04.ゴードン大魔道具店
本日2話目です。
王都に到着した翌日の朝。
オリビアはホテルを出て、ゴードン大魔道具店に向かった。
(昨日も思ったけど、本当に立派な店だわ)
五階建ての石造りの建物に、金の文字が光る立派な看板。
大きな店が並ぶ通りの中でも、一二位を争う規模だ。
果たして自分なんかが入っていいのだろうか。そんな不安がよぎるが、オリビアは必死で自分を鼓舞した。
(がんばりなさい! オリビア! ここまで来たら行くしかないじゃない!)
軽く息を吐いて、正面の木の扉を開けると、チリンチリン、という軽やかな鐘の音が響き渡る。
店に足を踏み入れたオリビアは、思わず立ち尽くした。
(広っ! まさかこれ全部魔道具なの!?)
鉄道馬車が馬ごとすっぽり入るであろう大きさの一階は、魔道具で埋め尽くされていた。
ここに来れば大抵の魔道具は揃う。そんな印象だ。
入り口の横に設置されたカウンターに座っていた青いスーツの女性が、立ち上がってオリビアに微笑みかけた
「いらっしゃいませ。ようこそゴードン大魔道具店へ。お探しのものがありましたら、ご案内させて頂きます」
オリビアは我に返ると、鞄から父の手紙に同封されていたゴードン宛の封書を取り出した。
「オリビア・カーターと申します。これをゴードンさんにお渡し頂けるでしょうか」
女性は封筒を受け取ると、オリビアを店の隅にある商談スペースらしき場所に案内してくれた。
「こちらでお待ちください。何かお飲みになりますか?」
さすがは都会。飲み物なんて出してくれるのね。と感心しながら、「お構いなく」と丁寧に遠慮するオリビア。
女性が去った後、そっと店内を見回した。
(一階に置いてあるのは生活系魔道具なのね)
天井から吊り下げられている、たくさんのランプのお陰で、店の中はとても明るい。
ランプやドライヤー、髭剃りなど、様々なデザインのものが取り揃えられている。
どの商品も気軽に試せるように置かれており、店員が熱心に説明をしている姿が見える。
とても流行っているらしく、朝だというのに、店内には十人を超える客がいる。
店の規模も人の数も、オリビアの知る魔道具店とは大違いだ。
(外から見るよりずっと凄いわね。まさかこんな大きな店だとは夢にも思わなかったわ……)
彼女は不安になった。
ゴードンとは、父の葬儀で軽く挨拶した程度。
父の紹介状があるとはいえ、田舎から出て来た自分の相手などしてくれるのだろうか。
そこへ先ほどの女性が現れた。
「お待たせしました。店長がお待ちです」
鞄を抱えて立ち上がるオリビア。
案内してくれる女性について、二階に上がる。
「こちらです」
女性がドアを開けると、そこは質素な応接室のような部屋。
中には、ソファにドッシリと座る一人の体格の良い男性がいた。
禿げ上がったピカピカの頭に、わしゃわしゃとした髭。いかにも職人といった風情の豪快そうな中年男性だ。
女性が「お連れしました」と言うと、男性が立ち上がってオリビアに向かって手を差し出した。
「久し振りだな。オリビア。親父さんの葬式以来か?」
「はい。一年半ぶりです。ご無沙汰してます」
慌てて差し伸べられた手を握り返すオリビア。
父に似た大きくてゴツゴツした働き者の手に、どこか安心感を覚える。
ゴードンはオリビアに向かいのソファに座るように促すと、話を切り出した。
「親父さんから話は聞いている。何か困ったことがあって来たんだな?」
「……はい」
「何があった。話してみろ」
「……その。何て言うか、店をクビになりました」
「は!?」
ゴードンが目を見開いた。
「クビになったって、ありゃお前さんの店だろう?」
「父が亡くなった時、私はまだ未成年で。後見人として来た叔父が権利書を書き換えてしまったんです」
「叔父? そんな奴いたのか?」
「はい。父の実の弟で、ずっと疎遠だったんですけど、葬儀が終わった一月後に突然現れて……」
口ごもるオリビアを見て、何があったのか察したらしく、ゴードンが盛大に眉を顰めた。
「……あのジャックっていう従業員はどうした?」
カーター魔道具店には、古参の従業員がいた。
ジャックという名前で、オリビアが父同然に慕っていた腕の良い職人だ。
しかし、父の死後。
義父がどこからか、犬の首輪や門の鍵など、貴族向けの魔道具の仕事を大量にねじ込んでくるようになり、業務量が激増。
オリビアを庇おうと頑張った結果、ジャックは過労で体調を崩し、田舎に帰らざるを得なくなってしまった。
オリビアの話を険しい顔で聞くゴードン。
しばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「……状況は分かった。それで、これからお前さんはどうしたい?」
オリビアは迷わず答えた。
「私は、王都で働きたいと思っています」
ふむ。そうきたか。とでも言うように、ゴードンが顎をなでた。
「王都は厳しいぞ? 覚悟はあるのか?」
試すような言葉に、オリビアは真剣な顔でこくりと頷いた。
この二日間散々考えた結果だ。迷いはない。
そうか。と、目をつぶるゴードン。
逡巡するようにしばらく黙った後。おもむろに口を開いた
「……親父さんの話じゃあ、お前さんは魔石宝飾品を中心に作っていたらしいな」
「はい」
「なんでだ?」
「魔石宝飾品が好きだからです」
即答するオリビアに、ゴードンが口の端に微笑のようなものを浮かべた。
「ふん。なるほど。そりゃ分かりやすいな。腕前を見たいんだが、どうだ。一つやってみないか」
「はい」
オリビアは力強く頷いた。
田舎から出て来たばかりだ。正直自信はない。でも、これから世話になるだろうゴードンには、オリビアの実力を見てもらっておいた方がいい。
ゴードンはニヤリと笑った。
「よし、その意気だ。じゃあ早速始めるぞ」
ゴードンは、立ち上がると、奥に向かう扉を開けた。
奥は、壁一面が棚や引き出しになっている大きな作業場。
中央の巨大な作業台では、職人らしき男性が数名、何か熱心に作っている。
「ここと三階の一部が作業場になっている」
立ち上がって挨拶しようとする職人達を手で制止しながら、説明してくれるゴードン。
中央にある大きな作業台の前にオリビアを案内してくれた。
「そうだな。これでもやってもらうか」
ゴードンが棚から取り出してきたのは、黒いビロードのトレイに乗せられた、青い鳥の羽と、小指の爪ほどの大きさの青いカボーションカットの魔石。
オリビアはトレイの上をマジマジと見た。
「氷鳥の羽と、魔石ですね」
「ああ。どっちも品質はA。持ち主に害が及びそうになった時に魔法が発動する「魔石核」を作るのが、今回の内容だ。発動条件と発動内容についてはこの紙に書いてある」
文字がびっしり書かれた紙を受け取るオリビア。
完全に理解するまで何度も読み込むと、ゴードンを見上げた。
「理解しました。ここで作っても大丈夫ですか?」
「ああ」と返事をして、ゴードンが一歩下がる。
オリビアは作業台に向かうと、トレイに手をかざした。
「<浮遊>」
ふわり。
オリビアの魔力に包まれた羽と魔石が、目の高さまで浮かび上がる。
――彼女がこれからやろうとしているのは、魔石核の作成。
氷魔法を宿した氷鳥の羽から魔力を抽出し、魔石にそれと発動条件を付与する。
この作業のレベルは、難易度にして「やや高」。
氷羽を使った付与は繊細さが求められるため、魔道具師としての技術が試される内容だ。
「<付与効果抽出>」
手際よく氷鳥の羽から魔力を抽出し、魔石に付与していく。
そして、ほどなく作業は終了。
出来上がったのは、最初よりも青みを帯びた魔石。
彼女はそれを指でつまむと、光に透かした。
(石と素材が良いせいか、すごくうまくいった気がする)
「できました」
オリビアが魔石を差し出した魔石を、ゴードンが呆気にとられたように見つめた。
「あいつの娘だから、腕が良いだろうとは思ったが、想像以上だな」
努力してきたんだな。と、ぽつりと呟くゴードン。
受け取った石を色々な角度から丁寧に確認すると、驚愕の表情で固まっている職人の一人に声を掛けた。
「よし。検証するか。付き合ってくれ」
*
三人は店を出ると、裏口から続く地下の階段を降りた。
地下は堅牢な石壁に囲まれており、所々焦げた跡がある。
どうやら魔道具の実験場らしい。
オリビアに壁際で見ているようにと言うと、部屋の中央に立つゴードン。
持ってきた魔石の入った箱をポケットに入れると、一緒に来た職人に声を掛けた。
「よし。じゃあ、やってくれ」
少し離れたところに立った職人が、ボールをゴードンに向かって投げつけた。
ピキピキピキッ
投げられたボールが、ゴードンに当たる直前で凍り付いて地面にポトリと落ちる。
「ふむ。いいな。発動速度も素晴らしい。次行くぞ」
「はい」
ボールの大きさや種類を変えて、試していく二人。
緊張しながら、時には手伝いながら、その様子を見守るオリビア。
そして、約十分後。
ゴードンが頷いた。
「素晴らしい出来だ。付与方法のやり方に一部古い部分はあったが、品質は完璧だ」
肩で息を切らしながら、「いやはや、その若さで大したものです」と職人が呟く。
(良かった。ちゃんとできた)
ホッと胸を撫でおろすオリビアに、ゴードンが手を差し出した。
「よし、文句なしの採用だ! 今日からお前は、このゴードン大魔道具店の職員だ!」
「え?」
「気が付かなかったのか? 今のが採用試験だ」
オリビアは目を見開いた。
「私、ここで働いてもいいんですか?!」
「もちろんだ! むしろ、こんな腕のいい魔道具師を他の店になどやれん!」
真顔で断言するゴードンと、横で、うんうん。と、頷く職人。
オリビアの視界が揺れた。
感謝や安堵など色々な感情が入り混じり、胸がいっぱいで言葉が出ない。
そんなオリビアの背中を、ゴードンが優しく叩いた。
「よし。じゃあ、上に戻るぞ。今後のことを話そうじゃないか」
こぼれそうな涙を隠すように、オリビアが感謝を込めて頭を下げた。
「ありがとうございます! 精一杯がんばらせて頂きます!」
その後。ゴードンは、オリビアに給与や待遇などを説明。
オリビアは、店の五階にある職人寮の一室に住みながら魔道具師として働かせてもらうことになった。
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