死んでもいい
自分なんて死んでもいい。
そんなことをすぐに口癖のように言ってた頃があったね。
それを聞くたびに、すごく悲しかった。
こんなに小さいうちに、こんな言葉を言わせてしまうなんて、さみしくてつらい思いをさせてしまったんだろうかって。
でもそれと同じだけ、すごく腹も立った。
こんなに大切に思ってるのになんで? なにがそんなに不満なんだ? って。
その口癖が出るたびに、一生懸命あなたがどれだけ大切な存在なのかを説明したね。
そりゃあもう、くどくどくどくど説明したね。
たぶん説教されてると思ってただろうけど。
そりゃあね、笑顔でにこやかに話せる内容じゃないからね。
マジだからね、こっちは。
まあきっと、どんなに真剣に話したって、一時間も経たないうちにそんな話は忘れたってなっちゃうんだろうけどさ。
そんでまた同じやり取りを延々繰り返すんだけどさ。
ずっと願って、ようやく出会えた大切な家族。
それがあなたで、あなたの代わりはいないんだよって、何度も何度も説明したね。
あなたには言わなかったけど、自分も小さいときに同じことを考えていたんだよ。
劣等感。
孤独感。
弟がいれば、きっと自分なんかいらない。
自分なんか死んだほうがいい。
家族だってそれを望んでる。
自分なんか早く死ねばいいのにって思ってるに違いない。
そんなことを信じて疑わなかったころがあった。
一度だけそれを母親に言ったら、速攻でビンタが飛んできて、抜けかかってた奥歯がその衝撃で抜けた事件があったんだ。
泣いたよね。
すっごく覚えてる。現場は風呂場だったんだ。
「うえーん、歯がもげたー。歯がもげたよー」って泣いたね。
それで完全に雰囲気ぶち壊しになっちゃって、笑いをこらえた母親が真面目な話を笑いをかみ殺しながら続けるというシュールな展開になったのでした。めでたし。
たぶん年齢的にはすごく近い。
小学校の低学年のころかな。
そういえば、現場が風呂場なのも一緒だ。
なんなんだろね。あの時期って一回死にたくなるのかな。不思議だね。
きっと成長期でホルモンバランスが乱れて、精神的に不安定になるのかもしれないね。
そしてどうして風呂場なんだろう。
気が緩んでついぽろっと白状しちゃうのかな。不思議だね。
あなたが親になったとき、そのときのこと思い出してみて。
子供に本音を吐かせるなら風呂場だよ。ニヤリ。
親になった今なら分かるんだ。
あのときの母親の気持ちが。
きっと子供にそんなことを言われてショックだったんだろうなって。
きっと悲しかったし、腹がたったんだろうなって。
自分自身、どうして自分がそんなことを思ってしまったのかなんてよく分からなかった。
たぶん、なんとなく不安で心細かっただけだったのかもしれない。
自分はどういう存在なんだろう。
自分ってここにいてもいいんだろうか。
どうしてここにいるんだろうか。
親を試したいわけじゃない。
愛を疑っているわけじゃない。
だだ漠然とした、自分という不確かな存在への、不安と恐怖。
まだ十分に言葉も知らないし使えない。
そんな生まれて数年しか経ってない子供が一生懸命紡ぎ出した言葉が、もしかしたら「自分なんか死んでもいい」なのかもしれない。
もちろん普通の親なら、子供が死ぬなんてこと、聞きたくもないし考えたくもない。
思わず言ってしまう。
『なんでそんなことを考えるんだ』って。
自分だって散々考えてたくせにね。偉そうに叱っちゃったよね、ごめん。マジごめん。
だからね、もし次があったらこう言おうと思うんだ。
その不安な気持ちを話してくれてありがとうって。
あなたがどんなに大切かということを、あなたにもう一度、ちゃんと伝える機会をくれてありがとうって。
でももう最近は言わないね。
さすがに説明(説教)が長すぎて、聞くのが嫌になったのかな。
だってさ、分かってもらうように説明するって、すごく難しいんだよ。
すっごく話が長くなっちゃうんだよ。
そんでこっちは一生懸命がんばって話をしてるのに、「あーあ、まだ終わんないんですかーい」って態度で話を聞くからさ、こっちはさらにヒートアップして……おっと、またお説教になるところだった。
この辺でやめとこう。