【Another Side】義妹と元婚約者
本日3話目です。
オリビアが王都に行って約一年半。
夏の夕暮れ。
ダレガスの街の中心地から少し外れた所にある、地元で美味しいと評判のパン屋にて。
店のおかみさんが床を掃いていた。
(今日も疲れたねえ。さっさと掃除をして帰ろうかね)
手早く片付けと掃除を済ませ、店を出るおかみさん。
鍵をかけて家に帰ろうとした、その時。
「すみません」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこに立っていたのは若い女性の三人組。
皆、洒落た高そうな服を着ている。
「あの。お尋ねしたいんですが、あそこにある魔道具店っていつ開いているんですか?」
女性の一人が指さしたのは、斜め向かいにあるカーター魔道具店。
ドアは固く閉じられ、店内は暗く静まり返っている。
おかみさんは辛そうに溜息をついた。
「ああ、あそこはね。ここ最近閉まったままなのさ。風の噂じゃあ、店主の娘が結婚するとかで、店を開ける時間がないんだとさ」
「まあ! じゃあ、もしかしてオリビアさんが?」
「いや。オリビアちゃんじゃなくて、義理の妹の方らしいんだけどね」
そうなんですね。と、残念そうな顔をする女性。
以前、オリビアのデザインしたピアスを購入して、とても気に入ったので、友人と一緒に買いに来たらしい。
「ありがとうございました」
「いやいや。お役に立てなくて申し訳なかったね」
お礼を言って去る三人を、手を振って見送るおかみさん。
そして、深く息を吐いた。
「……まったく。どうなってるんだろうね」
約二年半前。
カーター魔道具店の店主とその妻が相次いで亡くなった。
幸い彼らの娘であるオリビアは魔道具師。
当初、まだ若い彼女を古参従業員のジャックが助け、二人で協力しあいながら店を切り盛りしていく、という話になっていた。
しかし、その一、二か月後。
突然、何の前触れもなく店主が変わった。
新しい店主はオリビアの父親の弟だという偉そうな男で、そこから店の雰囲気が殺伐とし始めた。
オリビアは次第に笑わなくなり、ジャックも疲れ果てた顔をするようになった。
どう見ても上手くいっていなさそうな状況を見て、おかみさんは胸を痛めた。
何度も店に差し入れを持って行き、大丈夫かと気遣った。
オリビアの話では、叔父が貴族向けの仕事をねじ込んでくるため、休む暇もないらしい。
そして、遂にジャックが過労で退職。
その数か月後にオリビアが突然いなくなり、実は彼女が義妹のデザインを盗んでいたという噂が流れた。
おかみさんは大いに憤慨した。
「まったく! そんなことある訳ないだろうに!」
あんなに真面目に一生懸命働いていたオリビアが、そんなことをするはずがない。
しかも、彼女は領主の息子ヘンリーから婚約破棄をされたという。
「可哀そうに。傷ついたに決まっているよ」
慰めてやりたいと思うものの、彼女は行方知れず。
替わりに店に来た義妹のカトリーヌとやらにオリビアのことを尋ねると、可愛い顔に似合わぬ不機嫌顔でこう返された。
「デザインは私がやりますので、お姉様はもう戻ってきません!」
しかし、彼女が頻繁に店に来ていたのは、半年ほど。
いつからか客が減り始め、店も閉まりがちになり、最近では開いているところを見たことがない。
おかみさんは心配そうに、やや荒れ始めたカーター魔道具店を見た。
「オリビアちゃん。無事に暮らしてるといいけどね……」
*
一方その頃。
ダレガスの街の大通りに面した喫茶店にて。
オリビアの元婚約者のヘンリーとカトリーヌがお茶を飲んでいた。
ベルゴール子爵の言いつけに従い、二人は婚約破棄から一年空けて婚約。
現在は、結婚式の案内状も出し終わり、結婚式に向けて準備の真っ最中。
普通であれば、忙しいながらも幸せな期間のはずなのだが、ヘンリーの顔色は優れなかった。
「ねえ。カトリーヌ。君はいつになったらカーター魔道具店を再開するんだい?」
浮かない顔のヘンリーに、カトリーヌは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。結婚式の準備や勉強で、どうしても店に行く時間が取れなくて……」
「週一回でもいいから店に行けないか? 父上に聞かれているんだ。一体いつになったら店を再開するんだって」
ベルゴール子爵の名前を聞いて、顔を強張らせるカトリーヌ。
ヘンリーが心配そうな顔をして彼女の顔を覗き込んだ。
「ねえ。カトリーヌ。もしかして、君、どこか悪いんじゃないのか? 最近大好きだって言っていたデザインもロクにしていないだろう?」
以前のカトリーヌは、いつも小さなスケッチブックを持ち歩いており、たまに何か描きこんでいる風だった。
しかし、最近は描いているところはおろか、スケッチブックすら見ていない。
カトリーヌはしばらく俯いた後、緑色の目を潤ませてヘンリーを見た。
「……実は、気になっていることがあって、デザインに集中できなくなってしまったのです」
ヘンリーは驚いた。
いつも笑っている彼女にそんな悩みがあったなんて全然気が付かなかった。
「なんだい? その気になっていることって」
「……お義姉様のことなの」
消え入りそうなカトリーヌの声に、ヘンリーが眉をしかめた。
「オリビアならもうこの街にいない。いじめられる心配はないだろう?」
「違うの。こういう形にはなってしまったけど、結婚式に出てもらいたいと思っているの」
予想外の言葉に、ヘンリーは目を見張った。
「本気かい?」
「ええ。本気よ。だって、このままだったらお義姉様が可哀そうじゃない」
「……まあ、それはそうかもしれないが、こうなったのも彼女の自業自得だろう」
「私もそう思うわ。でも、義理とはいえ、妹としては心配なの」
悲しそうに目頭を押さえるカトリーヌを見て、ヘンリーは思った。
優しいカトリーヌのことだ。
恐らく、ずっと胸を痛めていたのだろう。
デザインは発想力が大切だと聞く。
こういった気になることがあると浮かばなくなるのかもしれない。
(本当はオリビアなんて顔も見たくないが、カトリーヌのためだ。仕方ない)
ヘンリーは渋々うなずいた。
「……ああ。分かったよ。気は進まないが、父上に頼んでみるよ。父上もオリビアのことを気にしていたようだから、多分断らないと思う」
「まあ! ありがとう!」
カトリーヌが満面の笑みを浮かべてヘンリーの手を握る。
手を握られて機嫌がよくなったヘンリーは、心の中で自画自賛した。
あんな酷い女を、許した上に結婚式にまで呼んでやるなんて、俺っていい男だな。と。
故に、彼は気が付かなかった。
カトリーヌの口元が、これ以上ないほど意地悪く歪んでいたことを。
第二部終了です。
明日から『第三部 義妹と元婚約者の結婚式に出ることになりました』を投稿開始します。




