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【4月10日 書籍3巻発売!】オリビア魔石宝飾店へようこそ ※Web版  作者: 優木凛々
第一部 婚約破棄されて追い出されたので、王都に行くことにしました
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02.私、マダムじゃありません!


 銀行から出てすぐ、オリビアは鉄道馬車の駅に向かった。


 鉄道馬車とは、地面に敷かれた二本のレールの上を走る馬車のことだ。

 レールの上を走るため、とても早く、通常二日はかかる王都まで十時間弱で行ける。


 オリビアが、駅の受付で「王都に行きたい」と告げると、眼鏡の受付嬢がテキパキと言った。



「次の便は三時間後になりますが、よろしいでしょうか」


「はい。お願いします」



 四人家族が半月暮らせるほどの金額を支払って、切符を買うオリビア。

 大急ぎで街の外れにある墓地に向かい、父母の墓前に「行ってきます」の挨拶を済ませる。

 そして、再び駅舎に戻って改札を済ませると、簡単な屋根の付いたホームに入った。


 ホームには複数の鉄道馬車が並んでおり、人々が忙しそうに乗り降りしている。



(王都に行くのは初めてだわ。物凄い都会だって聞くけど、どんな感じなのかしら)



 オリビアが不安と期待が入り混じった気持ちで立っていると、後ろから男女の声が聞こえてきた。



「そこの素敵なお兄さん、どこに行くの?」


「こんにちは。素敵なお嬢さん。家に帰るところですよ」


「まあ、またこっちに来るのかしら? 一緒にお食事でもと思ったんだけど」


「嬉しいお誘いですが、こちらにはもう来ないのですよ」


「あらあ。残念だわあ。じゃあ、これからどう?」



 男女の軽い会話に、オリビアは思わず眉を顰めた。

 頭の中に浮かぶのは、元婚約者ヘンリーと義妹カトリーヌの顔。



(何かしら。今、一番聞きたくない会話のような気がするわ)



 イライラする気持ちを隠すように、帽子を目深に被って目をつぶっていると、



 ジリジリジリジリ



 けたたましいベルの音と共に、係員の声が響き渡った。



「王都行、到着! 王都行、到着!」



 客車二両をひいた大きな馬四頭が、彼女が立っているホームめがけて走ってくる。



(……!)



 そのあまりの迫力に、思わず後ろによろけるオリビア。

 後ろに倒れないようにと、必死に足を踏ん張ろうとした、その時。




「おっと」



 力強い腕が彼女の背中を抱きとめた。



「大丈夫ですか?」



 続いて振ってくる若い男性の声。


 支えてくれた腕を頼りに何とか体勢を立て直すと、オリビアは慌てて頭を下げた。



「あ、ありがとうございました。お陰で転ばずに済みました」


「いえいえ。どういたしまして。お怪我がなくて何よりです。マダム」


「…………は?」

 


 オリビアが俯いた体勢のままピシリと固まった。



「え? いえ。マダムが無事で良かったと思いまして……」



 オリビアの険のある反応に、男性が戸惑ったような声を出す。



 ――その男性が、後ろで軽口を叩いてオリビアをイライラさせた男だったせいか。

 マダムというのが「三十過ぎの既婚女性」を指す言葉だったせいか。

 はたまた、公園で眠れぬ夜を明かして気が立っていたせいか。


 気づけばオリビアは、自分より頭一つ以上大きな男性を思い切り睨みつけていた。

 彼女の若さに気付き、息を飲む男性。



「私、マダムじゃありません!」


 ヒヒーン!



 オリビアの叫び声と馬の嘶く声が、駅構内に響き渡った。




 *




 男性に「本当に申し訳ありませんでした」と謝り倒された後、オリビアは二台あるうちの男性とは別の客車に乗り込んだ。


 客車は細長く、左右に六人掛けの長椅子が設置されている十二人乗り。

 ピークの時刻を過ぎたせいか、乗車したのはオリビアを含め七人で、かなり余裕がある。


 オリビアは端の席を陣取ると、壁に寄りかかりながら溜息をついた。



(ついカッとなってしまったわ。あんな風に大声を出すなんて、いくら失礼なことを言われたとはいえ、良くなかったわ)



 そして、反省と同時に、自嘲気味に笑った。



(……それに、マダムって言われても無理ないかもしれないわね)



 今のオリビアの服は、良く言えば流行に左右されない、悪く言えばダサめの服。

 お洒落をした時期もあったが、従業員が突然辞めてしまってから身なりに構う暇もなく、こんな格好をするようになった。


 加えて、昨日ほとんど眠れていないことから、彼女はとても疲れていた。


 ダサい服に、疲れた後姿。

 男性が『マダム』だと思ったのも不思議ではないのかもしれない。



(……私がこんな風だから、ヘンリー様もカトリーヌを選んだのかもしれないわね)



 走り出した鉄道馬車の外を眺めながら思い出すのは、元婚約者ヘンリーのこと。


 今から五年前、オリビアが十五歳の年。

 彼女がデザインした魔石宝飾品――指輪が、その斬新なデザインを評価され、王都の名誉ある大会で大賞を受賞した。


 彼女の受賞に街は沸いた。

 街は名産である時計のデザインをオリビアに依頼。

 そのセンスがとても良かったことと、毎年新デザインを出すことから有名になり、街の時計の売り上げは飛躍的に伸びた。


 これに目を付けたのが、ヘンリーの父親であり、街と周辺を治めているベルゴール子爵。

 彼はオリビアの才能を自分の家に取り込もうと考えた。



「娘さんのセンスは素晴らしい。是非、我が息子ヘンリーと婚約して欲しい」



 オリビアの父は準男爵。子爵との身分上の差は二段階。


 通常、貴族の婚姻は身分差が一段階まで。

 ヘンリーが四男とはいえ、子爵と準男爵の子供同士の結婚は難しいが、オリビアの大賞受賞でこれをカバー。

 二人はめでたく婚約した。


 当時のことを思い出し、オリビアは溜息をついた。



(ヘンリー様は見目が良いから、最初会った時は本当にドキドキしたわよね)



 婚約後、二人は子爵の指示の元、交際を開始した。

 お互いに誕生日プレゼントを贈り合い、月一度程度外に出かける。


 出かけた際は、ヘンリーが主にしゃべり、オリビアは聞き役。

 ヘンリーは人当たりが良い反面軽い男で、下らない話がほとんどだったが、知らない世界の話も多かったため、彼女は悪くない時間を過ごすことが出来た。


 特に波風の立たない平和な関係を続けながら、オリビアは思った。

 容姿も素敵だし、一緒にいて悪い気持ちにならない。結婚するには申し分ない相手なのかもしれないわ。と。


 しかし、婚約の翌年。

 父母が流行り病で相次いで亡くなり、叔父家族が家に乗り込んできてから状況が一転。

 ヘンリーの態度が徐々に変わり始めた。


 月一度の訪問が、二カ月に一回、三カ月に一回と減っていき、誕生日プレゼントもなし。

 カトリーヌと仲良く歩いていたという噂が耳に入り始め、最後は婚約破棄を言い渡された。

 


(平気なフリはしたけど、やっぱりショックよね……)



 確かに自分の容姿は一般的だ。

 黒に近いグレーの髪は地味だし、目もよく見る青色。顔立ちも背格好も極めて普通だ。

 カトリーヌのような人目をひく容姿はしていない。

 でも、今まで勉強や仕事をしっかりやってきたという自負があった。



(でも、そんなものは関係なかったのね)



 ヘンリーが選んだのは、自分が着飾ること以外興味のない嘘つきカトリーヌ。

 今までの自分の努力に価値がないと突き付けられたような気分だ。



(……何なのかしらね。このやるせない気持ちは)



 鼻の奥がツンとなってきて、慌てて窓の外を見るオリビア。



 馬を何度か交換しながら、王都を目指して進む馬車。


 そして、進むこと九時間。

 空が薔薇色に染まり始めるころ。


 オリビアを乗せた馬車鉄道は、王都に到着した。







<貴族の階級>

騎士爵→準男爵→男爵→子爵→伯爵→侯爵→公爵


※結婚は一段階差まで、理由があれば二段階差もOK

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