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「藤倉のおじさんはその三か月後、店に絵を持ってきてくれました。オレの知るなかで、最高の絵画です」
私と母は頭を抱えつつ、話を聞いていた。お茶の湯気はとっくに消えている。
「お父さんたら、そんな素敵なことをしていたなら、教えてくれたらいいのにね」
母の感想におおむね同意する。だが、疑問も残る。
「そこで父との交渉は終わっていますよね。なぜ、追加で、その……お金を?」
言いにくいことだが、踏み込むしかあるまい。
「藤倉さんが請求した額は、なんとワンコインでした」
「……五百円?」
「イグザクトリー」
「おー、りありー?」
「お母さんまで合わせないで。……ええと、なんとなく話はわかりました。おばあさまも本当にお気の毒に思います。けれど、絵を買っていただけて父も喜んでいると思います」
気を引き締めて、言葉を続ける。
「父が五百円でいいと言ったなら、私達から文句はありません。そのままのお値段で受け取っていただけませんか?」
父の人となりが知れたことと、稲垣さんと父との思い出も興味深いものだった。しかし、これ以上話をしてもどうにもならない。父の絵が売れた。その事実だけで十分な儲け話だ。
「そうですね、オレもそう思います。でも、それでは、ばあちゃんが納得しません」
「いえ、おばあさまもきっと喜んでくれています」
「どうして、うちのばあちゃんのことまでわかるんですか。猫みたいにキレますよ!」
お淑やかな猫を愛するご婦人ではなく、気性の荒いお方だったのだろうか。
「今日も、ちゃんとしていけって顔面に白シャツが飛んできたんですから」
「え?」
「あ、その驚き方! おじさんとそっくりですね」
稲垣さんとの会話では埒が明かないので、母に視線を送った。
「チヅ、稲垣さん家のおばあちゃんはご存命よ」
「そういえば、一年前のおじさんも同じようにびっくりしてましたね! うちのばあちゃんは散歩中に転んで、それからずっと車いす生活なんです。当時はかなりへこんでましたが、今は店番するくらい元気にやってます!」
「それは、その、お元気そうで、何よりです」
しどろもどろの返事が精一杯だった。