【Web特別編】オリビア、にくきゅうに魅了される1/3
今回も全3話になります!
・オリビアの店が軌道に乗り始めたあたりの話です。
・友人のサリーとは、赤毛に白スーツがトレードマークの元気の良い女性で、「サリー・ブライダル・ショップ」という店を経営しています
・ロッティは店の従業員、エリオットはディックス商会の息子ということになっています
それは、柔らかな春風が心地良い、よく晴れた午後のことだった。
オリビア魔石宝飾店の、魔石宝飾品が美しくきらめく洒落た店内にて。
友人のサリーがゆったりとしたソファに腰かけて、紅茶を口にしながら、正面に座るオリビアに問いかけた。
「ねえ、オリビア、猫の魔石宝飾品って、何か作れないかしら」
オリビアは首をかしげた。
「猫のって、猫の首輪みたいな感じ……?」
「そっちじゃなくて、人間が身に付けられる方よ」
サリーの話によると、最近若い女性の間で猫を飼うのが流行りつつあるらしい。
「自分の猫が可愛すぎて、その子をモチーフにしたアクセサリーを身に付けたいっていう人、増えているのよ」
そうなのね、とオリビアはうなずいた。
「確かに、最近、猫の形のものはないかって聞かれた気がするわ」
「でしょ。私の勘では、近いうちに流行ると思うのよね!」
カウンターに並ぶ魔石宝飾品を眺めながら、オリビアは「ふむふむ」と考え込んだ。
流行に関するサリーの勘は当たる。
きっと近いうちに猫をモチーフにした物が流行るに違いない。
(ちょっと考えておこうかしら)
サリーが帰った後、オリビアはさっそくデザイン帳を開き、ペンを手に取った。
猫をモチーフにしたアクセサリーのデザインを描こうと考える。
――しかし、5分後。
「……困ったわ、いいアイデアが浮かばない」
オリビアはため息をつきながら、ペンを机の上に置いた。
猫の形のチャームやペンダントなど、いくつか思いつくものはあるが、どれもピンとこない。
「原因は、多分、わたしが猫というものをよく分かっていないからだわ」
王都の街には猫が多い。
外に出れば1度は見かけるし、日によっては3回くらい遭遇することもある。
ひょいと路地裏をのぞいたら、猫たちが集まって会議をしていた……なんて光景も珍しくない。
だから、知っている気になっていたが、改めて考えると、ただ遠くから眺めていただけで、形や毛並みといった外見以外のことは知らない気がする。
「きっと、わたしに必要なのは猫の研究だわ」
――という訳で、オリビアは猫を研究することにした。
*
翌日の午後、オリビアは仕事を一段落させると、店員のロッティに、
「ちょっと外に出て来るわね」
と言うと、小さめのスケッチブックと鉛筆を持って外に出た。
外はよく晴れており、道行く人々の顔もどこか楽しげだ。
「外出日和って感じね」
オリビアは思い切り伸びをすると、ラミリス通りをのんびりと歩き始めた。
春の陽気の中、街路樹の若葉が春風に静かに揺れているのを見ながら、春っていいわねえ、と小さくつぶやく。
そして、歩くことしばし。
「……いたわね」
オリビアは、一匹の白黒の猫を見つけた。
日当たりの良い石の階段の片隅で気持ちよさそうに昼寝をしている。
オリビアはそっと猫に近づいた。
音を立てないように猫の前にしゃがみ込む。
その気配に気が付いたのか、猫が眠そうに片目を開けた。
オリビアをチラリと見て、面倒くさそうに目を閉じる。
(まあ、可愛い外見に似合わずふてぶてしい感じだわ)
オリビアは少しおかしくなりながら、スケッチブックを開いた。
鉛筆を取り出して、猫をスケッチし始める。
(こうやってマジマジと見ると、結構面白いわね)
手足はクリームパンみたいだし、片方の足だけ白くて、まるで靴下を履いているようだ。
そして、その手がどうなっているのかそっと覗き込み、オリビアは目を丸くした。
(あら、なんかピンクの丸いのがついているわ)
人間でいう足の裏の部分に、何かピンクの丸いものがついているのだ。
何となくぷにぷにしているように見える。
オリビアは意外に思った。
外を歩くから、てっきり足の裏は固いかと思いきや、まさかこんなぷにぷにだったとは。
(ちょっとよく見てみたいわ)
オリビアは身を乗り出すと、猫がパッと目を開けた。
うろんげにオリビアを見ると、さっと立ち上がってスタスタと歩き去ってしまう。
その後姿を見送りながら、オリビアは何となく怒られたような気持ちになった。
無理に見たらいけないものだったのね、と思う。
(でも、あのピンクのぷにぷに、ちょっと興味があるわ)
オリビアはその足で図書館に向かった。
静かな図書館で図がたくさん載っている猫の本を探し出し、椅子に座って本を開く。
そして、パラパラとページをめくり、つぶやいた。
「これだわ」
そこには猫の手足の図解があった。
猫のクリームパンのような手足の裏側は、小さなピンクのぷにぷに4つと、大きめのぷにぷに1つが付いており、『にくきゅう(paw)』と呼ばれているらしい。
(にくきゅう……、なんだか心が躍るような名前だわ)
本によると、触り心地は見掛け通りぷにぷにとしており、状態によって健康かどうか分かったりするらしい。
オリビアの脳裏に、先ほどの路地裏の猫が浮かんだ。
確かに、とてもぷにぷにとしていた。
(……さわってみたい)
そんなことをボンヤリ思うものの、オリビアはぶんぶんと首を横に振った。
オリビアがやらなければならないのは、猫をモチーフにしたデザインの研究であって、にくきゅうを触ることでは断じてない。
(でも、さわれるものなら、さわってみたい……)
そんなことをボーッと考えながら、オリビアは図書館から出て、ゆっくりと店へと戻っていった。
◇◇◇
翌日、オリビアは納品のためにサリーの店へと向かった。
サリー・ブライダル・ショップ内にある、ピンク色の大人可愛い執務室に通され、納品を済ませてサインをもらう。
そして、いつも通りお茶を飲みながら、オリビアは前日に会った猫について話した。
足の裏の「にくきゅう」の魅力について話すと、サリーがくすくすと笑った。
「オリビアも“にくきゅう”の虜になっちゃったのね」
「虜?」
「ええ、猫が好きな人は、みんなあの“にくきゅう”が大好きなのよ」
サリーによると、好きすぎて、ついつい匂いを嗅いでしまうかなり尖った趣味を持っている人もいるらしい。
オリビアは思わず噴き出した。
「そうよね、あんなにぷにぷにしているんだもの。みんな好きよね」
「ええ、多分猫の好きなパーツランキングの中で人気ナンバー1じゃないかしら」
サリーによると、猫自慢をする人は、大体、瞳、毛並み、「にくきゅう」の3つを自慢するらしい。
ふむふむ、と話を聞いていたオリビアの頭の中で、突然何かが繋がった気がした。――そうだ! とひらめく。
「ねえ、にくきゅうのチャームとかどうかしら? 自分の猫のにくきゅうの型をとってオーダーできるの。そこに猫の瞳と同じ色の魔石付けるとか」
サリーが目を見開いた。
「いいいじゃない! きっとみんな喜ぶわ! でも、できるの?」
「型をうまくとる方法を見つけられれば、たぶんできると思うわ」
なるほど、とサリーがうなずいた。
「猫が嫌がらない方法で型を取る感じになるのかしら」
「そうね、たぶんそこが難しいところだと思うわ」
その後、2人は猫のチャームの話に花を咲かせた。
お金持ちで猫をいっぱい飼っているお貴族様は、いっぱい作りたがりそうね、など楽しく会話をする。
――そして、約1か月後。
あと2話続きます
※本SSは、書籍3巻には含まれていないWeb版オリジナルの内容になります