【7】天使ちゃんがウチに居た理由
「って、どうでも良いわけがないっ~~!」
俺は一呼吸置いてから、慌てて台所で夕食の準備をしていた母の所へと駆け込んだ。
俺が台所に入ってきたことに気付いた母は「トントントン」と野菜を切る音を止めて、こっちに振り返りながらこう言った。
「……あら、頬が真っ赤ね。だから言ったのに」
母は早くも赤みが目立ってきていた俺の頬を真顔で見ていた。
「いや、そんなあっさりと。てか、何であんなスタイル抜群の―じゃなかった。色白の―でもなかった。美少女が―じゃなくって―天使が……―あっ天使ちゃんか……」
「もーあんた何わけの分からないことをぶつぶつ言ってるの。少しは落ち着きなさいよ」
混乱して上手く言葉を出せない俺に対して呆れた様子の母だった。
「いや、だ・か・ら!なぜウチの洗面所にバスタオル1枚の女の子が居てるのかっていうことだよ!」
ようやく一番聞きたい言葉が出てきた。
「バスタオル1枚ってお風呂に入ってたからに決まっているじゃない」
天使がウチのお風呂に入ってるのが当たり前のように、平然と答える母だった。
「って、だからね、お母様ね、あのね、ウチのお風呂にね、女の子が入ってるって事がそもそもおかしくないですか?」
洗面所の方を指差すなど、身振り手振りで必死に俺が思っている違和感を訴えた。
「さっきからお前は騒々しいなぁ。何をそんなにごちゃごちゃと言ってるんだ」
そう迷惑そうに台所に入ってきたのは会社から帰宅していた父だった。
「あっ、父さん。ちょうど良いところに!父さん大変なんだって」
「そんな必死になって……何がそんなに一体大変なんだ」
「……いいかよく聞けよ。心の準備は出来てるか―」
俺は父さんが驚いて腰を抜かさないよう何度も前置きをした。
「出来てるも何もお前が落ち着きなさい」
そう貫禄のある反応に安心をした俺はついに……父親にも切り出した。
「ウチの洗面所に俺と同じぐらいの年の女の子が居るんだよ!」
父さん、大丈夫か?女の子だぞ……。
と、父親の反応に注目していた俺だったが。
「そりゃ居るだろ」
「……はぁ?」
父さんは全く驚きもしなかった。
それどころかウチの洗面所に天使ちゃんが居るのが当たり前のような反応をしていた。
「いや、だってバスタオル一枚だよ!素っ裸だよ」
「お前、覗いたのか……」
「いや、別に、わざと覗いた訳じゃなくて!そう!あれは事故!事故だったんだよ!」
「おいおい……いくら昔から一緒に風呂に入ったりしてるからと言って、高校生にもなって年頃の女の子の裸を覗くってのはなぁ不健全極まりないことだぞ」
「えっ……。父さんちょっと何言ってるの……」
俺は父さんの発言に困惑した。
「ちょっと待って!昔から一緒にってどういうことだよ!俺はあんな子―」
「―天使は昔からよく遊びに来ていただろ。お前ともよく遊んでいて、幼い頃は一緒に風呂に入ったりしていただろう」
「えっ……」
俺はおかしくなってしまったのか。
父さんが真面目に話している会話に記憶が全く付いていけていなかった。
まるで俺だけが天使に対しての記憶がすっぽりと抜けているかのように……。
「昔からよく遊びにって……。天使はずっと近所にでも住んでたっていうのか?」
「何言ってるのよ。天使は……親戚の子じゃないの」
今さら何を確認してくるかのように、母が呆れた顔をして答えた。
今日出逢ったばかりの自称天使こと天使ちゃんが親戚の子で昔から俺とよく遊んでいた……それどころかお風呂も……。―まぁそれは置いといて。
この時、既に俺の脳内のキャパシティは限界を超えていた。