05.ロッティの人生相談室
本日4話目です。
(はあ……)
予約の客が帰り、ようやく作業がいち段落した、お茶の時間。
オリビアはロッティの淹れた紅茶を飲みながら溜息をこぼした。
考えているのは、エリオットのこと。
最初に観劇に出かけてから、約一カ月ちょっと。
エリオットはオリビアを様々な場所に連れて行ってくれた。
サーカス、オペラ。そして美味しい店。
今のオリビアはとても忙しい。
一週間仕事を休むために、いつもの倍は仕事をしている。
そんな彼女が適度に息抜きできているのは、エリオットが誘ってくれているお陰に他ならない。
あちこち楽しく出掛けているため、憂鬱な結婚式についても必要以上に考えず済んでいる。
これについては感謝しかないし、実際とても感謝している。
が。
エリオットの態度が以前とは明らかに違うのだ。
まず、割り勘を受け付けなくなった。
今までは、月一回の食事会については順番にお金を出していた。
出してもらう理由もなかったし、それが普通のことかと思っていた。
しかし、結婚式に一緒に行くと決まってから。エリオットがお金を出させようとしないのだ。
払おうと思っても、いつの間にか会計を済ませてくれている。
あまりにお金を出させてくれないので、三回目に「絶対に払う」と言い張ったところ、「では、お茶代をお願いします」と言われた。
しかし、お茶代の三分の二はオリビアが食べているため、あまり意味がないし、観劇やサーカスの方が高いに決まっている。
加えて、なんというか、エリオットがとても甘いのだ。
常にエスコートしてくれるし、気遣ってくれる。
お別れの手にキスなどは序の口で、この前なんて、解けた靴紐を跪いて結んでくれるという激甘な行為でオリビアを真っ赤にさせた。
その時のことを思い出し、思わず赤面するオリビア。
あんなことを男性にしてもらったのは初めてだ。
一回目の観劇では驚きしかなかったが、二回、三回と回数を重ねていくに連れ、さすがのオリビアも気が付いてきた。
これは頻度的にも内容的にも、明らかに友人の域を超えているんじゃないか。と。
(私達って友達だったわよね? なんでこんなことになっているの?)
はあ。と溜息をつきながら机に突っ伏すオリビア。
エリオットのあまりの急変に、心の整理がつかない。
「どうしたんです? オリビア様」
お茶のお代わりを淹れてくれながら、首を傾げるロッティ。
しっかり者の少女を見上げながら、オリビアは思った。
これ以上自分の中に溜めておくのは無理だし、思考がグルグル回るだけだ。
冷静なロッティに話を聞いてもらって、どう思うか聞いてみよう。と。
「実はね……」
絶対に誰にも言わないでよ。と念を押すと、オリビアは最近のエリオットの様子を話し始めた。
ロッティが、ふむふむ。と、頷きながら話を聞いてくれる。
そして、話が終わり、彼女は「ふうむ」という風に腕を組んだ。
「確かに、友達の域はとうに超えていますね。というか、はっきり言って、口説かれていますよね。それ」
やっぱりそうよね。と、呟くオリビア。
「でも、私が思いますに、エリオット様は随分前からオリビア様のことが好きだったと思います。
実は、半年前にこちらを紹介して頂いた時、私、オリビア様はエリオット様の恋人だと思ったんです」
「え! なぜ!?」
「エリオット様がオリビア様の心配事ばかり口にしていたからです」
「心配事」
「ええ。しっかりして見えるけど抜けてるところがあるとか、放っておくと食事をしないとか、稀代の方向音痴だ、とか」
ありがたいような、貶されているような、複雑な気持ちで苦笑いするオリビア。
「ですから、尋ねたんです。『オリビア様はエリオット様の恋人なのですか?』と。でも、エリオット様はこう答えたんです。『彼女は私の大切な友人だよ』と」
それを聞いて、オリビアがコクコクと頷いた。
「そうなのよ! エリオット自身もずっとそう言っていたし、私も友達だと思っていたのよ。でも、彼、最近『友達』っていう単語使わないのよね……」
それは、エリオットのもう一つの変化。
一切「友人」という言葉を使わなくなったのだ。
「最近っていつからですか?」
「結婚式に一緒に行くことが決まってからだと思うわ」
ロッティが納得したように頷いた。
「ピンチに陥ったオリビア様を見て、自分が守りたいと思ったのではないでしょうか。以前お世話になっていたメイド長が言っていました。『男性は女性の弱い所を見ると守りたくなる生き物だ』って」
「そうなの?」
「はい。でも、急に「好きだ」なんて言ったら、オリビア様が逃げそうなので、まずは友達としてではなく異性として見てもらえるようにと、慎重に口説いている感じじゃないでしょうか」
すごいわね。と、ロッティの鋭い意見に舌を巻くオリビア。
言われてみれば、正にそんな感じがする。
ロッティが考えるように口を開いた。
「……私、思うんですけど。大切なのはオリビア様の気持ちだと思うんです。オリビア様がエリオット様をどう思っているか、ですよね」
オリビアは思案に暮れた。
もちろん嫌いではないし、かなり好きだと思う。
話をしていて楽しいし、気も合うし、信頼している。
性格も穏やかで優しいと思うし、容姿も素敵だと思う。
でも、これらが異性に対する「好き」かと聞かれると、正直よく分からない。
(ずっと友達だと思っていたから、異性として見れなくなっている気がするのよね……)
悩むオリビアを見て、ロッティが「なるほど」と、つぶやいた。
「答えが出ないというのも答えだと思いますので、ここは流れに身を任せてみてはどうでしょう。メイド長が言ってました。『男と女の仲はなるようにしかならない』って」
なるほどなるほど。と、真面目に頷くオリビア。
恋愛経験皆無の彼女には非常に参考になる。
それに、そう考えるのが一番自然な気がする。
「そうね。考えても仕方ないものね。そのメイド長、良いこと言うわね」
「ええ。部屋にロマンス小説がズラリと並んでいましたから」
「……え? ええっと、ご本人は……」
「彼氏ナシの独身です」
「……」
情報源に若干の不安は覚えるものの、とりあえず流れに身を任せることに決めるオリビア。
――その後。
彼女は、急に入った急ぎの注文を終わらせるため、他のことを考える間もないほど仕事に没頭。
気が付けば一週間経過。
遂に、元婚約者と義妹の結婚式に出席するという大イベントがスタートした。
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