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オリビア魔石宝飾店へようこそ ※Web版  作者: 優木凛々
第三部 義妹と元婚約者の結婚式に出ることになりました

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34/44

20.運河のほとりで


※8/26 9:20

一話目に「登場人物紹介」を新規挿入しました関係で、この話が「最新話」として表示される可能性があります。


 吸い寄せられるように、運河沿いの歩道に向かう階段を降りるオリビア。

 そして、置いてあるベンチに座って休憩しようと歩き始めた、――その時。



「オリビア!」



 響き渡る聞き覚えのある声。

 慌てて振り向くと、階段の上に肩で息をするエリオットが立っていた。



(……っ!)



 反射的に走り出そうとするオリビア。



「待ってください!」



 エリオットが切羽詰まった声を出した。



「追いかけたりして本当にすみません。本来は出直すべきだと思うのですが、今日あなたと話せなかったら、もう会えない気がして」



 勘が良いわね。と、走り出す格好のまま、オリビアは目を横に逸らした。

 正にその通りのことをしようとしていた。



「長い間待たせて本当に申し訳なく思っていますし、虫が良い話だとも思います。でも、どうか、話を聞いてもらえませんか」



 エリオットの縋るような目を見て、「こんな時までかっこいいなんてズルい」と、溜息をつくオリビア。


 本音としては、もっと自分の心が落ち着くまで時間を置きたい。

 でも、今ここで彼を拒否するのは何かが違う気がする。

 ここまで来たんだ。覚悟を決めよう。



「……分かったわ」



 ありがとうございます。と、ホッとした声を出すエリオット。

 階段を降りてゆっくりと近づいてくる。


 その様子を視界に収めつつ、オリビアは俯いて緊張をほぐすように息を吐いた。

 そして、覚悟を決めて、正面に立ったエリオットを見上げて。



「えっ!」



 彼女は口をポカンと開けた。



「ど、どうしたのよ! エリオット! 傷だらけじゃない!」



 風でなびいた前髪の下に見えるのは大きな痣。

 よく見ると、顔の横にも痣があり、他にも小さな傷がいっぱいある。

 まくった袖から見える腕や手も同様で、右の腕には包帯まで巻いてある。



「……これでも随分見られるようにはなったんですが。……まあ、色々ありまして」



 エリオットが、少し気まずそうに視線を逸らす。

 とりあえず座りましょう。と、呆気にとられるオリビアをベンチに座らせると、少し間を空けて自身も座る。

 そして、体をオリビアの方に向けると、頭を下げた。



「まずは、改めてお詫びさせてください。ダレガスでは怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」



 こっちこそ助けてもらったお礼を言えずにごめんなさい。と、同じく頭を下げるオリビア。



「事件のことはどのくらいご存じですか?」


「文官の方に大体聞いたわ。エリオットも手紙に色々書いてくれていたし、何があったかは理解しているつもりよ。

――それよりも、どうしてそんな傷だらけなの? 一体何があったの? 来るのが遅くなったことと関係しているのよね?」



 オリビアの気が気ではない、といった視線を受け、バツが悪そうな顔をするエリオット。

 そして、「まずはそちらから先に話しましょうか」と、呟くと。

 正面に見える夕暮れの運河を眺めながら、ゆっくり口を開いた。



「ダレガスから帰ってきた後。フレランス家に行きましてね。家族に『オリビア・カーター準男爵令嬢に求愛するつもりだ』と宣言したのです」


「……っ!」



 想像もしていなかった言葉に、オリビアは目を見開いた。



(は? え? 求愛!? 家族に言った⁉)



「以前話した通り、フレランス家は武闘派でしてね。案の定、父親が『自分の意思を通したければ、俺を倒してからだ!』と言い出しまして、戦ってきました」


「戦ってきた」


「ええ。戦いまして、結果、父には勝ちました。確かに手練れですが寄る年波には勝てないようで、三日かかりましたが、打ち合いの末に何とか勝利しました」



 何と言っていいか分からず、「そ、そうなのね」と相槌を打つオリビア。



「ええ。でも、次に一番上の兄が出てきましてね。『次期公爵の俺を倒さなければ、認められん』とか言い出しまして。……まあ、反対というよりは、単に私と戦いたかっただけだと思いますけど」


「……はあ」


「でも、こちらが厄介でしてね。父と違って体力もありますし、剣の腕も私よりやや上。五日経っても勝てなくて、最後は奥の手を使いました」


「奥の手」


「はい。防御を捨てて挑みました。お陰で勝ちはしましたが、顔が腫れあがる羽目になりました」



 さすがにあの顔では来れなくて、そこから数日間、必死で顔を冷やしました。

 と、頬の痣をさするエリオット。


 オリビアは呆気にとられた。


 魔法で傷を回復できるのは精々月に数回。


 恐らく他の怪我が酷かったので、表面上の痣や傷に魔法が回りきらず、自力で治さざるを得ない羽目になったのだろう。



「……だから時間がかかったのね」


「遅くなって申し訳ありません。でも、ケジメを付けてから会いに行かないと、無責任だと思ったのです」



 そう言うと、ふう、と息を吐くエリオット。


 春にしては冷たい風が、彼の金髪をそっと揺らす。


 そして、彼は端正な顔に覚悟の表情を浮かべると、

 ベンチに座るオリビアの前に跪き、真摯な瞳で彼女を見つめた。



「オリビア。ずっと貴女のことが好きでした。どうか、これからも私と一緒にいてくれませんか」


 

 オリビアは思わず息を呑んだ。

 音が消え、まるで世界に二人しかいないような感覚が彼女を襲う。

 感じるのは、身が震えるほどの喜び。


 しかし、彼女は切なそうに目を伏せた。



「……私は準男爵の娘よ。あなたの足を引っ張ってしまうわ。あなたもきっと苦労する」



 エリオットが微笑んだ。



「人生とは苦労するものですよ」


「でも」


「それに、何か言う者がいれば黙らせます。さすがに今回のように戦う訳にはいきませんが、方法は色々あるものですよ」


「……でも、私は魔道具師よ。貴族の奥様にはなれないわ」



 辛そうに俯くオリビアに、エリオットが微笑んだ。



「もちろん知っていますよ。ひたむきに努力する貴女をずっと尊敬してきました」



 俯く彼女の小さな手を、自分の手で優しく包み込むエリオット。

 顔を上げたオリビアを、真摯な瞳で捉えた。



「貴女が魔道具師であることも、オリビア魔石宝飾品店の店長であることも、準男爵家の娘であることも、全部ひっくるめて愛しています。私に貴女と貴女の大切なものを守らせて下さい」



 どこまでも真っすぐなアメジストのような瞳が、オリビアの心を強く揺さぶる


 オリビアの視界が揺れる。

 温かい物が胸の奥からこみ上げてくるのを感じながら、彼女は潤んだ目を細めて微笑んだ。



「私、方向音痴よ。今日みたいにすぐに迷ってしまう」


「知っていますよ」


「……よく食べるわよ?」


「ええ。そんなあなたが好きになったんです」



 柔らかく微笑むと、オリビアの手に愛おしそうに口づけをするエリオット。

 その紫色の優しい瞳を見つめながら、オリビアは強く思った。

 私もこの人と一緒に居たい。この人の全てを受け入れたい。

 

 その時、二人の間を冷たい風が吹き抜けた。

 オリビアの髪の毛が風で舞う。


 エリオットが慌てたように立ち上がった。



「今日は冷えますね。体を冷やすと良くありません。とりあえず戻りましょう」



 こくりと頷きながら立ち上がるオリビア。

 そして、少し黙った後、耳を赤く染めながら小さな声で呟いた。



「こういう時に、なんて返事をしたら良いか分からないんだけど。……私も、あなたと一緒に居たいわ」


「……っ」


 

 感極まったように、その腕の中にオリビアを引き入れて、ぎゅっと抱きしめるエリオット。

 オリビアが、その背中にそっと手を回す。


 淡い紫色に染まった空に、星が瞬き始める。

 風に乗って遠くから聞こえるのは、時刻を知らせる鐘の音。


 運河が、抱き合う二人を見守るように静かに流れていた。









 ――その後。


 ベルゴール子爵とその関係者、および叔父家族の裁判が行われ。

 ベルゴール家は取り潰し。

 主犯格の子爵と叔父は終身強制労働。

 叔母とヘンリー、カトリーヌの三人は辺境の開拓地に送られることとなった。



 あのオリビアに「囮役お疲れ様です」と言った騎士は、調べに対して、


「ベルゴール子爵家に対する囮捜査の話が出ていたので、彼女を上手く活用したのかと思った」


 と、供述。

 始終まるで何が悪いか分かっていない態度だったため、

 

「人を助け守り、導く地位にありながら、思い込みによって根も葉もない出鱈目を吹聴して人を傷つけた」

「騎士としての道徳心に欠けており、ふさわしい人格からは程遠い」


 として、停職および罰金、降格処分となり、騎士の下部組織である衛兵からやり直すこととなった。




 また、オリビアはエリオットと共にフレランス家を訪問。


 突然始まった決闘に翻弄されつつも。


 一先ず、フレランス家の持つ子爵位をエリオットが継ぐ方向で調整。

 オリビアが魔道具師として手柄を立てて叙爵を受け次第、それ以上の爵位を継がせる、ということになった。(※①)


 


※①

8月31日

感想欄にて質問が多かったため、やや詳しく書きました。

修正前「エリオットの爵位の調整も含め検討していくことになった……云々」。


公爵家などの上位貴族は、伯爵位、子爵位などを複数持っており、子供や親戚に継がせることができます。



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― 新着の感想 ―
 騎士もバッチリ罰を受けたようで良かった。
[気になる点] 兄弟が次々出てくるかと思った……。 しかし、求婚じゃなくて求愛でバトル始まっちゃうのか。 ……趣味でやってるな……。 [一言] 結婚とか婚約後に昇格(昇爵)じゃなくていいの?
[一言] ベラベラお喋り騎士に怒り心頭だったので、的確な処分嬉しいにつきますm(__)m
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