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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

拝啓、復讐された私へ。 〜復讐された魔導王は謙虚に生きたい〜

「エクス、お前をパーティーから追放する」


 ……ありふれた定型文だった。

 昨今の時代で問題視されている、冒険者パーティーのメンバー追放。

 弱い者、不要な者は冒険者に非ず。よって、囮にしようが身ぐるみを全部剥ごうが問題なしという、トチ狂ったような風習がある。


 たしかに冒険者は自分が、或いは隣にいるメンバーが明日死んでもおかしくない儚い職だ。

 しかし、そんな不条理な習慣を根付かせて良いものだろうかと長年議論が交わされ、解決案も出ているが効果はあるのかないのかわからない程だ。


 まぁ……今みたいにただパーティーを追放すると言われただけならばまだマシな方ということである。


「えっと……サクスム、理由は……」

「お前が魔導士なのに初級の魔術しか使えねェからだよ! 多少は成長すると思って置いておいたっつーのに……この報酬泥棒がッ!!!」

「っ……」


 泥棒とはひどい言いようだ。

 一つの依頼を達成できたら、その十分の一程度しか報酬がもらえていないし、貯金を切り崩してまでパーティーに貢献してきたというのに。

 しかし、初級魔術しか使えないのもまた事実だ。今や最強パーティーとして名を馳せているこの飛燕の炎にて、僕を追放するには十分な理由だろう。


「……わ、わかったよ。今までお世話に――」

「待てよ。金目のもの、それから服とズボンも全部脱いで土下座しろよ」

「なっ……」

「んだよその目は……。オレたちに歯向かうつもりかよ! アァ!?」


 ここで僕が言い返したとて、誰も味方になってくれる人はいない。

 苦渋を舐めさせられる思いをしながら服を脱ぎ、頭を地面につけて土下座をする。


「え、と……。申し訳ございませんでした……」

「違ぇだろ! 『無能で、金を盗んで、なんの役にも立たないゴミ以下の人間ですみませんでした』だろうが!」

「む、無能で、金を盗んで、なんの役にも立たないゴミ以下の人間ですみませんでした……」

「はんっ!」


 ペッと唾を吐きかけて踵を返す元メンバーのサクスム。

 わなわなと震えながら、僕はこの場所を後にする。


「(……絶対、アイツらを許さない……。復讐してやる……!!)」


 ――これを期に、僕は端金で魔術の研究に独学で没頭した。


 元々魔術の構築や呪文を書くのは得意だが、それを再現する脳味噌が足りないというのが問題点だった。

 改良に改良を重ね、僕は〝魔導書に魔術を籠める魔術〟という世紀の大発明をする。僕は魔術構築と呪文写しは元より逸脱しているが故に、この魔術を最大限発揮できる唯一の人間だった。


 そして……僕は最強になった。


「ゆ、許してくれエグス……! もう、もうやめてくれぇ……!!!」

「……ここまで落ちぶれるとは思わなかった。サクスム、お前には本当に、心の底から失望したよ」


 最強になった僕を今更取り返そうと躍起になったり、失敗すれば数多の嫌がらせや暗殺などを試みたクソ野郎だ。

 それが今では、道端に転がっているゴミのように僕の前でひれ伏しており、見て呉れはボロ雑巾のようであった。


「お、オレたち仲間だったろ!? なぁ! 本当に、本当に……すみませんでした……許してください、エクス様……」

「もう何も聞きたくない……。〝魔導書グリモワール〟――【アンフェル】」

「ギャァァアアア゛ア゛ア゛!!!!」


 宙に浮き、ページがパラパラと捲られる魔導書に魔力を込めて魔術を放つ。サクスムは炎に包まれ、燃え滓となって生き絶える。


 随分とあっけないものだった。

 今までの屈辱を晴らすため……生涯をかけて復讐をしようと思っていたのにも関わらず、いとも容易く達成させられる。


「これから僕は何の為に生きたらいいんだろう……」


 復讐はスカッとする。しないよりする方が随分良いだろう。けど、達成されたら胸に大きな穴が空いたように虚しい。

 目標があるからこそ人は走り続けられる。どでかい野望や夢がなくとも人は生きて行けるだろうが、目標がなくなった今、僕にもう……生きる意味は……。


「……いや、何かしらあるはずだ。せっかくこんな力を手に入れたんだし、活かさず腐らせるのは勿体ない」


 そうして、僕は再び歩みを始めた。



###



 ――数年後。


 僕は……いや、()は冒険者としての功績や研究の成果を数々残して行き、今では〝魔導王〟という異名まで手に入れるほどのし上がった。

 貴族と並ぶほどの権力を持ち、腐る程弟子がいて俺の世話をしてくれる。何もせずとも金は入るし、女は選び放題だし、国に対しても多少は融通が利く。何もかもが思い通りにいく世界になった。


 だが、俺の弟子はどいつもこいつも出来損ないばかりで魔術が上達しない。どうして平民はこんなにも魔術の出来が悪いのかと、イライラが募るばかりだ。


「おい! お前、また集中力が切れてるぞ。十何番目だかの弟子の……誰だったか」

「ぜ、ゼノです……」

「あぁ、そうそう。出来損ないのゼノだ。なんでこうも集中力を切らしてるんだ? あまりにもフラフラしすぎてこちらもイライラするんだが」

「で、でも昨夜、屋敷の掃除を任されて寝る時間も――」

「お前、魔導王の俺に楯突くつもりか?」


 ――人とは美しいものであり、愚かなものだ。

 かつては悪に立ち向かう勇敢で光のような少年だったのに、ここまで強大な力を手にしてしまうと過去の屈辱すら薄れて消え、憎しみの連鎖を続かせる可能性がある。


 このエクスも力に溺れて傲慢となり、かつての屈辱であるサクスムと同じ道を歩んでしまっていたのだ……。


「はぁ……。お前、破門だ」

「なっ!? そ、それは困ります! 妹の呪いを解くために弟子入りしたんです! だから呪いを解くまではどうか……どうかそれだけは……!!」

「二度も楯突いたな……。〝魔導書グリモワール〟」


 魔導書を一冊虚空から取り出し、魔術を使用する。


「最後の試練だ。今からこの世界のどこかにテレポートさせるから、せいぜい頑張れ。生き残って帰ってきたらまぁ……もう一度弟子にしてやらんこともない」

「待っ――」

「【メタスタシス】」


 シュンッとゼノな姿はその場から姿を消した。この世界のどこかへと転移させたのだ。

 『才能無ければ俺の弟子に非ず』。この言葉が俺の中に生まれたのはいつからだっただろうか。もう覚えていない。思い出す必要もないだろう。


 弟子一人を破門にしても何も感じない。

 俺より才能がない奴が悪い。俺は悪くない。俺以外が全部悪い。


 ――そんな思いを抱きながら生活をして、さらに数年が経過したこの日、事件が起きた。


「侵入者だ!」

「戦え!!」

「ぐぁああ!!!」

「つ、強いぞコイツ……」

「魔導王様を守るんだ!」


 屋敷に侵入者がやってきたのだ。

 今までも数多くの侵入者がやってきたが、全て俺の魔術で弾かれ、処刑されている。だが、今回はその魔術がうまく発動しなかった。


「くそッ……! 俺の魔術は最強のはずだ! なぜ死なない!」

「――それはあの時から何も成長していないからですよ、魔導王」

「ッ!!!」


 気がつけば弟子や護衛らが全員殺されており、俺の首に剣の切っ先が突きつけられていた。

 その者の瞳は透明な殺意を孕んでおり、思わず息を飲む。


「ヒッ……!?」

「僕は〝魔術を再構築する魔術〟を編み出し、相手の魔術を利用するという魔術を生み出しました。あの時からなんら成長していなかったから、この魔術が効いたんですよ」

「な、ぁ……お前、ゼノか! そ、そうかそうか! 生きていたんだな! な、ならば約束通り再び俺の弟子にして――」

「ふざけるな!」

「ぐぁあああああああ!!!」


 瞬間、血飛沫と右腕が宙を舞う。

 久しく忘れていた痛みが駆け回る。魔術を展開させようにも、それら全ては不発に終わった。


「あんたのせいで僕は辺境の地に飛ばされた。やっとの思いで家に帰った時……妹は……人の姿をしていなかった……!! お前のせいだ魔導王! お前がっ、お前の身勝手な行いで僕の妹は僕の手で殺さなきゃいけなくなったんだ!!!!」

「う、ぅぅぅ……」


 怒号が響き渡る。が、俺には響かずにどう逃げようかを模索しているだけであった。


「魔導王、あなたが育った街で聞きましたよ。あなたも僕と同じように追放された身だったと。そいつに屈辱的な思いをさせられたと。

 あなたは何も感じないんですか……? かつてのサクスムというクソ野郎と同じ道を歩んでいるということに!!!」

「――――ぁ」


 初めて、ゼノの瞳の奥を見た。心が動いた。

 屈辱的な追放を味わって心の獣を解き放ち、力をつけた過去を思い出した。


 許せなかった。


 この世で一番恨んでいたあの男と瓜二つ……いいや、それ以上のクソ人間が、この血溜まりに反射して映っていることに。

 自分が犯した大罪を、漸く理解した。


「お、おれは……アイツよりも、おれ、は……!!」

「僕は過去のあなたに憧れた。どんな強力な魔物も軽々と撃ち倒し、魔術で人を救い、王たらしめるその威厳に。しかし今のあなたにはそれらは微塵もない。ただのゴミだ」

「あ、ああ、あああ!!!」


 ゼノの瞳には、かつてこの目で見たボロ雑巾のように薄汚れたサクスムの姿が映っていた。


「せめて……次は溺れぬように願っています。僕の憧れた――魔導王様」


 ――キンッ。


 そうして、魔導王の首は切り落とされた。



###



「はっ!!?」


 ガバッと勢いよく飛び起き、首と胴体がつながっているかを確認する。血は滴り落ちておらず、右腕もきちんと存在していた。

 状況がうまく飲み込めなかったが、部屋の中にあった鏡を見て確信する。まだ青く、この世の全てが輝かしい素敵なものだと思っていそうな無垢な顔つきだ。


「若返っている……? いや、死に戻りの魔術が発動したのか……」


 どうやらここは宿屋らしい。時系列的には……確か、そうか。幼馴染のサクスムと村を出て、この街を拠点に冒険者になろうとしているところだったか。

 そうだ、俺はサクサムと……。


「ゔっ……!!!」


 途端に胃の中で何かが暴れ出す。

 とてつもない吐き気が催し、思わず宿屋を飛び出て近くのゴミ捨て場に胃の中のものをぶちまける。


「そうだ……おれは、ゼノに殺されて……おれ、は、後戻りできないことをしてしまったんだ……!!!」


 吐瀉物とともに、目から熱いものもこぼれ落ちた。

 涙がも嗚咽も止まらないが、まだ我慢する。街を出て、人気のない場所で俺は全てを吐き出し始めた。


「クソ野郎が!!! 人をこき使って、人の人生を台無しにして、傲慢に生きて……! 俺は何がしたかったんだよ、なぁ!!! 死んじまえ……死んじまえよ、みっともない屑人間が……!! いなくなっちまえよこの世から!!!! おれは本当に……なんのために……」


 ガシガシと頭を掻き毟り、拳や頭を木に叩きつけ、自分を罵倒する。

 自分のことを特別な人間だと思い、驕り高ぶって、結局は自分が恨んだ相手と全く同じ道を進み続けた。そんな自分が許せなかった。殺してやりたかった。

 けど、自死する勇気すらない、臆病な人間だと改めて思い知らされる。


 数日、俺は自分への罵倒を繰り返しては気絶をしという生活を過ごした。

 とうとう体の限界が来て倒れた時、たまたま通りかかった冒険者に救わる。そして今は、医療施設のベッドの上にいた。


「エクス! お前どこ行ってたんだよ! オレ心配してたんだぞ!!!」

「おまえは……サクスムか……?」

「あぁ! オレがわかるか!? もう大丈夫だからな、オレが来たから、もう大丈夫だ……!!」


 そこには、ボロボロと涙を流して俺を見つめるサクスムの姿があった。

 一番印象に残るサクスムは、あの傲慢な姿だ。しかし今はどうだ。心の底から俺を心配して涙を流してくれているではないか。


「(そうか……サクスム、元々は優しい奴だったんだ……)」


 人は生まれながらにして善という奴もいれば、生まれながらにして悪という奴もいる。

 サクスムは前者なのかもしれない。環境が要因であのような性格になってしまったのかもしれない、と思った。

 だが俺はきっと後者だ。心のどこかでいつも、悪魔が囁いていたんだ。善にはなりきれない。


 いっそなこと、悪魔が取り憑いていてくれればどれほど楽だったか。


「(もしかして俺なのか……? サクスム、お前を変えてしまったのは、俺だったのか?)」


 根拠はない。だが、なんとなくそう感じた。俺がサクスムを変えてしまった。そう信じたかったのかもしれない。わからない。今の俺にはもう……何もわかりやしない。


「なぁ……サクスム」

「なんだエクス! オレにできることはなんッでも言ってくれ。悩みも聞く。気にすることがあんなら言わなくたっていい。とにかくなんでも言ってくれ」

「俺は……確かお前どこ二人で最強のパーティーになるって言ってここに来たよな」

「あぁ! それが夢だからな!」

「……すまない。俺は、その夢を諦めるよ」

「え……?」


 開いた口が閉じないとはまさにこのこと。

 サクスムは信じられないと言わんばかりに大きく口を開けていた。


「な、んで……ど、どうしたんだよ。脅されてんのか? そんな奴らオレがぶっ飛ばして――」

「俺の意志だ。嘘じゃない。俺は……そんな大層な身分にはなれない、なりたくないって思ったんだ……。だから、ごめん」

「そっ、かぁ……」


 サクスムは糸が切れた操り人形のように力が抜け、椅子に座り込む。そして、ポロポロと涙を流し始める。

 やはりサクスムは優しい。俺がいると、きっと夢は叶わないし、最悪な未来が待っている。だから、ごめんな。


「エクスは、どうすんだよ」

「俺は……旅をしたい。どこにも根を張らず、謙虚に生きて、そして……いや、明確な夢がないんだ。けど、傲慢には生きたくないって思ってる」

「……ハハッ。そっか。なんつーか、急に大人びてびっくりしたけどよ、お前らしいな。エクス。……うん、お前がそうしたいなら、俺は無理に止めない。お互い頑張ろーぜ、親友」


 涙目ながらも笑いを浮かべ、拳を突き出してくる。その優しさに思わず甘えてしまいたいと思うが、俺は一言「あぁ」と言って拳を合わせた。


 ――数日後。


 怪我や体調はすっかり治り、旅支度も済んで馬車も手配してもらった。


「エクス!」

「サクスム、来てくれたんだ」

「あたぼうよ! 親友の凱旋だしな!」

「使い方間違ってると思うけれど……」


 馬車に乗り込む寸前、元気溌剌なサクスムの声が耳を穿つ。

 サクスムはこの街に残り、最強の冒険者を目指すことを決意したとのことだ。


「行っちまうんだな」

「……うん。()はもうこの街を出るよ」

「お前、その一人称と喋り方なんか変だな」

「〝俺〟っていう一人称より、〝私〟の方が謙虚さがあると思ったから」


 この数日の間で色々と棘が抜け落ちたのか、今や生気があまり感じられない落ち着いた表情と声になっている。

 男が私という一人称を使うのは別に変ではないし、問題ないだろう。


「エクス、また会えるよな?」

「もちろん……とは言い切れない。けど、何処かで会えたら、君の武勇伝を聞かせてほしい」

「おう! 今のうちにメッッチャ作っておくから覚悟しておけよな!!!」

「うん。待ってるよ」


 私は馬車に乗り込み、荷物を傍らに置く。

 ヒヒーンと馬が鳴くと同時に、馬車は動き出した。サクスムは涙を流しながら、私に向かって手をブンブンと降り続けている。私は小さく振り返し、この街を後にした。


 ……今思えば本当に、私の性格がどんどんと変わっている気がする。

 最初は最強の冒険者を夢見る無垢な少年、そこからは復讐の鬼となり、次は傲慢な王。そして今や、棘も牙も無くした、只の放浪者。


「(……人は変われる、変わってしまう生き物だ。私はもう変わる必要がないし、変わりたくない。謙虚に生きるんだ)」


 弟子のゼノの言葉を今でも反芻させ、二度と傲慢にならないように心がけている。


 ……そういえばだが、ゼノの魔術である〝魔術を再構築する魔術〟。あれを使えば死に戻りの魔術さえも無くなるはずだった。私は、彼がチャンスをくれたと信じ、二週目を生きようと思う。

 死に戻っても全盛期の魔術は使えるわけだが、Eランク冒険者としてひっそり生きるのだ。


「(しかし……時間が経てば再び傲慢な獣が出てくるかもしれない。そうならないようにに……そうだな、手紙でも書こうか。過去に向けての手紙を)」


 決して傲慢に生きぬよう、謙虚さを失わぬよう、過去を忘れずに手紙を書く。

 書き始めは……そうだなぁ。こんな感じにしよう。



 ――〝拝啓、復讐された私へ。〟

最後まで読んでいただきありがとうございました。


力を使わず、謙虚に生きると決めた最強の主人公がこの後、様々なアクシデントに会って力がバレる的な続きを考えましたが、好評だったら書こうかなと思っております。


↓にある☆☆☆☆☆で評価していただいたり、感想なのどをいただけると幸いです。

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