07.個室の旅(下)
本日2話目です。
オリビアが口を開いた。
「私が聞きたかったのは、エリオット自身のことよ。私達、あまりお互いのことを話さないから、ほとんど知らないでしょ。介添え人のパートナーを務める相手のことを知らないのも変な気がして」
そうですね。と、呟くエリオット。
逡巡の末、ゆっくりと口を開いた。
「では自己紹介から始めましょう。――私の名前はエリオット・ディックス。ディックス商会の三男ではありますが、実は養子で、実家の方針で親戚であるディックス家に奉公に出されました」
「え!」
予想外の告白に、オリビアは目を見開いた。
貧しい家の優秀な子供が、お金のある親戚の家に養子として奉公に出される話はよく聞く。
でも、まさか貴族然としているエリオットがそうだとは夢にも思わなかった。
(……これ、聞いて良かったのかしら)
よくある話ではあるが、聞こえが良いという訳ではない。
養子を差別する人も多いし、「貴族の皮をかぶった下賤な人間」と揶揄する人もいるので、養子であることは隠しておくのが一般的だ。
それに、元の家から奉公に出されたなんて、彼にとっても、あまり良くない思い出のような気もする。
そんな心配をするオリビアの表情を見て、エリオットが微笑んだ。
「ああ。気を遣わないで下さい。私は養子に出されて良かったと思っているので」
「そ、そうなの?」
「ええ。実家はとても変わった家でしてね。父親の口癖は『男は拳で語れ』なんですよ」
「拳」
「そうです。揉めたらすぐ決闘で、生傷の絶えない日々でした」
穏やかなエリオットからは予想もつかない家族の話に、驚きを覚えるオリビア。
ちなみに、実家の兄弟は兄二人で、揃いも揃って脳筋らしい。
エリオットが遠い目をした。
「お菓子の大きさが違えば決闘。誕生日だからと決闘。三日に一回は決闘に巻き込まれていましたね……」
「そ、そうなのね」
「ええ。なので、ディックス家の方がずっと常識的なのです。とりあえず話し合いが成立しますし、拳が出てきませんから」
オリビアは思わずくすりと笑った。
体格が良く力も強いと思っていたが、まさかそんな理由があるとは思わなかった。
(私よりずっと貴族っぽいのに。人は見かけによらないのね)
そして、話がいち段落した後。
彼はおもむろに口を開いた。
「今度は私の番ですね。私の質問は二つあります。一つは、オリビアの元婚約者のことです」
オリビアは目をパチクリさせた。
「え? ヘンリー様のこと?」
「ええ。どんな経緯で婚約が決まったのか、聞き忘れたと思いまして」
「……大した話ではないわよ」
「かまいません。聞いておきたいんです」
エリオットの穏やかだが若干緊張をはらんだような声。
本当に大した話じゃないのよね。と思いながら、オリビアは口を開いた。
「私、王都で開催されたデザイン大会で賞を取ったことがあって、その腕を見込まれて、向こうから婚約の打診があったらしいわ。お父様は反対したみたいだけど、領主様の息子ってことで、割と強引に話が決まったと聞いたわ」
「……では、好き合って婚約、という訳ではないんですね」
「ええ。婚約が決まって初めてヘンリー様に会ったくらいよ」
そうなのですね。と、安心したような微笑みを浮かべるエリオット。
その顔が妙に綺麗に見えて、オリビアは首を捻った。
(やっぱり彼、いつもと違う気がするわ。服のせいもあるかもしれないけど、なんだかキラキラしている)
そして、ふと思った。
この人の目って本当は何色なのかしら。と。
いつも色眼鏡をかけているため、目元をちゃんと見たことがない。
(たまに気になってはいたけど、今日は妙に気になるわ)
そんなことを考えるオリビアに、エリオットが尋ねた。
「それと、もう一つ聞きたいことがあります」
「ええ。何かしら」
「店が奪われた経緯です。知っていた方が良いかと思いまして」
(確かに知っておいてもらった方が良いかもしれないわね)
あまり良い話じゃないわよ。と前置きしつつ、彼女は淡々と話し始めた。
・父が小さな魔道具店を営んでおり、そこで働いていたこと
・両親の死後、その店が叔父に乗っ取られたこと
・何とか父の店を守ろうと頑張ったが、店をクビにされて魔道具師として働けなくなり、王都に来たこと
ギュッと眉を顰めながら話を聞くエリオット。
怒りを抑えるように軽く息を吐いた。
「……誰か頼れる大人はいなかったのですか? 腕の良い魔道具師とはいえ、未成年の娘一人に店を切り盛りなんて出来る訳がないじゃないですか」
「いたわ。ジャックっていう父と同じ年くらいで、ずっと店で働いていた魔道具師。クビになる三カ月前まで一緒に働いていたわ」
「では、なぜ店を乗っ取られるような事態に。そもそも叔父が店を乗っ取るなんてありえない」
オリビアが溜息をついた。
「権利書を勝手に書き換えられたの。それを知って、ジャックが役所に抗議に行ってくれたわ。でも、役人に追い返されてしまったのよ。もう変更はできないって」
「……」
「そこから叔父が貴族から受けた仕事を大量に持ち込んでくるようになって、凄く忙しくなったの。それで、ジャックは病気になって、突然やめてしまったわ。こっちに来てからお見舞いと手紙は送ったんだけど、返事はなかったわね……」
オリビアは目を伏せた。
ジャックには家族がいた。路頭に迷っていなければいいが。
そうですか。と、呟きながら黙り込むエリオット。
しばし逡巡の末、顔を上げて微笑んだ。
「では。時間に余裕もありますし、結婚式の帰りにジャックの家に行ってみましょうか」
「いいの?」
「ええ。どこにあるんですか?」
「ロージャスっていう、ダレガスから一時間ほどの場所にある田舎町よ」
「分かりました。では、調べておきましょう」
オリビアは、ホッとしながらお礼を言った。
突然辞めてしまったジャックのことはずっと気になっていたのだ。
会って話すことが出来るなら、こんな嬉しいことはない。
その後。二人はいつも通り歓談。
途中駅で食べ物を買って一緒に食べたり。
「ねえ。エリオット。眼鏡取ってみて」
「何ですか。急に。ダメです。はずかしいです」
という会話を交わしたりと、和やかな時間を過ごす。
――そして、
「オリビア。そろそろ到着しますよ」
いつの間にか隣に座っていたエリオットの肩から顔を上げると。
窓の外は、オレンジ色の夕日に照らされた街。
二人は、とうとうダレガスに到着した。




