プロローグ:二年後に来た手紙
第三部開始です。本日一話目です。
(はあ……)
オリビアが王都に来て約二年、魔石宝飾品店がオープンして約一年。
冬の終わりの、冷たい雨の降る薄暗い午後。
店舗二階にある自宅にて。
仕事用の紺色のロングスカートスーツを着たオリビアが、服がしわくちゃになるのも気にせずベッドに仰向きに倒れていた。
すぐ横に散らばっているのは、封が開いた封筒と、二枚の便箋。
彼女は天井を眺めながら呟いた。
「あの人達って、一体何なのかしらね……」
*
その日の午前中。
オリビアは、とある男爵令嬢に請われ、彼女の屋敷を訪れていた。
屋敷で彼女を待ち構えていたのは、四人の令嬢達。
皆友人同士で、社交シーズン前にオリビアの新作が欲しいと集まったらしい。
「この指輪かわいいわね! 今流行りの形だわ。しかも回復機能付きなのね!」
「こっちのピアスも素敵ね。解毒作用のある宝飾品を身に着けろって言われているんだけど、組み込むことはできるかしら?」
キャアキャアと盛り上がる令嬢達に、笑顔で商品の説明をするオリビア。
――ここ半年ほど。
オリビア魔石宝飾品の顧客が爆発的に増えた。
きっかけは、サリーのサロン経由で訪れた流行に敏感な貴族令嬢。
彼女がオリビアの店の商品を身に着けるようになり、私も欲しいと貴族令嬢たちが続々と来店。
こうして自宅に呼ばれることが増えてきた。
オリビアの説明を聞きながら、キャッキャと楽しそうに話し合う令嬢達。
試着したり、ドレスに合わせたり、賑やかな時を過ごす。
そして、たくさんの注文を受け。
「なるべく早くお持ち致します」「よろしくね」という会話をした後。
オリビアは、持参した新作サンプルと魔石と共に、令嬢が用意してくれた馬車に乗り込んだ。
「ふう。やっと終わったわ」
「お疲れ様です」
助手として一緒に来ていた店員のロッティが頭を下げる。
オリビアが微笑んだ。
「ロッティもお疲れ様。ずっと立ったままで疲れたでしょう」
「慣れておりますので、大丈夫です」
淡々と答えるロッティ。
ちなみに、彼女は半年ほど前にエリオットが連れて来た少女だ。
黒に近い茶色い髪に、同じ色の瞳の猫っぽい顔立ちで、長らく貴族の家でメイドとして働いていたらしい。
ちょうどその頃、貴族の客の比率が上がっていたこともあり、オリビアは彼女をその場で採用。
以来、店番や掃除、貴族の家への付き添いや対応、簡単な会計などを担当してもらっている。
ちょっと無表情でそっけない所があるのを除けば、とても有能な人材だ。
貴族街の中を走る、二人を乗せた馬車。
ラミリス通りへ向かう。
そして、店の前に到着すると。
店先でゴードン大魔道具店の使いの少年が待っていた。
「どうも。オリビアさん。お久し振りです」
「ごめんなさい。待たせた?」
「いえ。こちらが勝手に来ましたので、気になさらないで下さい」
少年は折り目正しく頭を下げると、鞄から一通の手紙を取り出した。
「これが来ておりました。ゴードンさんが急いだほうが良いんじゃないかって」
オリビアは手紙を受け取ると、表面をしげしげとながめた。
あて先に書いてあるのは『ゴードン大魔道具店 オリビア・カーター』という、やや汚い字。
(確かに私ね。でも、手紙なんて一体誰かしら)
ひっくり返して裏の差出人を見て、オリビアは凍り付いた。
『ダニエル・カーター準男爵』
(……え? 叔父様……よね?)
それは、オリビアを店と家から追い出した叔父の名前。
彼女は動揺を隠すように軽く深呼吸すると、少年に尋ねた。
「これ、どうしたの?」
「普通に郵便で店に届いたそうです。ゴードンさんが、まだうちで働いてると思ってるんじゃないかって」
「……そう」
オリビアは、顔をこわばらせた。
この二年間、叔父一家とは連絡を取っていない。
それなのに、なぜ自分の働き場所を知っているのか。
(……なんて気味が悪いのかしら)
思わず身震いする彼女に、戸惑ったような顔をする少年。
店に荷物を運び入れ終わったロッティが口を開いた。
「オリビア様。もうすぐ雨も降りそうですし、使いの方には帰ってもらっても大丈夫ですか?」
「え? ええ」
はっと我に返って慌てて返事をするオリビア。
「では、お礼の品を持ってお帰り頂くことにします。オリビア様はお疲れでしょうから、どうぞ自宅にお戻りください。ここは私が対応しておきます」
「あ、ええ。ありがとう」
有能なロッティに感謝しながら、オリビアは店舗二階にある自室に戻った。
後ろ手でドアを閉めると、手紙を見ながら眉をひそめる。
(一体何なのかしら……)
(クビにしたんだもの。まさか戻って働けはないわよね)
(お金の無心? でも、店がある限り収入はあるわよね)
悪い予感しかしないものの、ゴードン経由で来てしまった以上、読まない訳にもいかない。
彼女は意を決して封を開けると、中の手紙を取り出して素早く目を走らせた。
『前略
この度、カトリーヌとヘンリー様が結婚することになった。
お前は、証人として出席するように。
日時 〇〇/〇〇 〇時
場所 ダレガス子爵本邸
カーター準男爵』
「……は?」
オリビアは眉をひそめた。
理解が追い付かない。
(これって、結婚式の招待状ってことよね? 元婚約者と、デザインを盗んだ義妹の結婚式に出ろってこと? しかも、証人として? 一ヶ月半後?)
あまりの非常識さに、脳が揺さぶられるような感覚を覚える。
結婚式に身内を呼ぶのは普通の事だ。
義理とはいえ姉。証人を頼んだとしても何ら不思議はない。
しかし、それが元婚約者と義妹の結婚式となれば話は別だ。
しかも、通常一年前には招待状を出すところを、驚きの一ヶ月半前。
はっきり言って、こんなの嫌がらせでしかない。
(何なのよ、これ……)
降り始めた雨の音を聞きながら、呆然と立ち尽くすオリビア。
――彼女の二年かけて築き上げた日常が、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。
<証人とは>
日本と同じで、婚姻届け書類に「証人」として署名する人になります。