【Another Side】カーター準男爵家にて
本日1話目です。
オリビアが王都に旅立った翌日。
成金趣味丸出しの金ぴか応接室にて。
オリビアの叔父であり義父であるカーター準男爵が、ヘンリーの父であるベルゴール子爵に一連の騒動を説明していた。
見るからに上等そうなスーツを着たベルゴール子爵が、冷たく男爵を見据えた。
「ほう。では、カーター魔道具店の魔石装飾品のほとんどは、オリビアではなくカトリーヌがデザインしたものだったと」
「はい。特にここ一年半ほどのデザインは、全てカトリーヌ考案のものです。例の大賞を受賞したデザインも、もともとはカトリーヌのものだったようです」
「……カトリーヌは何と言っている?」
「オリビアが怖くて何も言えなかったと」
ベルゴール子爵は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ふん。そんな気の弱い娘には見えなかったがな。しかも、義姉と婚約中のヘンリーと懇意にしていたらしいじゃないか。そんな娘がデザインを盗られて黙っているとは思えん。その話は本当なのか?」
「は、はい。間違いございません」
しきりに汗を拭いながら、しどろもどろになる準男爵。
その隣に座っていた夫人が穏やかな声で言った。
「本当でございますわ。こちらをご覧ください」
彼女がローテーブルの上に置いたのは、小さめのスケッチブック。
中にはたくさんの宝飾品デザインが描いてある。
「これは全てカトリーヌが描いたものですわ。こうやって書き溜めていたものを取られていたようなのです」
ふむ。と、子爵がスケッチブックを手に取ってパラパラとめくった。
「これだけか?」
「いえ。こちらも全てそうです」
夫人がローテーブルの上に同じようなスケッチブックを十冊ほど並べる。
「これらをカトリーヌが描いていたことは私が保証しますわ。実際に何度も見ております」
なるほど。と、考えるように呟く子爵。
そして、スケッチブックの一番後ろに書いてある「カトリーヌ・カーター」という署名を確認すると、男爵の方を向いた。
「ヘンリーも同じことを言っていた。近しい二人が揃って同じことを言うのであれば、間違いないのだろうな。
オリビアの卓越したデザインセンスを買って、ヘンリーの婚約者としたのだ。デザインがカトリーヌのものであれば、オリビアと婚約継続する理由はない。オリビアとの婚約を解消してカトリーヌを婚約者とすることを認めよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、婚約解消をしてすぐに婚約すると良からぬ噂が立つ恐れがある。二人が正式に婚約するのは一年後とし、結婚式はその一年後とする」
分かりました。と、準男爵と夫人が満面の笑みを浮かべる。
隣の部屋で聞き耳を立てていたカトリーヌは、思わずグッとこぶしを握り締めた。
(やったわ! これで正式に私がヘンリー様の婚約者よ!)
そして、同じように隣で喜んでいるヘンリーに抱き着いた。
「ヘンリー様。ありがとうございます! 私、嬉しいです!」
「ああ。私も嬉しいよ。カトリーヌ」
ヘンリーが、鼻の下を伸ばしてカトリーヌを抱きしめ返す。
その胸の中でカトリーヌはほくそ笑んだ。
(やったわ。やっと全部私のものになったわ)
もともとカトリーヌ一家は、街の片隅で貧乏な暮らしをしていた。
仕事のできない父の稼ぎが少なかったからだ。
何度も繕った跡のある服を纏い、その日もパンすら困ることがある日々。
そんなある日。
カトリーヌは街でオリビアを見かけた。
美しい服を着て、楽しそうに婚約者と歩く姿を見て、彼女は腹の底から怒りがこみ上げた。
自分がこんな目にあっているのにズルい、と。
その一年後。
オリビアの父母が流行り病で相次いで急死。
父母と共に屋敷に乗り込んだカトリーヌのやることは決まっていた。
「オリビアから全てを奪う」
部屋を奪い、服を奪い、宝飾品を奪った。
婚約者を奪い、母と口裏を合わせてデザインを奪い、家と店から追い出した。
そして、今日。ヘンリーの婚約者の座を正式に奪った。
笑いが止まらないとは正にこのことだ。
ヘンリーが帰った後。
カトリーヌは部屋に戻って引き出しを開けた。
入っているのは、オリビアの部屋から盗み出したデザイン帳十冊。
指輪やネックレス、ピアスも含め、そのデザイン数は二百点以上。
一年間に十作品発表したとしても、二十年は持つ計算だ。
(これで私も天才デザイナーとしてやっていけるわ)
オリビアのデザインはファンが多い。
そのデザインを物にしたカトリーヌは、これでデザイナーとしての安泰が約束されたようなもの。
(あとは銀行札が見つかれば完璧なんだけど、こちらは追々探せばいいわ)
銀行札があれば貯金が下ろせるし、貸金庫の中身も奪える。
それさえ終われば、オリビアにはもう何も残っていない。
彼女は、デザイン帳をしまうと意地悪くせせら笑った。
「ありがとう。お義姉さま。さようなら」
(さあ、これからは薔薇色の人生の始まりだわ)
――ちなみに、この一週間後。
「あ、あったわ!」
「こんな所に隠していたのね!」
カトリーヌと義母は、オリビアの部屋の本棚から銀行札を発見。
二人でスキップするように窓口に行ったところ、
「そのカードは盗難届が出ております」
「おかしいですね。オリビア様ご本人から、ご家族も知らないと言い切っていると聞いていますよ?」
と、厳しく事情聴取される羽目になるのだが、彼女はまだそのことを知らない。