表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

死んでもいい

 自分なんて死んでもいい。


 そんなことをすぐに口癖のように言ってた頃があったね。



 それを聞くたびに、すごく悲しかった。


 こんなに小さいうちに、こんな言葉を言わせてしまうなんて、さみしくてつらい思いをさせてしまったんだろうかって。


 でもそれと同じだけ、すごく腹も立った。


 こんなに大切に思ってるのになんで? なにがそんなに不満なんだ? って。



 その口癖が出るたびに、一生懸命あなたがどれだけ大切な存在なのかを説明したね。

 そりゃあもう、くどくどくどくど説明したね。


 たぶん説教されてると思ってただろうけど。

 そりゃあね、笑顔でにこやかに話せる内容じゃないからね。

 マジだからね、こっちは。



 まあきっと、どんなに真剣に話したって、一時間も経たないうちにそんな話は忘れたってなっちゃうんだろうけどさ。

 そんでまた同じやり取りを延々繰り返すんだけどさ。



 ずっと願って、ようやく出会えた大切な家族。


 それがあなたで、あなたの代わりはいないんだよって、何度も何度も説明したね。






 あなたには言わなかったけど、自分も小さいときに同じことを考えていたんだよ。


 劣等感。


 孤独感。



 弟がいれば、きっと自分なんかいらない。

 自分なんか死んだほうがいい。

 家族だってそれを望んでる。

 自分なんか早く死ねばいいのにって思ってるに違いない。



 そんなことを信じて疑わなかったころがあった。



 一度だけそれを母親に言ったら、速攻でビンタが飛んできて、抜けかかってた奥歯がその衝撃で抜けた事件があったんだ。



 泣いたよね。

 すっごく覚えてる。現場は風呂場だったんだ。


「うえーん、歯がもげたー。歯がもげたよー」って泣いたね。


 それで完全に雰囲気ぶち壊しになっちゃって、笑いをこらえた母親が真面目な話を笑いをかみ殺しながら続けるというシュールな展開になったのでした。めでたし。



 たぶん年齢的にはすごく近い。

 小学校の低学年のころかな。


 そういえば、現場が風呂場なのも一緒だ。


 なんなんだろね。あの時期って一回死にたくなるのかな。不思議だね。

 きっと成長期でホルモンバランスが乱れて、精神的に不安定になるのかもしれないね。



 そしてどうして風呂場なんだろう。

 気が緩んでついぽろっと白状しちゃうのかな。不思議だね。



 あなたが親になったとき、そのときのこと思い出してみて。

 子供に本音を吐かせるなら風呂場だよ。ニヤリ。




 親になった今なら分かるんだ。


 あのときの母親の気持ちが。




 きっと子供にそんなことを言われてショックだったんだろうなって。


 きっと悲しかったし、腹がたったんだろうなって。



 自分自身、どうして自分がそんなことを思ってしまったのかなんてよく分からなかった。

 たぶん、なんとなく不安で心細かっただけだったのかもしれない。




 自分はどういう存在なんだろう。

 自分ってここにいてもいいんだろうか。

 どうしてここにいるんだろうか。



 親を試したいわけじゃない。

 愛を疑っているわけじゃない。



 だだ漠然とした、自分という不確かな存在への、不安と恐怖。



 まだ十分に言葉も知らないし使えない。


 そんな生まれて数年しか経ってない子供が一生懸命紡ぎ出した言葉が、もしかしたら「自分なんか死んでもいい」なのかもしれない。





 もちろん普通の親なら、子供が死ぬなんてこと、聞きたくもないし考えたくもない。


 思わず言ってしまう。


『なんでそんなことを考えるんだ』って。


 自分だって散々考えてたくせにね。偉そうに叱っちゃったよね、ごめん。マジごめん。




 だからね、もし次があったらこう言おうと思うんだ。




 その不安な気持ちを話してくれてありがとうって。


 あなたがどんなに大切かということを、あなたにもう一度、ちゃんと伝える機会をくれてありがとうって。




 でももう最近は言わないね。


 さすがに説明(説教)が長すぎて、聞くのが嫌になったのかな。



 だってさ、分かってもらうように説明するって、すごく難しいんだよ。

 すっごく話が長くなっちゃうんだよ。


 そんでこっちは一生懸命がんばって話をしてるのに、「あーあ、まだ終わんないんですかーい」って態度で話を聞くからさ、こっちはさらにヒートアップして……おっと、またお説教になるところだった。



 この辺でやめとこう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ