プロローグ
記憶喪失の少年エンディは、何の面白みもない単調で孤独な日々を過ごしていた。
しかし、ある日見た不思議な夢がトリガーとなり、運命が変わっていく。
エンディは飛び起きた。
あまりにも恐ろしい夢を見たからだ。
目が覚めると、自分の脂汗の量と息の荒さに驚き、そのまま急いで宿泊先の小さなホテルを後にし、街に出た。
ボロくて殺風景な部屋だったが、久しぶりに雨風を凌げて屋根のある場所で一夜を過ごせたことにありがたみを感じながら、エンディは歩き出した。
天気が良くて風が気持ち良く、昼過ぎまで寝ていたのを勿体なく感じてしまった。
ここは世界最大の魔法国家、ナカタム王国の端っこにある、自然が豊かで農業と漁業が盛んな小さな田舎町だ。
エンディは散歩が大好きだ。
知らない土地で、見たことのない風景や街並みを眺めながら、考え事をしてフラフラと歩く。
これが楽しくて仕方ないらしい。
「王室に仕える給仕が誘拐されたらしいよ」
「怖いね〜」
活気のある港町の市場で、買い物中のマダムたちの、何やら物騒な世間話が聞こえて、思わず立ち止まってしまってちらっと振り返ったが、すぐに再び歩きだした。
それにしても、妙に生々しくてリアルで、実に奇妙な夢だったなと、思い返すだけで身震いをしてしまった。
エンディは夢の中で、荒涼とした大地の上で、仰向け状態且つ大の字で、血まみれになって倒れていた。
無論、夢の中なので痛みはなかったが、瀕死の重症だったことは火を見るよりも明らかであり、心なしか、血の生温かさは感じていた。
視界は、限りなく澄み渡る青空と、黄金の輝きを放つ太陽。
そして隣にも、何者かが、自分同様、血まみれで倒れていたのだ。
エンディは夢の中で、怖いもの見たさからなのか、隣にいる人間が何者なのか確認しようと首を動かそうと何度も試みたが、ピクリとも動かすことはできなかった。
そして、夢の中で大粒の涙を滝の様に流し、そろそろ涙が枯れ果てるのではないか、と感じたところで目が覚めたのだ。
なぜ涙を流していたのか、直接的な原因は不明だが、エンディは夢の中で、何か得体の知れない激しい悔しさが、心の奥深くに沈んでいくような、不思議な感覚を覚えていた。
一体、あの夢はなんだったのだろう。
特段気にする必要もない、ただの夢に過ぎないのか、はたまた、記憶を失う以前の記憶が、何らかの形でフラッシュバックしたものなのか、考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
物語は、この夢から始まる。
孤独な少年エンディは、この日を境に、沢山の人と出会い、果てしない冒険と戦いの日々が始まる。