15.雲の上の人
本日2話目です。
「皆様。お騒がせ致しました。これから式を行いますので、庭園に移動願います」
執事の声に、夢からさめたような顔で移動を始める観衆。
エリオットが心配そうにオリビアの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
何とか頷いてみせるオリビア。
「あとで事情を説明させて下さい」と囁かれるものの、立て続けに起こった信じられない出来事に、頭の中が真っ白だ。
助かったということは分かる。
今後、叔父家族はもちろんベルゴール子爵が自分に対して手出ししてくることはないだろう。
だから、「助けてくれてありがとう」。
そう言わないといけないと思っているのに、言葉が出てこない。
呆然とするオリビアを見て、辛そうな顔で軽く唇を噛むエリオット。
何か言おうと口を開きかけるが、
「エリオット様! どうぞ! こちらです!」
特大の笑顔を貼り付けたベルゴール子爵が来てしまい、口を閉じる。
その後、二人は案内されながら庭園に移動。
園内に作られた教会スペースにて、結婚式が始まった。
新郎新婦として登場する、生気のない白い顔のカトリーヌと打ちのめされたように俯くヘンリー。
事情を知らない牧師が、婚姻の儀式を次々と執り行っていく。
後見人席に座る叔父と叔母は、まるでペンキでも塗ったかのように真っ青だ。
そんな彼らと、彼らから少し離れた証人席に座るオリビアとエリオットを、戸惑いと好奇心の目で見る出席者達。
そんな中。
オリビアは、ただ椅子に座っていた。
脳裏に浮かぶのは、ついさっき目の前で起こった信じられない出来事。
(……エリオットがフレランス公爵家の人間?)
麻痺した頭を必死に動かす。
かろうじて理解できたのは、エリオット・ディックスなどという人間は存在していなかったという事実。
そして、オリビアのような準男爵家の娘にとって、エリオットは話しかけるのもままならないような雲の上の人であり、好意を持つなど許されないような地位の人間であること。
(……っ)
胸に鋭い痛みを感じ、思わず胸を押さえる。
表情を保つのに精一杯だ。
その後。
オリビアとエリオットは、証人として結婚書類の証明欄にサイン。
ベルゴール子爵が、「エリオット様に証人としてサインを頂けるなど、幸福の極みです」と大袈裟にお礼を言うが、オリビアの頭には入ってこない。
そして、サインが終わったところで式は終了。
参加者たちが、会食するためにゾロゾロと本館の食堂に移動する。
エリオットと共に食堂の特別席に案内されるオリビア。
一際豪華な食事を出されるも、まるで砂でも食べているかの如く味がしない。
何とか表情を取り繕ってはいるものの、油断すると目が潤んでしまいそうだ。
そんなオリビアを、エリオットが心配そうな表情で見つめた。
「オリビア。大丈夫ですか」
大丈夫よ。と、精一杯微笑むオリビア。
「驚きすぎて、うまく頭が働いていないだけよ」
そうですか。と、エリオットが苦しそうに目を伏せる。
何度か何か言いかけるも、代わるがわる挨拶に来る人々の対応に追われ、話す間がない。
そして、食事が終わり、帰る段になって。
先に立ち上がったエリオットが、オリビアに手を差し伸べた。
「行きましょう」
オリビアは、差し出された手をジッと見た。
彼女を守ってくれた大きくて温かい手。
でも、今はその手に触れたら泣いてしまいそうで。
彼女はガタンと席を立った。
「……ちょっと化粧室に行ってくるわ」
本当は化粧室に行く必要などないのだが、ほんの少しの時間だけでもいいから一人になりたかった。
エリオットが心配そうな顔をした。
「一人で大丈夫ですか。私も行きましょうか」
大丈夫よ。と、開け放たれている会場の扉の先にある緑色のドアを指さすオリビア。
「あそこに見えている緑色のドアが化粧室だもの」
「ああ。近いのですね」
エリオットがホッとしたような顔をする。
「じゃあ、少し行ってくるわ」
「ええ。気を付けて」
背中にエリオットの視線を感じながら、会場の扉に向かうオリビア。
床がふわふわしていて、足元がおぼつかないが、懸命に普通に見えるように歩く。
そして、化粧室の入り口で。
ドアの横に立っていたメイドに、
「お荷物、お持ちします」
と言われ、機械的にハンドバッグを渡し、化粧室のドアを開けて入る。
そして、ドアを閉めた、その瞬間。
ビリッ
体を走る衝撃。
そして、暗転。
「上手くいったぞ」
「早く連れていけ」
という男達の声を聞きながら。
オリビアは気を失った。
続きはまた夜に投稿します。
他、誤字脱字報告ありがとうございます。
本当に助かっております。感謝!