08.変なのは私の方かもしれない
本日3話目です。
「ふああ。久々によく寝たわ」
ダレガスに到着した翌日。
街の中心から少し外れた新しいホテルの二階の部屋にて。
オリビアはベッドから起き上がって伸びをしていた。
彼女の青い目に映るのは、そこそこ広い清潔な部屋と、カーテンの隙間から差し込む朝の光に照らされた、壁にかけられたドレス類。
ベッドから立ち上がってカーテンを開けながら、彼女はそっと呟いた。
「スムーズに事が運んで、本当に良かったわ」
*
ダレガスの駅から出てすぐ。オリビアとエリオットは馬車に乗ってホテルに向かった。
チェックインを済ませてすぐに自分の部屋に入り、彼女はホッと胸を撫でおろした。
(良かったわ。誰も知っている人に会わなかった)
領主の息子に婚約破棄されて店をクビになったのだ。
悪い噂がものすごく立ったと思う。
それについては「出鱈目だからどうでもいい」と、自分なりに何とか整理はできた。
でも、謂れのない批判をされるのは面倒過ぎるし、自分と一緒に居ることでエリオットに嫌な思いをさせたくない。
(できれば今日はもう外に出ない方が良いと思うんだけど、夕食もあるし難しいわよね……。エリオットも街を散歩するくらいはしたいだろうし)
どこに行けば知り合いに会わなくて済むか頭を悩ませるオリビア。
そんなオリビアの気持ちを察したのか、エリオットの方から「今日はホテル内の食堂で食べましょう」と提案。
夕食後は「今日は疲れましたし、部屋に戻って早く寝ましょう」と言ってくれた。
お陰で、オリビアは外に出ることも頭を悩ませることもなく、平和に就寝。
朝までぐっすり眠れた。という次第だ。
*
部屋に付いている洗面台で顔を洗い、着替えを始めるオリビア。
青いドレスを着て、髪の毛をハーフアップにすると、花飾りの付いた青い髪留めでとめる。
そして、化粧をしようと化粧台のある窓際に移動。
化粧ポーチを取り出しながら、ふと窓の外を見た彼女は、とあることに気が付いた。
(……あれって、もしかして、エリオット?)
彼女の視線の先にいるのは、見覚えのある帽子をかぶった長身の青年。
ホテルから少し離れた大きめの木の下で、知らない男性と熱心に話をしている。
オリビアは首を傾げた。
(誰かしら。知り合いかしら)
エリオットの所属するディックス商会はとても大きい。
もしかするとダレガスにも支店があるのかもしれない。
見ているのも悪い気がして、目を窓からそらし、おしろいを塗ったり眉を描いたり、化粧に専念する。
そして、一階の食堂に降りていくと、そこにはすでにエリオットが座って待っていた。
「おはよう。オリビア」
「おはよう。エリオット。待っていてくれたの?」
「いえ。私も今来たところです。体調はどうですか?」
「お陰様でとても良いわ」
何となく、さっき見たことには触れないでおこう、と思いながら、その正面に座るオリビア。
そして、彼を見て目をパチクリさせた。
(……あれ?)
そこにいるのは、いつもと変わらぬエリオット。
でも、なにかが違う。
(王都に居る時より、ちょっとカッコよくなっている気がするわ)
思わずジッと見つめていると、エリオットと目が合った。
「どうしました?」
「あ、うん。何でもないわ」
何となく恥ずかしくなり、オリビアは慌てて目を逸らした。
目が合っただけだというのに、なんだか胸のあたりが騒がしい。
加えて、なぜかエリオットの眼鏡を外した素顔が気になって仕方ない。
どんな素顔なのかしらと考えてしまう。
こんなこと今までなかった。
(どうしたのかしら……)
考え込むオリビアの前に、朝食が運ばれてくる。
湯気の立つ野菜スープと焼きたてのトースト。とろりとしたバター。
理想的な朝食を前に、考えていたことを忘れ、目を輝かせる。
そんなオリビアを見て、楽しそうにくすりと笑うエリオット。
焼きたてのトーストにバターを塗りながら口を開いた。
「今日、どうしますか? 何かしたいことはありますか?」
そうね。と、スプーンを動かす手を止めるオリビア。
真面目な顔をエリオットに向けた。
「……実は、どうしても行きたい場所が二つあるの」
「行きたい場所。ですか」
「ええ。一つ目は両親のお墓よ」
もう二年も会いに行っていないから、きっと心配しているだろう。
行って、王都で幸せに暮らしていると報告したい。
「二つ目は、お父様の店。どうなっているか見たくて」
店に行けば、知り合いに会う可能性が高いのは分かっている。
きっと店も様変わりしているのだろうと思う。
でも、行って確認しないとケジメがつかない気がするのだ。
なるほど。と、エリオットが考えるように独り言ちる。
「では、後で馬車を手配しましょう」
馬車ならば目立たなくて済むわね。と胸を撫でおろすオリビア。
感謝の目でエリオットを見た。
「改めてお礼を言わせて。本当にありがとう。もしもエリオットが一緒に来てくれていなかったら、私、どうしていいか分からなかったと思うわ」
安心してぐっすり眠れたのも彼のお陰だし、こうして外に出ようと思えているのもそうだ。
感謝してもしきれない。
頭を下げるオリビアに、エリオットが口の端を緩めた。
「いいんですよ。前にも言った通り、私がやりたくてやっているんですから」
「そんな訳にもいかないわ。帰ったら何かお礼をさせて」
真面目な顔をする彼女に、エリオットがいたずらっぽく微笑んだ。
「お礼と言われても、私としてはもう頂いていると思っているんですがね」
「え?」
「こうやって、一週間あなたと共に過ごせるのです。私にとってこれ以上の報酬はありませんよ」
ぱっと見、ちょっとした軽口。
しかし、オリビアに向けられた色眼鏡越しでも分かる熱っぽい目が、それがただ冗談ではないことを物語っていた。
「……っ!」
思わず赤くなって目を伏せるオリビア。
いつもなら「何を言っているのよ」と冗談で返せるのに、なぜかそれが出来ない。
心臓が早鐘のように打ち始める。
軽く呼吸をして何とか気持ちを落ち着かせながら、彼女は思った。
もしかして、彼がいつもと違って見えるのは、彼ではなく私に原因があるのかもしれない。と。
(……多分そうだわ。私が変わったんだわ)
疲れのせい? 結婚式への緊張? それとも……
――しかし、その数時間後。
こんな会話の内容など一瞬で吹き飛ぶような出来事が起こる。
「な、なにこれ……」
馬車に乗って向かった先にあったのは、廃墟と化した小さな店。
街で人気だったカーター魔道具店は、見る影もなくなっていた。
夜あと1話更新します。