16.思わぬ再会
本日3話目です。
「……リビアさん! オリビアさん! しっかりして下さい!」
遠くから聞こえてくる、どこかで聞いたことのある男性の声に、オリビアの沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
(……この声、誰だっけ)
ボーっとしながら目を開けると、そこには無骨な石の天井が広がっていた。
(……ここは一体?)
ぼんやりと知らない天井をながめるオリビアの横から、ホッとしたような声が聞こえて来た。
「良かった。いきなり意識がない状態で運ばれて来てびっくりしましたよ」
ゆっくりと視線を動かして声の主を見て。彼女は目を見開いてガバっと飛び起きた。
「ジャック!」
それは記憶よりも少し老けた、カーター魔道具店の元古参従業員ジャック。
二年半前。オリビアを守ろうと昼夜問わず必死に働き、倒れてしまった魔道具師だ。
ある日突然店に来なくなり、叔父からは「病に倒れて急遽田舎に帰った」と聞かされていたのだが……。
(なんでジャックがいるの? そもそもここはどこなの?)
戸惑いながら周囲を見回すと、そこはかなりの広さの部屋。
大きな作業台や、魔道具師がよく使う備品が多く置かれているところからすると、魔道具工房かどこかだろうか。
他にもテーブル、箪笥、自分が寝かされているソファなどの調度品が置かれており、人が住めるようになっているようにも見える。
(……どういうこと? ここはどこなの?)
頭を抱えるオリビアを、ジャックが心配そうに見た。
「……詳しいことは分かりませんが、つい十分ほど前に、突然ここに運び込まれてきたのです。顔を見たらオリビアさんで、本当に驚きました。しかも手から血が出ていて……」
そう言われて、オリビアが手を見ると、手の甲に白い布が巻かれている。
手当してくれたジャックにお礼を言いながら、彼女はだんだんと思い出してきた。
(そうだわ! 私、化粧室に入ったら、後ろからいきなり衝撃が来て……!)
無意識に防御の魔道具の入ったハンドバッグをメイドに渡してしまったことを悔みながら、彼女は青くなった。
これはどう考えても誘拐だ。マズイ予感しかしない。
彼女は必死に尋ねた。
「ジャック、一体ここはどこなの?」
ジャックが言いにくそうに目を伏せた。
「……ここは、私の、監禁場所です」
「……監禁場所?」
信じられない答えに、思わずオウム返しをするオリビア。
ジャックの顔が苦しそうにくしゃりと歪んだ。
「私は、家族を人質に、ずっとこの場所に閉じ込められているのです」
「……っ!」
オリビアは、目を見開いて息を飲んだ。
全身の血が冷えわたり、動悸が高まっていく。
彼女は乾いた唇を何とか動かし尋ねた。
「い、いつから?」
「……二年半前です」
(二年半前って、店に来なくなった時からってことじゃない!)
そして、オリビアは思い当った。
もしかして、叔父が自分の居場所を知っていたのは、ジャック宛に送った手紙を無断で読んでいたからではないか。と。
「ど、どうしてそんなことに!?」
「それは……」
苦痛の表情を浮かべるジャック。
そして、理由を説明しようと口を開いた、その時。
外が急に騒がしくなった。
(誰か来る!)
身を固くするオリビア。
扉が、ギィィ、と、嫌な音を立てて開き。
そこには、険しい顔をしたベルゴール子爵と真っ白な顔の叔父が立っていた。
(……! まさか、この二人がグルだったということ?)
ベルゴール子爵はズカズカと部屋に入ってくると、忌々しそうにオリビアに鋭い目を向けた。
「ふん。この小娘が。随分と厄介なことをしてくれたな。よりにもよってフレランス家の息子と懇意にしているとはな。……話が違うではないか!」
子爵に怒鳴りつけられ、申し訳ございません! と、ひれ伏す叔父。
這いつくばった姿勢のまま、オリビアを睨みつけた。
「オリビア! お前が悪いんだぞ! 勝手に王都になど行きおって!」
オリビアは唇を噛んだ。
「……私をクビにして追い出したのは叔父様ですよね?」
「う、うるさい!」
がなりたてる叔父を、ベルゴール子爵が忌々しそうに蹴とばした。
「黙れ! 邪魔だ!」
「……っ!」
蹴られたわき腹を押さえてぶるぶると震えながら、再び床に突っ伏す叔父。
子爵は馬鹿にしたようにその姿を見下ろすと、守るようにオリビアのそばに立っているジャックに命令した。
「お前は隣の部屋に行っていろ」
「し、しかし……」
「大切な魔道具士だ。手荒な真似はせん。お前がいなくならないのなら、他の場所に連れて行くまでだぞ」
悔しそうに子爵を睨みつけるジャック。
オリビアに「何かあったら叫んでください」と囁き、部屋の奥にある扉の向こうに消える。
子爵は溜息をつくと、濁った目でオリビアを見た。
「オリビア。お前は今日からここで働いてもらう」
「……え?」
言っている意味が分からず、瞠目するオリビア。
子爵が片方の口の端を釣り上げた。
「筋書きはこうだ。結婚式場から勝手に抜け出したお前は、街の外に出て行方不明。いくら探しても見つからず、三年後には死亡が確定する」
頭を殴られたようなショックがオリビアの全身を貫いた。
(まさか、私を死んだことにする気なの?!)
彼女は必死に言い募った。
「帰して下さい! 私には店があるんです!」
「ふん。自業自得だな。フレランス家の息子など誑し込んだお前が悪い」
「っ! 誑し込んでなんて……」
怒りの表情をするオリビアに、子爵が肩をすくめた。
「まあ、公爵家の息子が、たかが地方の準男爵家の娘などまともに相手にするはずなどない。気まぐれに遊ばれているだけだろうがな」
オリビアは黙り込んだ。
違う、そんな人じゃない。と思いながらも、身分差という事実に何も言えなくなる。
そんな彼女を見下し、意地悪く鼻で笑う子爵。
「まあ、精々がんばって働くんだな」という捨て台詞を残し、立ち去ろうとした、
――その時。
「た、大変です!」
石の廊下を固い靴で走る音がして、真っ青な顔の執事が部屋に飛び込んできた。
ベルゴール子爵が「なんだ。騒がしい」と眉を顰める。
執事が喘ぎながら叫んだ。
「き、騎士団です! 騎士団が乗り込んできました!」
子爵が驚愕の表情を浮かべた。
「どういうことだ!」
「わ、分かりません。突然現れて、ここで違法製造が行われているのは分かっていると……ぐふっ」
話の途中で急にうめき声を上げて倒れる執事。
続いて倒れる護衛の男。
驚いて顔を上げるオリビア。
そこには端正な顔に冷たい殺気を漂わせたエリオットが、剣を片手に立っていた。
「……やっと見つけましたよ。ベルゴール子爵。随分とふざけた真似をしてくれましたね」
今日はここまでです。
明日、明後日はちと時間がないので2話投稿になるかもしれません。
今のところ、金曜日か木曜日に完結予定です。
して、頭に「?」が浮かんでいる方もいると思いますが、明後日までには解決すると思いますので、今しばらくお待ちください。
それと、誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
丁寧に見て頂いて、恐縮の限りです。




