17.ご協力感謝します
本日1話目です。
(エリオット……? なぜここに?)
思わず目を見開くオリビア。
ベルゴール子爵も同じくらい驚いたらしく、驚愕で顔をゆがめている。
オリビアの姿を見て、ホッとした表情を浮かべるエリオット。
床に這いつくばる叔父には目もくれず部屋に入ると、完全なる無表情で子爵を見下ろした。
「随分と馬鹿にしてくれますね。手段を選ばない危ない男だとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ」
「こ、これは違うのです! これはこの娘が勝手に……っ」
意味の分からない言い訳を口走りながら、後ずさりする子爵。
無表情のまま一歩前に出るエリオット。
そして、オリビアの手に巻いてある白い布に目を止め、瞠目。
子爵に冷たく尋ねた。
「……彼女に何をしたか、聞かせてもらいましょうか」
「……っ!」
「何をしたと聞いている!」
凍てつくような視線を浴びてガタガタ震える子爵。
腰を抜かしたように、ずるずると壁際に倒れ込む。
このままだと剣を向けかねない気がして、オリビアはとっさにエリオットの腰に抱き着いた。
「大丈夫です! 私は大丈夫ですから!」
エリオットが、我に返ったように子爵から視線を外す。
そして、足音を響かせながら駆け込んできた騎士数名と短く言葉を交わすと、剣を腰の鞘にしまって上着を脱いだ。
「オリビア、こちらへ」
脱いだ上着ですっぽりと彼女を包み、部屋の隅に置いてあった椅子に丁寧に座らせる。
そして、その正面に跪くと、心配そうな目で彼女を見つめた。
「まずは手を見せてもらいますね」
真剣な顔で手に巻かれた白い布を丁寧に取るエリオット。
中の擦り傷を見て苦悶の表情を浮かべると、気遣うように尋ねた。
「……他に痛い処はありませんか?」
「な、ないと思うわ」
エリオットは、安堵の表情を浮かべると、オリビアをそっと抱きしめた。
「良かった……。辛い思いをさせて本当に申し訳ありませんでした」
エリオットのぬくもりに包まれ、ようやく助かったことを実感するオリビア。
二人の横で、騎士たちが震えながら床に這いつくばる叔父と、壁際に座り込んでいるベルゴール子爵を拘束。
隣の部屋にいたジャックを保護する。
そして、騎士の一人がエリオットの方を向くと、敬礼をしながら大声で報告した。
「屋敷の者は全て確保しました! 本邸にも人をやっております!」
「分かりました」
エリオットは溜息をつくと、オリビアの耳元で囁いた。
「一緒に居たいところですが、私は立場上ここから離れられません。一先ず先に戻って休んでいて頂けないでしょうか。ホテルに戻ったら改めて謝罪させて下さい。その時、事情も話します」
戸惑いながらも頷くオリビア。
本当にすみません。と、辛そうな顔をすると、エリオットは騎士達の方を見た。
「誰か」
「はっ! 私が!」
一歩前に出る如何にも騎士という体格をした若い男。
「彼女に治療を。その後ホテルまで送って行ってくれ。中心地から南に少しいったところにあるローズホテルだ。くれぐれも丁重にお送りするように」
「はっ! 了解しました!」
エリオットの顔を嬉しそうに見ながら敬礼をすると、騎士がオリビアに笑顔を向けた。
「さ、お嬢さん! こちらへ!」
「……は、はい」
心配そうな顔のエリオットに見送られ、オリビアは部屋を出た。
騎士に付いて廊下を歩いていくと、壁際に真っ青な顔をした使用人達が縛り上げられて、並べられているのが目に入る。
彼女は当惑の眉を顰めた。
どういう状況なのか、全く分からない。
(一体何が起きているの?)
疑問を抱きつつも、騎士団所有と思われる治療用魔道具で手の傷を治してもらい、騎士と共に用意された馬車に乗り込む。
走り出した馬車の窓から見えるのは、騎士団の服を着た男達と、拘束された衛兵達。
(これって、屋敷にいた人間が全員捕まってるってことよね……)
自分が攫われたことと関係しているのだろうとは思う。
でも、人ひとりが攫われたくらいで、ここまで大事になるとは考えにくい。
(別に何か大きな事件が起きていたということ……?)
そして、馬車が屋敷を抜け、市街地に入った頃。
混乱するオリビアの斜め向かいに座っていた騎士が、にこやかに口を開いた。
「いやいや。お疲れ様でした! ご協力ありがとうございました!」
「……え?」
(協力?)
騎士の言葉に、戸惑いの視線を向けるオリビア。
そんな彼女のことなど気にも留めず、騎士がニコニコしながらしゃべり始めた。
「さすがは騎士団長代理。本当に見事な采配でした!」
「騎士団長代理……?」
聞きなれない言葉に首を傾げるオリビアに、騎士が笑顔で答えた。
「エリオット・フレランス様ですよ! 当方、騎士になって四年目ですが、これほど見事な作戦を見たことがありません!」
(……エリオットが騎士?)
ニッカと仲が良かったのはそういう訳だったのね。と、黙り込むオリビアを他所に、騎士が上機嫌でペラペラとしゃべりだした。
「いやあ、ベルゴール子爵は実に狡猾でしてね。騎士団としても、尻尾が掴めずに困っていたんですよ。そこに今回の結婚式! しかも囮にまでなって頂いて、感謝の極みです!」
聞き捨てならない言葉に、オリビアが眉を顰めた。
「……囮?」
「ええ。本当に見事でしたよ。エリオット様と結婚式に参加しただけに留まらず、捕まって敵の本拠地に行くなんて、誰でもできることではありません! 囮役の鑑です! 本当に素晴らしかったです!」
頭を強く殴られたような強いショックが、オリビアの全身を貫いた。
心臓が壊れたように激しく動悸する。
(……まさか、私を囮として利用したってこと?)
騎士が屈託なく笑いながら言葉を続けた。
「ここまで綺麗に解決できるなんて、さすがはエリオット様です! そうそう。囮役を務めたあなたにも何か謝礼が出るでしょうから、何がいいか考えておいてください」
オリビアは苦し気に胸を押さえた。
言葉がナイフのように弱った心に突き刺さる。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
そう声を掛けられるが、ショックのあまり頷くことしかできない。
ほどなくして、馬車はホテルに到着。
何とか騎士にお礼を言って、フロントから鍵を受け取り階段をヨロヨロと上がる。
そして、部屋に入ると、彼女は扉を背にずるずると崩れ落ちた。
(……今の話、なに……)
騎士の「ご協力ありがとうございます」「見事な囮役でした」という言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
そんなはずはない。
彼はそんなことをする人間じゃない。
そう思うものの、浮かんでくるのは今まで心の奥底で抱いていた様々な疑問と疑惑。
『今朝、外で知らない男性と話していたが、あれは今回の件の打合せだったのではないか』
『なぜ今回ダレガスに一緒に行ってくれるか疑問だったが、実はこの機会を利用するためだったのではないか』
『ダレガス駅で会った人と友達になるなんて凄い偶然だと思っていたが、偶然ではなく、ベルゴール子爵と近しい関係にあったオリビアに近づくためだったのではないか』
まさかそんな。彼はそんな人じゃない。
そう思うものの、騎士の「囮ご苦労様でした」という言葉と。
ベルゴール子爵の「公爵家の人間が準男爵家の娘など真面目に相手にするはずがない」という言葉。
そして、二年間ずっと身分と職業を偽られていたという事実が心をかき乱し、彼を信じ切らせてくれない。
オリビアは、混乱と悲しさで両手で顔を覆った。
今日は色々なことがありすぎた。
義実家のこと、ベルゴール子爵のこと、ジャックのこと。そして、エリオットのこと。
もう心の中がぐちゃぐちゃだ。
エリオットは事情を話すからホテルで待っていてくれと言っていた。
何か事情があるのかもしれないとは思う。
でも、今は受け止めるだけの余力がない。
きっと何を言われても大声で泣いてしまう。
会った瞬間泣き崩れてしまうかもしれない。
(……帰らなきゃ)
フラフラと立ち上がるオリビア。
もうこれ以上は無理だ。心が限界だ。
その後。
彼女はエリオットを待たずに荷物をまとめてチェックアウト。
フロントに「ごめんなさい。先に帰ります。助けてくれて本当にありがとう」という手紙と上着、指輪を預け、逃げるように王都に戻った。
あと1話、また夜に投稿します。
早いもので、残り4話になりました。
次のタイトルは「事の顛末」です。