18.事の顛末
本日2話目です。
王都に帰って来てから丸一日。
オリビアはひたすら眠った。
もともと休む予定だったし、とにかく猛烈に疲れていたからだ。
と、いっても、ずっと熟睡できた訳ではなく、夢とも現実とも分からぬ悪夢を見て、何度も汗だくで飛び起きては、再びベッドにもぐりこむ、の繰り返し。
そして、帰宅から二日目。
ようやく起き上がったオリビアの元に、制服を着た文官らしき男性が訪ねて来た。
ダレガスで起きたことについて事情を聞きたいらしい。
思い出すのも辛かったが、これも義務だと思って付いて行くと、そこは騎士団の建物。
応接室のような場所に案内され、文官姿の男性二人に色々なことを聞かれた。
・ヘンリーとの婚約のこと
・叔父が店を乗っ取った時のこと
・叔父が持ってきた貴族向けの仕事のこと
・ベルゴール子爵のこと
時々顔を顰めながらも、淡々と答えるオリビア。
そして、聴取が終わり。
オリビアが「一体ダレガスで何があったのですか」と尋ねると。
文官二人が顔を見合わせて頷き合った。
「被害者でもありますし、あなたには大体の事情をお話させて頂こうと思います。他言無用でお願いしますよ」
オリビアが「はい」と頷くと、文官の一人がおもむろに口を開いた。
「二年ほど前から世間を騒がせている『銀行札の偽造事件』をご存じですか」
そう問われ、彼女は思い出した。
王都に来る前に、銀行でそんな話を聞いた気がするわ。と。
「はい。聞いたことがあります」
「それは話が早くて助かります。実は、あの事件の主犯はベルゴール子爵だったのです」
「……っ!」
予想外の話に、オリビアは目を見開いた。
文官の話では、子爵が隣国から銀行札偽造技術を密輸し、監禁していたジャックに偽造させていたらしい。
「それと、先ほど、カーター準男爵がジャックさんに『貴族向けの犬の首輪』を作るように指示していた、と言っていましたね」
「はい」
「ベルゴール子爵は様々な違法行為に関わっていましてね。それは、奴隷売買に使われる隷属の首輪だったことが分かっています。ジャックさんはそれに気が付き抗議したところ、拉致監禁されたようです」
とんでもない話に呆気にとられながらも、彼女は思い当たった。
「……もしかして、叔父がカーター魔道具店を乗っ取ったのは」
「ええ。こちらも子爵の差し金だったようです。そもそも叔父が姪の財産を書き換えて奪うのは法律違反です。その土地の有力な貴族が絡まなければ不可能です」
ジャックが役所に抗議に行って、何度も門前払いを食らったことを思い出すオリビア。
あれは子爵が手を回していたのだろうと思い当る。
文官が続けて口を開いた。
「犯罪を働くには腕の良い魔道具師が必要だったが、あなたもお父さんも出所の怪しい仕事は受けなかった。だから、使いやすそうな、あなたの叔父に声をかけたようです。あなたの叔父も相当お金に困っていたようで、二つ返事で引き受けたそうです」
「……そうだったのですね」
「ええ。当初は、信用のある老舗の魔道具店を隠れ蓑にして偽造や違法製造をしようと考えていたようですね。有能な魔道具師であるジャックさんを監禁して働かせることで、その必要はなくなったようですが」
文官によると、その叔父夫婦も違法行為を幇助したとして、厳しい取り調べを受けているらしい。
カトリーヌも重要参考人として軟禁されているという。
そして、話が終わり。
文官たちに見送られて、一人帰りの馬車に乗り込んだオリビアは、席でうずくまりながら頭を抱えた。
(……もう訳が分からないわ。頭がパンク状態よ)
いっぺんに色々起こり過ぎて、訳が分からない。
普通に真面目に生きている自分が、まさかこんな大事件の渦中にいたとは夢にも思わなかった。
気持ちも心も整理出来ない。
(いつもだったら、サリーやロッティに相談するんだけど……)
彼女達に話を聞いてもらいたいとは思うものの、彼女は迷っていた。
(エリオットがフレランス公爵家の人間だって、多分秘密だと思うのよね)
騎士団員であるニッカは知っているのかもしれないが、サリーとロッティは今までの言動からして確実に知らない。
事情を知らない彼女達に相談するのはダメな気がする。
はあ。と溜息をついて、馬車の窓から街を眺めるオリビア。
夕日に照らされた街を見ながら思い出すのは、エリオットのこと。
(……こんな状況でも会いたくなるなんて、私、本気でエリオットのこと好きだったのね)
何度も溜息をつく。
そして、店に戻り。
「ついでだからロッティに帰ってきたと報告しよう」と思いながらドアを開けると、そこには心配そうな顔をしたサリーが座っていた。
「オリビア! 良かった! 無事だったのね!」
ホッとした表情を浮かべるサリーを見て、オリビアは目をパチパチさせた。
(なんで私が戻っていることを知っているの?)
彼女の疑問を察したのか、ロッティが答えた。
「店の前から馬車に乗り込むのが見えましたので、サリー様にお知らせしました」
相変わらず有能ね。と、苦笑いするオリビア。
その顔色の悪さに気付き、サリーが目を見開いた。
「オリビアったら、よく見たら真っ青じゃない! どうしたのよ!」
まあ、ちょっと色々あったのよ。と、オリビアが目を伏せる。
サリーの目が真剣になった。
「何があったのか、聞かせてちょうだい」
*
三人は、店を閉めると、裏の作業部屋に移動した。
紅茶を淹れてくれるロッティをながめながら、オリビアはポツポツと話をし始めた。
話すかどうか迷ったのだが、自分一人で抱えきれなかったし、誰かに聞いて欲しかったのだ。
話した内容は、
・結婚式で、元婚約者のヘンリーと結婚させられそうになったこと
・断ったところ、オリビアが攫われ、エリオットと騎士団が助けてくれたこと
・送ってくれた騎士に「囮になって頂いてありがとうございました」と、言われたこと
・騎士の言葉にショックを受けて、エリオットを置いて帰って来てしまったこと
エリオットがフレランス公爵家だと分かる箇所と、先ほど文官から口止めされた事柄については、「事件性があるから言えないの」と、ぼやかして話す。
眉間に皺を寄せながら聞くサリーと、紅茶をテーブルの上に並べながら黙って耳を傾けるロッティ。
そして、話が終わると。
サリーが「なんてことなの」と、痛ましそうな顔でオリビアの手を握った。
「辛かったでしょう。オリビア。本当に酷い目に遭ったわね。聞いているだけで涙が出そうだわ」
そして、怒りの表情でテーブルをダンと叩いた。
「エリオットのヤツ! 許せない! 最低だわ!」
怒り狂うサリーの横で、ロッティも沈痛な顔で頷いた。
「こんな酷い話は聞いたことがありません。よくぞご無事で」
オリビアの目が潤んだ。
心が癒されていくのを感じる。
その後。ぽつりぽつりと結婚式の様子などを話していくオリビア。
熱心に話を聞く二人。
そして、ようやく全ての話が終わり。
考えるように黙っていたロッティが口を開いた。
「……しかし、不思議な話ですね。オリビア様に対して『超』がつくほど過保護なエリオット様が、オリビア様を囮にするなんて」
こくりと頷くオリビア。
彼女も未だに信じられない気分だ。
サリーが呟いた。
「確かに、聞けば聞くほど変な話だという気がしたわ。ニッカから囮作戦の話は何度か聞いたことがあるけど、囮役は変装した女性騎士が務めているみたいなのよ。オリビアみたいな素人を囮にするとは思えない」
「確かにそうですね。ある程度自衛できる人間ではないと、いざという時に逃げられないですしね」
「そうなのよ。それに、私も思ったわ。オリビアを囮に使うだなんて、エリオットらしくないなって」
オリビアは目を伏せた。
(冷静に考えてみると、彼女たちの言う通りだわ。確かに色々変だわ)
この二年間。エリオットはいつもオリビアを助けてくれた。
落ち込んだ時は励まし、やりたいことがあれば力になってくれた。そこに嘘や打算は一切なかった。
身分や職業を隠していたが、それ以外は誠実だったと思う。
(色々なショックが重なって、私、冷静じゃなかった。本人から直接事情を聞くべきだったわ)
オリビアは、ふう。と、大きく息を吐いた。
話を聞くのは正直怖い。
もしも本当に囮として考えていたならば、立ち直れないほどショックを受けるだろう。
でもきっと聞かなければ分からないこともたくさんある。
彼女は、心配そうな顔をする二人に感謝の目を向けた。
「ありがとうね。話を聞いてもらって少し冷静になれたわ。少し怖いけど、エリオットが戻ってきたら、直接事情を聞いてみるわ」
「そうね。それがいいと思うわ。私もニッカに聞いてみるわ」
うんうん。と頷くロッティ。
その後。
サリーとロッティの提案で、三人は店を閉めて外出。
近くのお洒落な店で、お疲れ様会を兼ねた女子会を開催。
夜が更けるまでおしゃべりをした。
本日はこれで終了です。
明日また2話投稿します。
誤字脱字報告ありがとうございます。
感謝しております。(*' '*)




