第5章:三輪の調べ
新学期が始まって二ヶ月。椿花学園の様子は、少しずつ変化していった。
最初は違和感を持っていた周囲の生徒たちも、三人の自然な関係性に次第に慣れていく。
「涼香先輩たち、やっぱり素敵」
「うん。なんか、見てるだけでこっちも幸せな気持ちになる」
今では肯定的な声が多く聞かれるようになっていた。
放課後のバスケ部の練習でも、以前のような緊張感は消えていた。
「涼香先輩! 今日も素敵なシュートでした!」
後輩たちが純粋な尊敬の眼差しを向けてくる。
「ありがとう。みんなも頑張ってたよ」
涼香は優しく微笑む。その表情は、以前より柔らかく、温かみを帯びていた。
双葉の弓道部でも、三人の関係は好意的に受け止められていた。
「双葉先輩って、最近特に的中率が上がってますよね」
「うん、茉莉先輩と涼香先輩が応援に来てくれるからかな」
練習後、三人は一緒に帰路につく。
「ねえねえ、今日は私の家に寄っていかない?」
双葉が嬉しそうに提案する。
「新しい百合小説買ったの!」
「また買ったの?」
涼香は呆れたように言うが、その口元は緩んでいる。
「この子ったら、本当に止まらないわね」
茉莉が苦笑する。
「だって~、この前の『純潔女学院百合アンソロジー』がすっごく良かったから!」
「あ、それ私も読んだ」
涼香が思わず反応する。
「えっ!? 涼香ちゃんも!?」
「……」
涼香は急に口をつぐむ。
「あらあら、涼香も随分と詳しくなったじゃない」
茉莉が意地悪そうに笑う。
「も、もう! からかわないでよ!」
三人は声を上げて笑った。
双葉の家に着くと、母親が温かく迎えてくれた。
「あら、茉莉ちゃんと涼香ちゃん。いらっしゃい」
最近では、三人で訪れることが当たり前になっていた。
「お邪魔します」
「お母さん、今日はお泊まりしていい?」
「もう、突然ね。そういうことはちゃんと前もって言っておいてちょうだい」
双葉の母は優しく諭す。
「でも、いいわよ。二人とも泊まっていって」
二階の双葉の部屋で、三人は寛いでいた。
「ねえ、覚えてる?」
茉莉が懐かしそうに言う。
「最初に涼香を誘った日のこと」
「ああ、園芸部の温室」
涼香は頬を赤らめる。
「涼香ちゃん、すっごく戸惑ってたよね」
双葉がくすくすと笑う。
「そりゃそうでしょ。急に『百合の才能がある』なんて言われたんだから」
「でも、本当だったでしょう?」
茉莉が意味ありげな笑みを浮かべる。
「今じゃ、立派な『百合』の花よ」
「も、もう……」
涼香は顔を覆う。
「でもね」
双葉が真剣な表情になる。
「私たちの関係って、普通の『百合』とは違うと思うの」
「どういうこと?」
「普通の百合って、二人の関係でしょう? でも私たちは三人」
「そうね」
茉莉が静かに頷く。
「でも、それがむしろ素敵だと思うの」
「どうして?」
涼香が首を傾げる。
「だって」
双葉が両手を広げる。
「二人だと限られちゃうでしょう? でも三人なら、もっと色んな形の愛し方ができる」
「そうね。例えば……」
茉莉が涼香の髪を優しく撫でる。
「私が涼香を甘やかして、双葉が元気づけて、涼香が私たちを守ってくれる」
「私は双葉の無邪気さに癒されて、茉莉の大人っぽさに憧れて……」
涼香の言葉が、部屋に優しく響く。
「三人だからこそ、バランスが取れてるの」
双葉が嬉しそうに言う。
「まるで、三本の矢で支え合っているみたい」
「そうね。一本だと折れてしまいそうな風も、三本なら支え合って乗り越えられる」
茉莉の言葉に、三人は静かに頷いた。
窓の外では、夕暮れが美しい光景を描いていた。
「ねえ」
涼香が口を開く。
「私、やっと分かった気がする」
「何が?」
「私たちが創ってるのは、ただの『百合』じゃない」
涼香は真っ直ぐに二人を見つめる。
「新しい形の愛の物語」
その言葉に、双葉と茉莉は目を輝かせた。
「涼香……」
「涼香ちゃん……」
二人は自然と涼香に抱きつく。
「これからも、三人で歩いていこうね」
双葉の声が、温かく響く。
「うん。誰にも真似できない、私たちだけの物語を紡いでいこう」
茉莉が優しく微笑む。
「私たちの園で咲く、三輪の花として」
涼香の言葉が、夕暮れの部屋に静かに溶けていく。
季節は移ろい、学園には新しい風が吹いていた。
かつては異質な目で見られた三人の関係も、今では学園に彩りを添える存在として認められている。
「涼香先輩たちのおかげで、私も素直になれました」
ある後輩が涼香に打ち明ける。
「自分の気持ちに、正直になれたんです」
その言葉に、涼香は優しく微笑んだ。
「それは、とても素敵なことだね」
放課後、いつもの園芸部の温室。
三人は、自分たちが最初に心を通わせたこの場所で、穏やかな時間を過ごしていた。
「ねえ、見て」
茉莉が、新しく植えた花を指さす。
白い百合の花が、三輪寄り添うように咲いている。
「きれい……」
双葉が目を輝かせる。
「まるで、私たちみたい」
涼香が言う。
「そうね」
茉莉が頷く。
「でも、これはまだ始まりよ」
「うん! まだまだ咲かせたい花、いっぱいあるもん!」
双葉が元気よく宣言する。
涼香は二人を見つめ、静かに頷いた。
これは終わりではない。
むしろ、新しい物語の始まり。
三輪の花が織りなす、誰も見たことのない愛の形。
それは、この園で永遠に咲き続けることだろう。
夕陽が温室を黄金色に染める中、三人の影が一つに溶け合っていった。
(完)




