プロローグ:一年後の休日
本日2話目。
第二部プロローグです。
王都に来て、一年後。
オリビアは、紺のロングスカートを揺らしながら一人街を歩いていた。
行き先は、店から数分の所にある噴水のある小さな広場。
歩きながら、彼女は目を細めて街を見回した。
街路樹はいつの間にか若葉色に染まっており、柔らかい風がその幼い緑を静かに揺らしている。
(もうすっかり春ね)
軽い足取りで緑の増えた広場に到着すると、噴水のすぐ近くに立っていた長身の青年が、彼女に向かって嬉しそうに手を振った。
「オリビア。ここです」
「エリオット! お待たせしてごめんなさい」
「大丈夫ですよ。私も今来たところです。……久し振りですね。髪がずいぶん伸びましたね」
オリビアを口の端を緩めて見つめるエリオット。
ダレガスの駅で偶然出会った、この眉目秀麗な青年とは、ここ一年ですっかり仲良くなった。
今日のように、月一、二回ほどのペースで、情報交換会を兼ねた食事会をしている。
話題は主に仕事関係。
オリビアにとって、数少ない安心して話せる友人の一人だ。
エリオットが尋ねた。
「今日の店は、ここから歩いて二十分ほどかかるのですが、どうしますか。乗合馬車を使いますか?」
「休日だし、歩きたいわ。最近運動不足なの」
「分かりました。では歩きましょう」
肌に春風を感じながら、街を歩き始める二人。
オリビアに歩幅を合わせるようにゆっくりと歩きながら、エリオットが口を開いた。
「そういえば、この前直して頂いた時計。お陰様で元気よく動いています」
「良かったわ。頑張ったかいがあったわ」
「うちの専属の魔道具師に驚かれましたよ。あれを動かせる魔道具師がいるんですか。と」
「ふふ。父が『メンテナンスも魔道具師の仕事の一部だ』って言ってよくやらされていたから、修理は得意なの」
楽し気に会話をしながら歩みを進める二人。
そして、約二十分後。
二人は最近話題のチーズケーキが有名なカフェに到着した。
オリビアが目を輝かせた。
「素敵! ここ来たかったのよ! もしかしてチーズが食べたいっていう話、覚えていてくれたの?」
彼女の満面の笑みを見ながら、エリオットが嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんです。大切な友人の話ですからね。さあ、入りましょう」
お昼ご飯の時間が過ぎ、やや空き始めている店内に足を踏み入れる二人。
窓際の席に向かい合わせに座り、メニュー表をながめる。
そして、
「鶏肉のローストソテーのセットと赤ワインをお願いします」
「チーズピザ、スフレチーズケーキ、ベイクドチーズケーキ、シナモンチーズケーキ、あと紅茶を下さい」
という、店員が目を白黒させるようなオーダーを済ませ。
運ばれてきたピザを見たオリビアが目を輝かせた後。
「いただきます」
二人は食事を始めた。
「ん~! おいしい! チーズが最高だわ!」
幸せそうにピザを頬張るオリビアを、目を細めてながめるエリオット。
美しい所作で肉を切り分けながら尋ねた。
「仕事の方はいかがですか?」
「忙しいけど、上手くいっているわ。一昨日不死鳥の羽の付与にようやく成功したの」
「不死鳥の付与は難しいんですか?」
「ええ。滅多に出来る人がいないと言われているわ。……まあ、うちの店の魔道具師は全員できるけどね」
話ながら、オリビアは苦笑した。
努力はしているが、まだまだ先輩達には敵わない。
そして、食事も終盤に差し掛かり。
エリオットが上品にコーヒーカップをテーブルに置くと、思い出したように口を開いた。
「そういえば、今日はオリビアが王都に来てちょうど一年の日なんですよ」
「え? そうなの?」
「ええ。昨日、手帳を整理していて気が付きました。私がダレガスから帰って来た日でもありますからね」
そうなのね。と、呟くオリビア。
(もう一年経つのね)
婚約破棄された挙句、店と家を追い出され、王都にやってきた。
がんばるしかないと、がむしゃらに働いていたら、もう一年。
あっという間だった。
(忙しかったけど、楽しい一年でもあったわ)
新しい技術にもたくさん触れたし、魔道具師として一段階上がったと思う。
有意義で楽しい一年だった。
ふと窓の外を見ると、ピンクと白の春の花が咲いている。
そういえば、去年の今頃もこんな花が咲いていたわね。と、思い出しながら、オリビアはしみじみと呟いた。
「今年もいい年になるといいわね」
「……そうですね」
オリビアの横顔に柔らかい眼差しを向けながら、相槌を打つエリオット。
オリビアの王都二年目が始まった。