03.はじめての王都
(こ、これが王都……!)
ダレガスの街を出て約半日。
空が薔薇色に染まる夕暮れどき。
オリビアを乗せた鉄道馬車は王都に到着した。
到着の合図を聞いて、緊張しながら鉄道馬車を降りるオリビア。
駅舎に降り立ち、目を丸くした。
(っ! 広い!)
見上げるような高い天井に、太い柱、どこまでも続くホーム。
こんな大きな建物は見たことがない。
しかも、祭りの日なんじゃないかと思うほど、たくさん人がいる。
とりあえず外に出ようと、荷物を抱えて「出口」と書かれた看板下の長蛇の列に並ぶ。
不愛想な駅員に切符を渡して駅舎の外に出て。
目の前に広がる光景に、彼女は口をポカンと開けた。
(す、すごい……! 凄すぎる!)
オリビアの住んでいた屋敷が十は入りそうな広大な駅前広場に、見たこともないほど沢山の人が忙しそうに歩いている。
(しかも、建物高っ!)
ダレガスでは、高い建物と言えば三階建て。平屋も多かった。
しかし、ここ王都の建物は見渡す限り全て石造りの五階建てで、区画整理された街に整然と並んでいる。
馬車の窓から見た時も驚いたが、実際自分の足で降り立って見るとそれ以上だ。
「……ダレガスが田舎だって言われる訳だわ」
オリビアは、荷物を持って広場の端に立ち尽くした。
想像をはるかに上回る光景に、驚きと不安が入り混じる。
(……私、こんなところでやっていけるのかしら)
――と、その時。彼女の目に見覚えがあるものが映った。
(……! あれは、魔道具!)
それは石畳の歩道脇に等間隔に立っている街灯。魔力の感じといい、紛れもなく魔道具だ。
見慣れたそれに、ふらふらと引き寄せられるように近づく。
そっと柱部分に手を添えて上を見上げる。
(すごい! 最新式だわ!)
そして気が付いた。
街行く人々が、見たことのない魔道具を身に着けていることを。
(あれって叩いたものを毒判定できるステッキよね! 初めて現物を見たわ!)
(あの人の耳飾り、見たことない! もしかしてこっちで流行ってるのかしら?!)
食い入るように人々の装飾品を見入オリビア。
集中し過ぎて周囲の状況が全く目に入らない。
だから、「もしもし、大丈夫ですか?」と、揺すられて初めて気が付いた。
自分が、道行く人から少し白い目で見られているということを。
(はっ! しまった! 恥ずかしい!)
自分が如何に危ない人間に見えていたかを察し、彼女は顔を赤く染めた。
王都に来て早々にやらかしてしまった気分だ。
そんな彼女を見て、揺すってそれを教えてくれた人物が、ホッとしたような声を出した。
「フラフラと電柱に近づいて動かなくなったので、気分でも悪いのかと思いましたよ」
声を掛けて来たのは、オリビアをマダム呼ばわりした失礼な青年。
彼は帽子を取ると、丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。お嬢さん。先ほどは失礼しました」
「い、いえ。もう気になさらないで下さい。私の方こそ大きな声を出してすみませんでした」
バツが悪そうに目を逸らしながら頭を下げ返すオリビア。
今のを見られていたのは、ちょっとどころか大分恥ずかしい。
青年が礼儀正しく尋ねた。
「失礼ですが、お嬢さんはどこへ行かれるつもりですか?」
「ええっと……」
オリビアは言い淀んだ。
見ず知らずの男性に果たして行き先をペラペラしゃべっていいものか迷ったからだ。
彼女の気持ちを察したのか、青年が安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。先ほどのお詫びにお送りしたいと思っているだけです。こう見えて、王都にはかなり詳しいのです」
彼女は改めて青年を見た。
長身で、細いストライプの入った茶色のスーツに、同系色のハンチング帽子。
帽子から覗く髪の毛は無造作な金髪で、商売人がよくかけている緑色の色眼鏡をかけている。
革製のアタッシェケースと格好から察するに、商人の類だろうか。
年齢は恐らく自分よりも少し上くらい。
顔も含め容姿がとても整っており、どことなく育ちが良さそうな雰囲気だ。
(……さっきも今もちゃんと謝ってくれたし、悪い人には見えないわ)
王都は初めて。右も左も分からない。
詳しい人に送ってもらえるのであれば、その方がありがたい。
幸い荷物もほとんどなく身軽だ。何かあったら走って逃げればいい。
「……では、お言葉に甘えてお願いしますわ。場所はこの紙に書いてある住所です」
ポケットから住所を書いた紙を手渡すと、青年は、ふむ、という顔をした。
「繁華街の中心ですね。ここからだと歩いた方が早そうです。十分ほど歩きますが、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「分かりました。では行きましょう」
青年がゆっくりと歩き始めた。
キョロキョロとその少し後ろを付いていくオリビア。
歩きながらも、見るもの全てが面白くて、目が離せない。
(あの人のネックレス、なんて細工が細かいのかしら。きっと腕の良い職人がいるのね)
(あの腕輪! 防犯機能付きだわ! こっちでは普通に使われているのね!)
道行く人の宝飾品ばかり見ているオリビアを面白そうにながめながら、青年が尋ねた。
「宝飾品に興味があるのですか?」
「宝飾品というよりは、魔石宝飾品ですわね」
「魔石宝飾品! 随分と専門的ですね。失礼ですが、ご職業は?」
「魔道具師です」
聞かれたことを上の空で答えながら、道行くご婦人のピアスを凝視するオリビア。
「ああ。なるほど」と、青年が納得したように頷いた。
「随分熱心に見ていらっしゃいますね」
「ええ。ダレガスでは滅多に見ないようなものばかりなので、とても勉強になります」
そして、街の雑踏を歩くこと十分。
オリビアは、五階建ての立派な店の前に立っていた。
大きなショーウインドウには様々な魔道具が飾られており、立派な看板には「ゴードン大魔道具店」と金色の文字で書いてある。
オリビアは思わず目を見開いた。
(え! こんなに大きいの! うちの店の十倍はあるじゃない!)
店を見上げながら、青年が口を開いた。
「やはりゴードン大魔道具店でしたね」
「ご存じなんですか?」
「ええ」
「有名、なんですか?」
「有名もなにも、王都でも一二を争う魔道具店ですからね。ここで働かれるのですか?」
「……いえ。ええっと。そういう訳ではないんですけど……」
オリビアは自信なさげに目を伏せた。
魔道具師として、それなりに経験を積んできた自負はある。
父から受け継いだ技術にも自信がある。
でも、所詮は田舎の魔道具師。
何もかもが進んでいる王都でやっていけるんだろうか。
そんな彼女を見て、青年が目を細めた。
「心配いらないと思いますよ」
「え?」
「あなたなら王都でもどこでも何の問題もないと思いますよ。こう見えて私、人を見る目には自信があるのです」
微笑む青年。
そして通りの奥にある建物を指さした。
「あそこのホテルは安くて食事が美味しいと評判です。お勧めですよ」
そう言うと、「では、私はこれで」と、踵を返して颯爽と歩き出す。
我に返ったオリビアが呼び止めようとした時には、すでに人混みの中に消えてしまっていた。
彼女は溜息をついた。
ホテルまで教えてもらったのに、お礼を言う暇もなかった。
(マダム呼ばわりされたのはアレだったけど、普通に親切ないい人だったわ)
申し訳ない態度をとってしまったわ、反省するオリビア。
もしも会う機会があったら、改めてお礼を言いたい。
その後。
その日は、さすがに夕方からの訪問は良くないと、オリビアは教えてもらったホテルにチェックイン。
翌日午前中に再訪問することにした。
異世界の話ではありますが、イメージ的には、街や人々の服装はビクトリア朝な感じです。
スーツにドレスの世界。ああ、画力が欲しい。
本日はあと2話ほど投稿しようと思います。