03.思わぬ幸運でした
本日2話目です。
「できた! なかなかいい感じだわ」
友人達に自分の事情を話した翌日。
オリビアは店舗の裏にある作業部屋でデザインを描いていた。
今回デザインしたのは、とある令嬢に依頼されたピアスとネックレス。
母親の誕生日プレゼントに是非と頼まれたものだ。
母親が花が好きだということで、今回描いたのは薔薇をモチーフにしたデザイン。
魔石には、貴族が身に着ける定番である「解毒」を付与する予定だ。
オリビアは出来上がったデザイン画を持って、くるりと振り返った。
「ロッティ。これ見てもらえる?」
はい。と、近づいてくるロッティ。
デザイン画を見て感嘆の声を上げた。
「とても宜しいと思います。落ち着いたデザインながらも可憐な感じがします」
「ふふ。ありがとう。じゃあ、これを明日持って行くことにするわ」
にっこり笑うオリビア。続けて遠慮がちに言った。
「それで、昨日のことなんだけど、……サリーに言ってくれてありがとうね」
昨夜、友人達に事情を話して協力してもらえることになりホッとしたのか、オリビアは悪夢に悩まされることもなく、ぐっすり眠ることができた。
昨日ボロボロだった体調も回復。
仕事に支障を出すこともなく、忙しい一日を乗り切れた。
「ロッティが言ってくれなかったら、私一人で溜め込んで自滅していたと思うわ」
「いえ、こちらこそ勝手なことを申し訳ございませんでした」
「謝らないで。感謝しているのよ。……じゃあ、かなり早いけど、今日は片付けて帰りましょう」
「はい」
店の入り口に『閉店』の札をかけ、片付けを始める二人。
掃除も終わり、さあ帰ろうという段になって。
チリンチリン
突然ドアベルが鳴った。
ロッティがドアを開けると、そこには笑顔のサリーが立っていた。
「あら。もう片付けているのね。オリビア。調子はどう?」
「おかげさまで。昨日ぐっすり眠れて、良い感じよ」
サリーは、ほっとした顔をすると、にっこりと笑った。
「じゃあ、自宅のクローゼットの中を見せてちょうだい」
「……え?」
サリーの言っている意味が分からず、目をぱちくりさせるオリビア。
「結婚式に行く時、移動用の服とか色々必要でしょ? 持っているのと似たような服を買わないように、オリビアの持っている服を把握しておきたいのよ」
「ええっと、移動用は今着ている服でいいと思うんだけど……」
サリーが話にならないという風に肩を竦めた。
「今着ているのは、仕事用のスーツじゃない。仕事ならまだしも、結婚式に出席する女性がこんな格好で移動するなんてありえないわ。あなたもそう思うわよね? ロッティ」
「ええ。おっしゃる通りです」
ロッティが深く頷く。
二対一の状況に、オリビアが諦めの溜息をついた。
「……分かったわ。二階に来てちょうだい」
サリーを連れて二階の自宅に上がる。
そして鍵を開けると、後ろを振り返った。
「どうぞ入って」
お邪魔します。と、中に入るサリー。
人が住んでいるとは思えないようなガランとした部屋を見て、ぎょっとした顔をした。
「え? ここって、オリビアの部屋よね?」
「ええ。そうよ」
「本当にここに住んでいるの? 家具も調度品もほとんどないじゃない」
オリビアはバツが悪そうに目を逸らした。
「……どうせ買うなら、気に入った家具を買おうと思ってたんだけど、買いに行く暇がなかったのよ」
「部屋の隅に積んである箱は?」
「ゴードン大魔道具店から引っ越してきた時の荷物が入ってるわ」
「……」
「い、言いたいことは分かるわ。で、でも、本当に片付ける暇がなかったのよ」
正確に言えば、暇自体はあった。
しかし、
「今日は魔石の本を読まないと」
「今日は新しく手に入れた素材の付与の練習をしよう」
仕事関係のやりたいことが山ほどあって、部屋のことは後回しになっていたのだ。
「と、とりあえず、服はこっちよ」
誤魔化すように、サリーの背中を押してクローゼットの前に案内する。
「ここに全部入っているわ」
「分かったわ。開けるわね」
気を取り直して、という風に、サリーがクローゼットの扉を開ける。
そして、中を見渡し、呆れたような声を出した。
「見事に真っ黒ね……。黒と紺以外の服ってブラウスしかないんじゃないの? しかも、ほとんどスーツよね?」
「……買い物に行っても、何故か買っちゃうのよ。無難だし、仕事にも着られるし」
悪いことをしたわけではないのに、なぜかしどろもどろに言い訳をするオリビア。
「あ。でも、サリーと一緒に買い物に行って買った服はちゃんと着てるわよ」
「あれ冬服よ」
会うのがほとんど仕事帰りだから、まさかあの服が唯一の私服だとは夢にも思わなかったわ。と、サリーが苦笑いした。
「まあ、黒と紺以外の服だったら何を買っても被らないってことだから、分かりやすくていいけどね」
「……」
「それに、ほぼ一からだと思うと、とても遣り甲斐があるわ」
じゃあ、早速買いに行きましょう。と出口に向かって歩き出すサリー。
「……え? 買いに? まさか、今から?」
目を丸くするオリビアに、サリーがにっこり笑った。
「そうよ。あと一ヶ月半もないのに、サイズも補正しなくちゃいけないのよ。今日中に服と化粧品を揃えてしまいましょう!」
*
(はあ。疲れた……)
店を連れ出されて二時間後。
サリー行きつけの洋服店の店内で、オリビアはぐったりと椅子に座っていた。
(こんなに色々な服を着たのは初めてかもしれない)
目の前では、洋服店の女主人とサリーがオリビアの服について激論を交わしている。
「オリビアは色が白いから、淡い色の方が似合うと思うわ」
「いえ。淡い色では顔がぼやけてしまいます。はっきりした色の服も持つべきだと思いますわ」
その会話を聞きながら、オリビアは深く反省した。
(……私、身の回りにかまわな過ぎたわ)
王都に来る前は、激務のために身の回りに構わず。
来てからは、がむしゃらに働き過ぎて構わず。
デザインの関係で、流行は押さえているものの、自分には全く活用せず。
着る服も、仕事で着られるし無難だからと、黒や紺の似たようなものばかり。
そのせいで、今のオリビアは、自分がどんな服や化粧が似合うかすら分からなくなっていた。
(これを機に、ちゃんと考えてみようかしら)
仕事以外のことを、珍しく前向きに考えるオリビア。
服を数着頼んだ後、サリーと取引のある美容サロンに向かう二人。
肌に合うおしろいやら口紅やらを選んでもらい、化粧の仕方を教えてもらう。
そして、店を出て。
「じゃあ、私は仕事に戻るわね」と去るサリーを、「ありがとう」と手を振りながら見送った後。
オリビアは買った化粧品などが入った紙袋を抱えて、店の方向に歩き始めた。
外は既に日が暮れかかっており、淡い春の夕闇が漂っている。
街を行き交う人々の足もどこか忙しない。
(なんだかとても疲れたし、仕事は明日にして今日も早く寝ようかしら)
そんなことを考えながら石畳の上を歩き、店のあるラミリス通りの入り口まで来て。
彼女は、前方に見覚えのある男性が歩いているのを見つけた。
(あれは……、エリオット?)
長身に意外とがっちりした肩と長い手足。茶色のハンチング帽。
間違いなくエリオットだ。
オリビアの視線に気が付いたのか、振り返る男性。
立ち止まると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「こんばんは。オリビア。買い物ですか?」
「ええ。そうなの。サリーに買い物に付き合ってもらったの」
そう言いながらエリオットの傍に近づくと、彼が少し酔っていることに気が付いた。
「エリオット、もしかして酔ってる?」
「ええ。先ほど付き合いで少し飲まされました」
「お仕事の付き合い?」
「いえ。剣の師匠です」
予想外過ぎる相手にオリビアが目をパチクリさせた。
「エリオット、剣を習っているの?」
「ええ。今日久し振りに行ったら、ずっとサボっていた罰だと、かなり飲まされました」
師匠は酒豪なんです、と苦笑いするエリオットを、オリビアが同情の目で見た。
「それは大変だったわね。このあたりの店で飲まされたの?」
エリオットは軽く微笑んだ。
「……いえ。飲んだ場所は遠かったのですが、何となくここを通りたくなったのです」
そういえば、一年前くらいもこんなことがあったわね。と思い出しながら、オリビアが首を傾げた。
「そうなのね。不思議ね。このへん何かあったかしら」
さあ。どうでしょうね。と呟くエリオット。
手を伸ばすと、オリビアの荷物をひょいと持ってくれた。
「店まで荷物をお持ちしますよ。行きましょう」
「ありがとう」
灯り始めた街灯の下、二人は並んで歩き始めた。
珍しく無言のエリオットの横を、酔って疲れているのだろうと気遣い黙って歩くオリビア。
その横を家に帰る子供たちが笑いながら走り抜けていく。
そして、店に到着し、
「ありがとうね。エリオット。助かったわ」
「いえいえ。私こそ思わぬ幸運でした。お陰で改めて決心がつきました」
「?? それは良かったわ?」
という、噛み合っているのか、噛み合っていないのか分からない会話を交わした後。
オリビアは家の中へ。
エリオットは一人夕方の街へと消えて行った。




