王都終焉、風なき荒野
空は重厚な闇に閉ざされ、かつての王都は黒い瘴気に沈んでいた。
瓦礫が風に呻き、栄華の残響は塵と消えた。
ヴェルヴァルト冥府卿が荒野の中心に立つ。
赤紫の巨体は闇を纏い、瞳なき眼が魂を呑む。両翼が空気を切り、裂けた口が冷笑を刻む。
彼がラーミアを見下ろすと、大気が凍り、大地が震えた。
「ラーミア、お前の輪廻転生はこれにて果てる。2度と生まれ変われんよう、魂そのものを滅してくれる。」声は岩を割り、恐怖がラーミアの骨を縛った。彼女の膝が震え、足は地面に縫い付けられた。
ロゼが槍を握り、灰を蹴ってラーミアを庇う。
瞳に炎が宿る。
「ラーミアに手出しはさせねえぞ!」
声は荒野を貫き、次にバレンティノが剣を抜く。
ノヴァが拳を握り、ラベスタが息を整える。
エラルドとアベルが影のように背後を塞ぎ、六人がヴェルヴァルト冥府卿を囲む。
アズバールは遠く、瓦礫に凭れて目を細める。
ヴェルヴァルト冥府卿の唇が歪む。
「勇者と愚者は紙一重だな。エンディは死んだぞ?カインとイヴァンカも生きてはいまい。あの3人がいなくなった今、お前たち如きにいったい何ができるというのだ?」
ラーミアの胸が締め付けられる。
エンディの笑顔が脳裏を掠める。
そして唇を噛み、声を絞り出す。
「エンディは死んでないよ!カインも死んでない…。あの2人は、あなたなんかに絶対に負けないわ!」
震える言葉に信念が宿る。
ロゼの肩が緩み、ノヴァの拳に力が戻る。
バレンティノは目を細め、ラベスタの目が光る。
「やはり折れないか。その堅忍不抜の精神、見事だ。だがそんなものは何の役にも立たないぞ。お前達はこの世に何の爪痕を残すこともなく、惨めに死んでいくのだ。大人しく運命を受け入れろ。」
ヴェルヴァルト冥府卿が右掌を翳す。
瘴気が渦巻き、黒い球体が膨らむ。空気がねじれ、地面が呻く。
ロゼ達が身構え、半歩退く。
だが、ラーミアは動かない。
両手を翳し、掌に白い光が灯る。
柔らかく、力強く。
「ラーミア…お前何をする気だ?」ノヴァが叫ぶ。
答えはない。
ラーミアの瞳がヴェルヴァルト冥府卿を貫く。
「動かないで。みんなを傷つけたら絶対に許さない。」声は静かだが、覚悟が滲む。
「ラーミア!てめえこいつを封印するつもりか!?死ぬつもりなのか!?」エラルドが叫ぶ。
「ラーミア…そんなことしたらエンディが悲しむよ。」ラベスタの声が震える。
ラーミアの目は揺れない。
遠く、ジェシカとモエーネが瓦礫を越えて走る。
「エンディだけじゃないわ!?ラーミアが死んだら私達だって悲しい!だから早まらないで!」
「そうだよ!大事なお友達の命を犠牲にして得た平和なんか謳歌出来ない!だからやめて!」
涙が頬を濡らす。
ラーミアの目から涙が零れ、喉が詰まる。
「じゃあ…じゃあどうすればいいの!?しょうがないじゃない!もう…こうするしか道はないの!これ以上皆んなが傷つくのは耐えられない!私の力でみんなを救えるなら…こんな命喜んで捧げるわ!!」
叫びは灰を裂き、風に散る。
「ふっふっふっふっふっ…。」
ヴェルヴァルト冥府卿の喉が震える。
低く、抑えた笑い。
「ふははははははははっ!はーっはっはっはっは!やってみろ、ラーミア!貴様にその度胸があるのならな!命を投げ打ち、余を封印してみせよ!」
哄笑が空を割り、雲を砕く。
ロゼの眉が寄る。
冥花軍の強者たちがこぞって恐れた光を、なぜヴェルヴァルト冥府卿は挑発するのか。
不穏な胸騒ぎが走る。
ラーミアの光は揺れない。
「みんな…今まで…私なんかと仲良くしてくれて本当にありがとう。エンディにはよろしく伝えておいてね…?」涙が頬を滑り、灰に落ちる。
「やめろー!!」「ラーミア!やめろ!」
叫びが重なる。ラーミアの掌が輝きを増す。
だが、幼い寝息が響く。
「ちょっと待って!」アマレットがルミノアを抱き、灰を蹴って現れる。
皆の目が彼女に吸い寄せられる。
「アマレット…邪魔しないで。もう決めた事なの。」ラーミアの声が鋭い。
「ラーミア…エンディのこと信じてないんだ。」
「……え?」
「だってそうでしょ?エンディが勝てないと思っているから、自分の命を犠牲にしようとしてるんでしょ?」
「私はそんなこと思ってない!私はただ…これ以上みんなが傷つくところも…誰かが死ぬところも見たくないだけなの!」
「誰かが死ぬところを見たくない?ほら、やっぱり信じてないじゃん。エンディが…みんなが魔族に勝てないと思ってるからそんな言葉が出てくるんでしょ?」
「ねえ、どうしてさっきからそんな言い方ばかりするの!?こっちの気もしらないで…私だって色々考えたの!アマレットに何が分かるの!?」
「わかってないのはそっちでしょ!?ラーミアが死んだら、私たちがどれだけ悲しむか…どれだけ心に深い傷を負うか…大事なお友達が死んで悲しむ気持ちは私達も同じなんだよ!?」
闇の中で声が刃のように交錯する。
「おいおい…やめろよこんな時に。」ノヴァが呻く。
「全くだ…とにかく落ち着けよお前ら。」
ロゼが槍を握り直す。
「ハイっ、こっから先は男子禁制ですよ〜。ごめんなさいね国王様、不躾な行動をお許し下さい。」
ジェシカが笑う。
「そうそう。男が半端な覚悟で女同士の争いに首を突っ込むものじゃないわ?余計に拗れて収拾つかなくなっちゃいますからね。」モエーネが肩をすくめる。
「何だと?そりゃちょっと聞き捨てならねえなあ?」「いいから黙ってて!」
ジェシカに一喝され、ノヴァが唇を噛む。
アマレットがラーミアに迫る。
ルミノアの寝息が彼女の腕で響く。
互いの瞳が火花を散らす。
アマレットが左手を上げる。
ロゼの心臓が跳ねる。
だが、彼女はラーミアをそっと抱きしめる。
「アマレット…どうしたの?」
ラーミアの声が震える。
アマレットがルミノアの頬を撫でる。
「ルミノアはね、私とカインにとってかけがえのない宝物なの。この子はね、幸せになる為に産まれてきたのよ?そしてそれはラーミア、あなたも同じ。」
言葉は柔らかく、心に染みる。
「1人で抱え込まないで。これは私たちみんなの戦いよ?私達も一緒に戦う…だから、何もかも1人で背負い込んだような顔をするのはもうやめて。楽しいことも苦しいことも独り占めしてたら、私達だって寂しいよ?だから分かち合おうよ。ラーミア…何でも話してよ。いつでも頼ってよ。私達…友達でしょ?」
アマレットの声は風よりも温かい。
ラーミアの掌から光が消える。
震える腕でアマレットを抱き返す。
嗚咽が漏れ、涙が灰に落ちる。
恐怖が、孤独が溶ける。
ジェシカとモエーネが駆け寄り、抱きつく。
「ラーミア〜!今まで1人で色々悩んでたんだね…辛かったね…気づいてあげれなくてごめんね。私、友達失格だよね…。」
「どうして相談してくれなかったのバカァ〜〜!」
四人の涙が枯れた大地に水たまりを作る。
希望の灯火が揺れる。
ロゼが一歩進む。槍が灰を突く。
「ラーミア…アマレットの言う通り、これは俺たち全員の戦いだ。お前はお前の出来ることをやってくれ。だから俺たちは…お前を護りながらコイツと戦うぜ!」
ノヴァ、ラベスタ、アベル、エラルド、エスタ、バレンティノが続く。瞳に炎が宿る。
アズバールが笑う。
「ククク…その女を護りながら戦うだ?関係ねえな、知ったことか。俺はてめえらとは違うぜ?俺はただ、俺に楯突くこのふざけた怪物野郎が個人的に気に食わねえから殺してやりてえだけだ。」
ヴェルヴァルト冥府卿が嗤う。
「目も当てられないほどの愚か者どもだな。だが余は慈悲深いゆえ、我らと迎合するつもりが有るのならば許してやらんでもないぞ?そうだな…ラーミアを殺せ。そうすれば余の血肉を分け与え、立派な魔族にしてやる。どうだ?」
「却下。」ノヴァが冷たく答える。
「右に同じく。そもそもいつ誰がてめえに許してくれって頼んだんだ?」
「フフフ…全くもってその通りですねえ。」
ロゼとバレンティノが嘲る。
「あいわかった。ならば…闇の世界の礎となるがいい…!」
ヴェルヴァルト冥府卿が掌を地面に叩きつける。
黒い瘴気が大地を侵し、半径十キロを呑み込む。
空気が重くなり、風が止まる。
「さらばだ、愚かな人間達よ。」
禍々しい闇の火柱が天を裂く。
直径二十キロの闇の奔流が全てを破壊し尽くす。
草も木も、人も石も、全てが灰に還る。
世界最大の魔法都市バレラルクの、王宮を始めとした中心市街地は完全に消滅した。
「子供達よ、出てこい。」
ヴェルヴァルト冥府卿が号令をかけると、ルキフェル閣下やメレディスク公爵を筆頭に、魔族の群れが荒野に降り立つ。
「ひゃーはっはっはっは!!」
「ぎゃはははははぁ!!」
下品な狂笑が響く。
「天生士もそれに追随する魔法族共も…皆死んだぞ!さあ、笑え!くるしゅうないぞ!」
ヴェルヴァルト冥府卿の声が高揚する。
「さあ始めよう、死の世界!この惑星の全てが…我ら魔族の帝国だ!」
建国宣言が荒野を震わせる。
王都バレラルク。世界一の魔法都市はこの日、闇に呑まれて灰に沈んだ。
王都陥落!
ロゼ達も死んだのか?




