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「本当に処分するんですか?」
木枠を取り外すと、アトリエはかなり広くなっていた。風通りはよくなったけれど、やっぱりにおいは残ったままだ。
「気になるものは残すけど、大体は捨てるつもり」
「もっと素直になればいいのに」
無理をしているわけではないと、首を横に振る。別れの作業は済ませた方がいい。父はこんなにも残したけれど、ありすぎると前に進めなくなる。母とも話し合って、そう決めた。
「そういえば、最後の絵の意味はわかったんですか?」
「推測だけど……」
父の残したノートの最後には丸が三つあり、それぞれに「おれ、晴子、千鶴」と書き込まれていた。
三本の木ではなくて、三人だった。
父は家族三人の絵を描こうとしていた。
最後の絵の完成を見てみたかった。最高の家族の一枚を父ならきっと描ける。そして、今度はバツを描く前に止められる。好きだと直接言って、うんと困らせてやりたい。
分解した木枠を一旦庭に運び出していく。広い庭でもないけれど、白樫の葉が風に揺れる。陽光に照らされて葉は輝く。光の粒が私にも見える。無数の色が頭に流れ込んでくる。処理しきれない色を父はどう描くのだろう。
この町で生きてきた父ならば、きっと孤独ではなかった。もちろん、画家としてどうだったのかはわからない。もう父からの答えを聞くことはできない。けれど、父が愛した風景はそこかしこにある。きっと父はまだ描いている。キャンバスの前に立つ父の背中ならば、いくらでも思い描ける。
そうして、これからが続いていく。
バツをつけながらも、私の目に映るものが少しだけ明るくなるように見えない筆を握るのだろう。(了)