10.結婚式の始まり
本日1話目です。
(これでいいわね)
結婚式当日、朝。
化粧を終えたオリビアが、ホテルの部屋の姿見の前に立っていた。
艶のある青みがかったグレージュのドレスに、銀色の靴。
ドレスは介添人ということで控え目ではあるが、今流行の細身のタイプだ。
髪の毛は、ホテルが頼んでくれた腕の良い美容師が、可愛らしく結い上げてくれた。
アクセサリーは、介添え人のマナーに準じてシンプルなネックレスだけ。
エリオットとニッカの勧めで、解毒作用と麻痺防止、睡眠防止の作用を付与している。
また、いつもポケットに入れて持ち歩いている、攻撃から身を守るための魔道具は、ハンドバッグの中に仕込んでいる。
オリビアは鏡の中の少し不安げな自分を見つめた。
(いよいよね。一体どうなるかしら)
この結婚式がどう転ぶのかは分からない。
でも、これが終われば、確実に自分の中で何かが変わる。
――と、その時。
コンコンコン
ノックの音がして、「私です」という聞きなれた声が聞こえて来た。
(エリオットだわ)
急いでドアを開けるオリビア。
そして、そこに立っていた人物を見て、彼女は口をポカンと開けた。
(え? 誰?)
そこには光沢のあるグレーのスーツを着た男性が立っていた。
きれいに撫でつけられた金髪に、銀縁メガネの下の理知的な紫色の瞳。
口元には柔らかい笑みを浮かべている。
オリビアに穴が空くほど見つめられ、男性――エリオットは顔を背けた。
「そんなに見ないでくれませんか。さすがに照れます」
その上品で色気のある仕草に、オリビアは照れるのも忘れて驚愕の表情を浮かべた。
(……なんて素敵なのかしら。まるで良い所出の貴公子みたい)
驚きすぎて目が離せないでいるオリビアを、「反応が逆のような気がするのですが」と、困ったような目で見るエリオット。
さあ、馬車が待っていますよ。と、促し、出かける準備をさせる。
そして、馬車に乗り込み、ホテルを出発してしばらくして。
エリオットが口を開いた。
「……少し落ち着きましたか」
ええ。何とか。と、答えるオリビア。
そして、昨日も気になったことを尋ねた。
「エリオットは、どうしていつも色眼鏡をかけているの?」
「……商人にとって、色眼鏡は一般的だと思うのですが」
「ええ。そうだと思うわ。でも、目が見えた方が絶対にモテるわよ」
エリオットが苦笑いした。
「私は一人にモテればいいんです。不特定多数にモテる必要はありません」
目を細められ、思わず目を泳がせるオリビア。
エリオットの紫色の瞳が熱を帯びた。
「オリビア。さっきは言いそびれましたが、とても綺麗です。このまま貴方をさらってどこかに行ってしまいたいくらいです」
あ、ありがとう。と言いながら、彼女は耳を赤くしてプイと横を向いた。
(だ、ダメだわ。本気で心臓が壊れそう)
昨日の庭園での出来事があって以来、彼女ははずかしくて仕方がなかった。
目が合ってもはずかしいし、名前を呼ばれてもはずかしい。
今も見られていると思うと、深呼吸しても何をしても動悸が全く治まらない。
心臓がおかしくなりそうだ。
(……こんな状態で結婚式なんて、大丈夫かしら)
彼女がそんな心配をしていた、その時。
馬車が減速を始めた。
窓から見えるのは、立派な邸宅とたくさんの着飾った人々。
(着いたわね)
緊張の色を浮かべるオリビアの手を、エリオットが優しくとった。
するりと何かが薬指にはめられるのを感じ、オリビアが視線を移すと、そこに光っていたのは美しい紫色の石がはめ込まれた優美な指輪。
「……これは?」
「プレゼントです。私があなたの色を纏っているのに、あなたに私の色がないのは寂しいですからね」
ありがとう。と言いながら、彼のカフスボタンやネクタイピンが、自分の瞳の青色であることに気が付き、顔を赤くするオリビア。
エリオットは愛おしそうに目を細めると、彼女の手をそっと握った。
「さあ。行きましょう」
*
エリオットの手を借りて馬車を降りると、そこは子爵邸の入り口だった。
着飾った人々があちこちに集まって楽しそうにおしゃべりしている。
(やっぱり知っている顔もかなりいるわね)
エリオットの陰に隠れるように立っていると、出席者一覧と思われる紙を持った青年が近づいてきた。
「失礼します。お名前を宜しいでしょうか」
「はい。オリビア・カーターです」
「……っ!」
青年がポカンとした顔で彼女の顔を見る。
エリオットが冷たく微笑んだ。
「君。いくら彼女が美しいからといって、レディを凝視するのはマナー違反でしょう」
「……っ! 失礼しました。以前お会いした時と雰囲気が違っていて、つい……」
申し訳ありません。と、青年が焦ったようにぺこぺこと頭を下げる。
そして、息を吸い込むと、大声を張り上げた。
「オリビア・カーター様、ご来場です!」
エントランスが、ざわめいた。
『オリビアだって』
『図々しい。よく来れたもんだな』
ひそひそと話をしながら、振り向く客達。
そして、立っている二人を見るなり、呆気にとられたように口を開けた。
『え? あれがオリビア?』
『うそだろ。全然違うじゃないか』
『隣の男誰よ! あんないい男見たことない!』
オリビアを隠すように前に立つエリオット。
ヒソヒソ話す人々に向かって、にっこり微笑んだ。
『……っ!!!!』
どこからともなく上がる、キャー、という黄色い声。
注目の中、彼は微笑むと、まるで物語に出てくる王子様のように優雅にオリビアに手を差し出した。
「さあ。行きましょう」
「は、はい」
エリオットの暖かい手にエスコートされながら、ゆっくり建物内に入るオリビア。
よそ行きの笑みを浮かべる彼に小声で囁いた。
「びっくりしたわ。エリオットってすごいのね」
「大したことはありませんよ。これくらい何てことありません」
彼女は心の底から感謝した。
彼はオリビアに注目がいかないように、あんなことをしてくれたのだろう。
こんな風に守ってくれるだなんて、夢にも思わなかった。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下を通り、会場である大広間に入る二人。
オリビアを見て、クリーム色のドレスを着た若い女性が駆け寄ってきた。
「オリビア! 良かった! 無事だったのね!」
それはオリビアの従妹のサラ。
遠方に住む母方の従妹で、王都に行ったオリビアが唯一連絡を取った親族だ。
「ごめんね。心配かけて。赤ちゃんは?」
「オリビアが呼ばれるって聞いて、お母さんに預けてきたの」
そして、隣に目を移した従妹は露骨に驚いたような顔をした後、エリオットに向かって丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。サラ・バートンですわ。こちらが夫のジャン」
「お初にお目にかかります。ディックス商会のエリオットです」
ジャンが笑顔で手を差し出した。
「これはこれは。ディックス商会の方ですか。いつも大変お世話になっています」
「こちらこそお世話になっております。バートンというと、南にある葡萄の名産地を治めていらっしゃるバートン家で間違いないでしょうか」
「その通りです。さすがよくご存じでいらっしゃる」
ジャンと他数名の男性と世間話を始めるエリオット。
サラがオリビアを肘でつついた。
「なによ。素敵な男性連れてるじゃない。びっくりしちゃったわ」
「……王都で知り合ったの」
「さすがは王都ね。あんな男性見たことないわ」
その後。サラを交えて若い女性達と会話をするオリビア。
話題は、王都で流行っている食べ物や劇など。
女性の一人が感心したように言った。
「さすがは王都に住んでいらっしゃるだけありますわ。とてもお詳しいですわ」
「ええ。聞いているだけで楽しくなりますわ」
「お化粧もドレスも最新流行のものですわね。本当に素敵ですわ」
オリビアは、ホッと胸を撫でおろした。
ここ一カ月半の特訓の成果が出たらしい。
改めて友人たちに感謝する。
そこへ、サラの父であり、オリビアの母の兄でもある伯父が近づいてきた。
「オリビア。元気そうだな」
「はい。伯父様。お久し振りです」
歓談する女性達から離れると、丁寧にお辞儀をするオリビア。
伯父はマジマジとオリビアを見た。
「サラから連絡を貰った時は心配したが、どうやらその必要はなかったようだな」
そして、男性の中で談笑しているエリオットを親指で指した。
「あれはいい男だ。見識も広いし、知識も豊富だ。あっという間にうるさい老人共を虜にしてしまった」
「まあ、お父様が男性を褒めるだなんて珍しいわね」
サラがからかうように言うと、伯父が頬を緩めた。
「なあに。本当のことだ。あのヘンリーとやらとは比べ物にならない。――良かったな。オリビア」
その通りだけど、はっきり言うわね。と、苦笑いするオリビア。
チラリとエリオットを見ると、目が合って微笑みかけられ、思わず頬を染める。
目が合っただけで、どうしようもなく心が跳ねる。
男性達から離れ、オリビアに近づいてくるエリオット。
彼女の横に立つと、耳元で囁いた。
「どうですか?」
「ええ。お陰様で、案外楽しめているわ」
それは良かった。と、エリオットが目を細める。
その優しい紫色の瞳を、潤んだ青い瞳で見上げるオリビア。
甘やかな空気が二人の間を流れる。
エリオットの熱いまなざしを受けながら、オリビアは悟った。
私は、もうどうしようもなくこの人が好きなんだわ。と。
――と、その時。
「まあ、お姉様! よく来てくださいましたわ!」
会場に響き渡る聞き覚えがある甲高い声。
(……っ! きた!)
顔をこわばらせるオリビア。
振り向くと、そこには顔を引き攣らせたカトリーヌと、眉間にしわを寄せたヘンリーが立っていた。
誤字脱字報告ありがとうございます。助かっております。




