12.逆なら分かりますが
本日3話目です。
「まあ、お姉様! よく来てくださいましたわ!」
(来たわね)
わざとらしい笑顔で近づいてくるカトリーヌを見て、オリビアは身を固くした。
ロクなことを考えていないのが見て取れる。
エリオットが囁いた。
「あれが義妹のカトリーヌですか?」
「ええ。そうよ」
「そうですか。……少し予想と違いますね」
そう言われて、オリビアはまじまじとカトリーヌを見た。
巻きに巻いたストロベリーブロンドの髪の毛に、人目をひく濃い化粧。
ウェディングドレスはレースや造花でゴテゴテし過ぎていて、お金を持っているお洒落な老婆が着そうなドレス、といった雰囲気を醸し出している。
(……ドレスと化粧のせいかしらね。随分と老けて見えるわ。以前はもっと可愛いらしい感じだったのに)
そんなことを思われているとは露知らず、あざとい笑みを浮かべるカトリーヌ。
オリビアに「お久し振りですわ」と軽く一言挨拶すると、横にいたエリオットに、にっこりと微笑みながら手を差し出した。
「ようこそおいで下さいました。カトリーヌと申しますわ」
その緑色のあざとい瞳に浮かぶ打算と情欲の色を見て、冷たく口角を上げるエリオット。
差し出された手を無視すると、硬い表情で形式的にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。エリオットと申します。この度はご結婚おめでとうございます」
カトリーヌが、さっと顔色を変える。
無礼ギリギリの対応に、思わず目を見張るオリビア。
エリオットは、カトリーヌから興味なさげに目を逸らすと、オリビアに優しく囁いた。
「さっき聞いたのですが、ここは庭園が見事なようです。式の開始まで見せて頂きましょう」
「え、ええ」
エリオットって怒ると怖いかもしれないわ。と思いながら、コクコクと頷くオリビア。
そして、エスコートされながら庭園に出る窓の方に向かおうとした、その時。
逆上して顔を真っ赤にしたカトリーヌが爆弾を投げつけた。
「お姉様! 謝って下さい!」
響き渡るヒステリックな叫び声に、会場がシンと静まり返る。
「ちゃんと私に謝って、罪を償ってください!」
悲劇のヒロインのように叫ぶカトリーヌを見て、参加者達が「面白いことが始まったぞ」とでも言いたげに色めき立つ。
オリビアは呆れ果てて、勝ち誇ったように口角を上げるカトリーヌを見た。
(……この子、自分が何をしているのか分かっているのかしら)
自分の結婚式を台無しにしている上に、ヘンリーの父であり領主であるベルゴール子爵の顔に泥を塗っている。これはとんでもない愚行だ。
さすがにマズイと思ったのか、カトリーヌの父であり店を乗っ取った張本人である叔父が慌てて飛び出してきた。
「カ、カトリーヌ! 今日は祝いの席だ。家の中の話は後にしよう」
オリビアはホッと胸を撫で下ろした。
カトリーヌは大嫌いだが、この場は無関係な人がたくさんいる祝いの席。大騒ぎになるのは不本意だ。
しかし、事態はそう簡単には収まらない。
「いやよ! 今日の主役は私よ!」
そう叫ぶカトリーヌが、呆然と立ち尽くしていたヘンリーに抱き着いたのだ。
「ヘンリー様ぁ。お義姉様が謝らずに逃げようとするんですぅ。私悲しくて……」
我に返るヘンリー。
カトリーヌの涙を見て意を決したように勇ましく叫んだ。
「ここはオリビアがカトリーヌに謝罪すべきだ!」
「ヘンリー様ぁ……」
目を潤ませながら、その腕に胸を押し付けるように腕を絡めるカトリーヌ。
オリビアは遠い目をした。
前々からヘンリーはアホだとは思っていたが、ここまでだったとは。
エリオットも呆れた表情を浮かべている。
ヘンリーはカトリーヌを庇うように仁王立ちすると、オリビアに向かって声を荒げた。
「オリビア! カトリーヌに謝れ!」
オリビアを守るように一歩前に出ると、凍てつくような視線をヘンリーに向けるエリオット。
その横に立っていたサラも怒りの形相でヘンリーに食ってかかった。
「謝れって、一体オリビアが何をしたと言うんですか⁉」
「オ、オリビアは、カトリーヌのデザインを盗んで、自分の手柄にしていたんだ!」
エリオットとサラの迫力に押されながらも、ヘンリーが必死に叫ぶ。
もうこうなったら仕方ない。と、オリビアが静かに口を開いた。
「ヘンリー様。二年前にも何度も申し上げましたが、デザインの盗作など身に覚えがございません」
「嘘をつくな!」
「嘘ではありません。亡き父母に誓って本当です」
最上級の誓いの言葉を聞いて、ヘンリーがぐっと言葉に詰まる。
オリビアは冷めた目をカトリーヌに向けた。
「あなたがデザインできるなら、なぜカーター魔道具店はあんなことになっているのかしら? 昨日見て来たけど、まるで廃墟じゃない」
この言葉に、観衆達がざわめいた。
『確かにカーター魔道具店はずっと閉まっていると聞いたな』
『私が注文したネックレスも形が古すぎてあまり良くなかったのよね』
『私もですわ。以前よりデザインが落ちたと感じましたわ』
カトリーヌが目を泳がせながら必死に言い募った。
「そ、それは! 職人達が辞めてしまって仕方なく……」
エリオットが冷たい声で言った。
「あなたはご存じないかもしれませんが、オリビアは王都に自分の店を持っているんですよ」
「……は?」
「流行に敏感な令嬢達が訪れる、王都でも有名な魔石宝飾品店です。店に置いているのは、もちろん全てオリビアのデザインしたものです」
「う、嘘よ! お父様がゴードンとかいう魔道具店に勤めてるって」
カトリーヌが叫ぶ「ゴードン」という名前を聞いて、観客達が再びざわめきだした。
『ゴードンって、あの王都で一番大きい魔道具店?』
『あそこに勤められるってことは、超一流ってことだろ?』
『オリビアさんの店って、もしかしてオリビア魔石宝飾店じゃない? すごい! 人気店じゃない!』
それを聞いて、一気に色を失うカトリーヌ。
エリオットが肩をすくめた。
「お聞きの通りです。王都で店を持てるほどのオリビアが、なぜあなたのデザインを盗むような真似をしなければならないんでしょうね? ……逆なら分かりますが」
「し、知らないわよ! 私は本当に盗まれたのよ!」
着ているドレスよりも白くなりながら、ヒステリックに叫ぶカトリーヌ。
今更ながら周囲の冷たい視線に気づき、狼狽えて目を泳がせるヘンリー。
真っ青な顔で額の汗を拭く叔父と、同じくらい青ざめてヨロヨロしている叔母。
今にも倒れそうな四人の様子を見て、オリビアは溜息をついた。
(……なんかもういいわ。これ以上関わりたくない)
周囲の反応を見る限り、オリビアの盗作疑惑はほぼ解けた気がする。
今はこれで十分だ。
このまま外に出てほとぼりを冷まして、式が始まったら戻ってこよう。
彼女がそんなことを考えていた、その時。
「随分と騒いでいるな」
響き渡る低い男性の声。
オリビアが振り向くと、そこに立っていたのは、中肉中背の狡猾そうな笑顔を浮かべた中年男性――領主でありヘンリーの父であるベルゴール子爵であった。
続きは夜に投稿します。
他、ここ最近核心を突く質問的コメントが続けて来ており、作者がうっかりネタバレしてしまいそうな気がするので(もう微妙にしているという噂^^;)、エピローグまで感想欄を閉じることにしました。
ご理解頂ければと思います。(*- -)(*_ _)ペコリ




