんより俺は自分の命の方が大事だ!」
「俺たちは勝てねえ戦に挑むほど馬鹿じゃねえんだよ。負け戦と分かってて戦って死ぬなんてまっぴらだぜ。」
「あーあ、なんかもう…魔族の仲間になるのもアリな気がしてきたな。殺されるよりそっちの方が幾らかマシじゃね?」
絶望が人間の本性を暴き立てていた。
武器を捨てた戦士たちは、臆病を正当化するように開き直り、心の底の弱さを吐き出した。
「おい…よさねえかお前ら。」
ロゼは小さな声で呟き、揉め事を抑えようとした。
だが、戦士たちの怒りは収まらず、取っ組み合いの喧嘩が始まる。森は一気に騒乱の渦に呑まれた。
「はあ…馬鹿じゃないのこいつら。」
ラベスタは深いため息をつき、心底呆れ返る。
「ヘタレどもが…騒いでんじゃねえよ!こんな時に連中に見つかっちまったら一網打尽にされちまうぞ!?」
エラルドが怒声を上げ、森に響き渡る。
ついにロゼの堪忍袋の緒が切れた。
「やめろっつってんだよてめえら!言うこと聞きやがれコラ!ぶち殺されてえのかてめえら!」
感情を剥き出しにしたロゼの声に、戦士たちは凍りついたように動きを止めた。
ロゼは深く息を吸い、心を整えて静かに語り出す。
「俺は去る者は追わねえ主義だ…戦意の無い奴等は去れ。お前らはもう…充分良く戦ってくれた。本当に感謝してるぜ?だから…別に咎めはしねえよ。」
その言葉に、戦士たちは俯き、まるで時間が止まったように静まり返った。
一人が立ち去る素振りを見せると、他の者たちも後を追うように歩き出す。
立ち去る者たちの背中は、重く、心苦しそうだった。中には涙を流す者もいた。
ロゼは一人、また一人と去るたび、心に鋭い痛みを覚えた。ラーミア、ジェシカ、モエーネは、立ち去る兵士たちの後ろ姿を切なげに見つめ続けた。
最終的に残ったのは、わずか27名だった。
「ククク…どいつもこいつも情けねえな。世界一の魔法大国が聞いて呆れるぜ。」
アズバールが嘲るように言うと、ノヴァが睨みつける。
「おい、おちょくってんじゃねえよ。つまられね茶々入れんな。」
その27名の中に、なぜか非戦闘員のダルマインが紛れていた。兵力が極端に減った今、ようやくロゼたちは彼の存在に気づいたが、突っ込む気力すらなかった。
「まあ…これだけ残りゃ上等だよな。ありがとうよ、お前ら。」
ロゼは悲しげな笑みを浮かべ、残った戦士たちを見つめた。
「ロゼ国王…俺たちはこの命尽きるまで戦い続ける所存です。」
「戦いましょう…命の限り。そして王都を奪還しましょう。」
志高き戦士たちの言葉に、ロゼの心はわずかに温まった。
だが、エンディ、カイン、イヴァンカ、モスキーノ、マルジェラ――天生士の主力は行方不明。
死亡した可能性すら高い。魔族に抗う力は、わずか40人弱。あまりにも無謀な戦いだった。
どうするんだよこれから




