13.ベルゴール子爵
本日4話目です。
「随分と騒いでいるな」
響き渡る低い男性の声。
オリビアが振り向くと、そこに立っていたのは、狡猾そうな笑顔を浮かべた中年男性――領主でありヘンリーの父であるベルゴール子爵であった。
「りょ、領主様!」
あからさまに狼狽える叔父に、ベルゴール子爵は蔑むような目を向けた。
「今の話を聞く限り、カトリーヌがオリビアのデザインを盗んでいたということになるが?」
「ち、違います! オリビアが盗んだのです!」
叔父が震えながら必死に声を絞り出す。
ベルゴール子爵がオリビアに感情のこもらない目を向けた。
「どうだ。オリビア」
「いえ。私は盗んでなどおりませんし、盗む必要もありません」
背筋を伸ばし、顔を上げてきっぱりと言い切るオリビア。
ベルゴール子爵が髭を触りながら、なるほど。と、頷いた。
「ここ半年ほど、私もずっと疑問に思っていたのだ。なぜカーター魔道具店があんなことになっているのか、とな。デザインを盗んだのがカトリーヌであれば納得だ」
「ち、違います!」
必死の形相で叫ぶカトリーヌを、子爵が冷たい目で見た。
「この場で二人にデザインを描かせてもいいんだぞ。できるのか?」
「そ、それは……」
青くなって黙り込むカトリーヌを、信じられないといった目で見るヘンリー。
子爵が、わざとらしく溜息をついた。
「まさか領主である私やヘンリーを謀るとは夢にも思っていなかったぞ」
ヘンリーが何かを言いかけるが、子爵の厳しい視線を受けて怯えたように黙りこむ。
子爵は、困ったような表情を作った。
「しかし、そうなるとヘンリーとカトリーヌの結婚を認める訳にはいかなくなるな」
「な、何故ですか!」
ヘンリーが驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。
ベルゴール子爵が溜息をついた。
「カトリーヌとヘンリーでは、爵位差が二段階。その差を埋めるのがカトリーヌのデザイン能力という話であった。しかし、それが嘘であると分かった今、結婚を認める訳にはいかない」
「そ、そんな……!」
目を見開くヘンリー。
真っ青な顔で床に座り込むカトリーヌ。
そんな二人を一瞥すると、ベルゴール子爵がにこやかに笑った。
「しかし、オリビアがデザインを作成したのであれば、ヘンリーとの婚姻は問題ない」
そして、観衆たちに向かって笑顔を作ると、大声で問いかけた。
「御覧の通りの状況ですので、この場をオリビアとヘンリーの結婚式としたいのですが、いかがですかな?」
(……っ!)
オリビアは信じられないものを見る目で子爵を見た。
おかしいと思ってはいたのだ。
なぜ自分を呼ぶなどという愚行に子爵が同意したのか、と。
(子爵様はカトリーヌの嘘を見破っていたんだわ。その上で、ヘンリー様と私を無理やり結婚させるために呼んだんだわ)
シンと静まり返る会場。
突然の展開に、呆気に取られてる観客たち。
しかし、使用人たちが賛成するようにパチパチと拍手をし始めると、それに釣られて次第に拍手する人が増えていく。
従妹のサラが必死の形相で周囲に拍手を止めさせようとする。
顔をしかめて拍手をしない者もいる。
しかし、飛ぶ鳥落とす勢いの、来年「伯爵」への陞爵が決まっているベルゴール子爵の意思に、大きな声で逆らえる者はいない。
いや、逆らえる者は呼ばれていないのかもしれない。
そのことに気が付き、呆然とするオリビア。
(一体どうしたら……)
拍手がどんどん大きくなっていく中。
オリビアが、為す術なく立ち尽くしていた、
――その時。
「……心配いりませんよ」
不意に上から低く落ち着いた声が降ってきた。
見上げると、そこにいたのは見たこともない笑顔を浮かべたエリオット。
彼は「大丈夫ですよ」とでも言うように、驚くオリビアの背中にそっと手を当てると、彼女を守るように一歩前に出た。
なんだ、お前は。と、訝し気な顔をする子爵。
只ならぬ雰囲気を感じ、静まっていく会場。
そして、観衆が見守る中。
エリオットは、冷たい笑みを浮かべて子爵を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。
「……久し振りですね。ベルゴール子爵。実に面白い余興でしたよ」
本日はここで終了です。
明日また投稿していきます。




