03.開店前日と友人達の訪問
本日2話目です。
(思った以上にすごい店になってしまったわ)
暑さが和らぎ、過ごしやすくなりつつある夏の終わり。
『オリビア魔石宝飾品店』オープン前日の朝。
オリビアは、自分の店舗を見回して感嘆の息を漏らしていた。
彼女の目に映り込むのは、落ち着いたコバルトブルーの壁紙が貼られた店内。
高級感のあるモダンな家具が置かれている。
まるで貴族令嬢が通うお洒落なティーサロンのようだ。
ここが自分の店だなんて未だに信じられないわ。と、思いながら、彼女は部屋の片隅に積んであったたくさんの箱の一つを開いた。
中にはゴードン大魔道具店で作ってきた宝飾品などが入っている。
「さあ。商品を並べるわよ」
壁際に並んでいる戸棚のガラス戸を開け放つオリビア。
時々後ろに下がって全体を確認しながら、そこにネックレスや腕輪、この日のために買っておいた小物を並べていく。
色を揃えてみたり、バラバラにしてみたり、見栄えの良さと見やすさにとことん拘る。
そして、一つ目の棚が終わり、二つ目の棚に取り掛かろうとした、その時。
チリンチリン
店内にドアベルの音が鳴り響いた。
「はあい」
手を止めて、防犯の魔石が埋め込まれている店舗のドアを開けるオリビア。
そこには、友人のサリーと、その婚約者であり騎士でもある大柄で茶色い髪の青年――ニッカが立っていた。
サリーが笑顔でアレンジメントされた花カゴを差し出した。
「オリビア! 開店おめでとう!」
「ありがとう。素敵な花!」
花かごを抱えて、どうぞ。と、中に招き入れるオリビア。
店内に入り、サリーが目を丸くした。
「かわいい! 想像以上だわ!」
オリビアが照れ笑いした。
「ありがとう。色々なカフェを参考にさせてもらったの」
ニッカが口を開いた。
「何か手伝うことはないか」
オリビアは改めてサリーの服装を眺めた。
かわいい流行りのドレスを着て、お洒落な日傘を持っている。
ニッカもパリッとした服装をしている
どう見てもデートだ。
(デートの最中に、手伝いなんてさせちゃ悪いわよね)
オリビアはにっこり笑った。
「ありがとう。でも大丈夫よ。あとは小物を並べたり、道具を片付けたりするだけだから」
「本当? 一人で大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
その後、少しだけ世間話をした後。
邪魔しちゃ悪いから今日はここで失礼するわね。と、店を出るサリーとニッカ。
手を振って二人を見送ると、オリビアは店の飾りつけと陳列に戻った。
配置に悩みながらも、指輪やピアスをショーケースの中に並べていく。
そして、店舗側の飾りつけがあらかた終わり。
魔道具制作に使う素材や道具等が入った箱を裏方に運ぼうとした、その時。
チリンチリン
再びベルが鳴った。
「はあい」
手を止めて、店舗のドアを開けるオリビア。
そこには、花かごと大きめの箱を抱えたエリオットが立っていた。
彼は片手で茶色いハンチング帽子を取ると、形の良い口の上に微笑を浮かべた。
「こんにちは。オリビア。開店おめでとうございます。お祝いを持って来ました」
「わざわざありがとう。とても綺麗な花ね。あと、その箱は?」
「前に行ったことがあるカフェのパイです。おやつの時間なので丁度良いかと思いまして」
オリビアが目を輝かせた。さすがはエリオット。よく分かってくれている。
思い出してみれば、朝からほとんど何も食べていない。
花ではなく箱の香りをかいでうっとりするオリビアを見て、あなたは本当に正直ですね。と、楽しそうに目を細めるエリオット。
「何か私にお手伝い出来ることはありませんか?」
箱の重さを確かめながら、オリビアが考え込んだ。
「……そうね。じゃあ、私がお茶を淹れている間、そこに積んである箱を奥に運んでくれるかしら。それが終わったら、お茶をしましょう」
*
(エリオットって、意外と力があるわよね)
店の奥の作業場に移動して、十数分後。
部屋の真ん中にある作業机の上でお茶を淹れながら、オリビアが心の中で感嘆の声を上げていた。
目の前では、上着を脱いで袖をまくったエリオットが、オリビアが一つ運ぶのがやっとだった箱を、二つひょいと抱えて運んでくれている。
服を着ていると細身に見えるが、がっちりした肩や腕に浮き出た筋を見ると、どうやらかなり鍛えているらしい。
(商人って案外力仕事が多いのかしら)
みるみるうちに運ばれていく箱達。
そして、「運び終わりました」「ありがとう。助かったわ」という会話を交わした後、二人は作業机に向かい合ってお茶を飲み始めた。
「本当にありがとうね。私一人だったら大変だったわ。エリオットって力持ちなのね」
「いえいえ。大したことはありませんよ。お茶を淹れて頂いてありがとうございます」
心なしか少し照れたような表情を浮かべるエリオット。
オリビアから顔を軽く背けると、開いたドアから店舗部分を眺めた。
「素敵な店になりましたね」
「ええ。私もびっくりしているわ」
「店の名前、『オリビア魔石宝飾店』にしたんですね」
「色々考えたんだけど、両親が付けてくれた名前を付けたいな、と思って」
「とても良いと思います。素敵な名前です」
ありがとう。と、頬を染めて笑うオリビア。
花や星座の名前にしようかと思った時期もあったのだが、結局この名前に落ち着いた。
自分の名前を付けることに照れはあったが、こうやって褒められると良かったと思える。
そんな彼女に優しげな眼差しを向けながら、エリオットが感慨深げに口を開いた。
「一年前にあなたと出会った時は、まさかこんな短期間に店を持つようになるとは思いませんでしたよ」
「私もよ」
しみじみと頷くオリビア。
自分でも夢なんじゃないかと思う時がある。
エリオットが微笑んだ。
「これから大変でしょうけど、何かあったら、頼って下さいね。力になりますから」
「ありがとう。……でも、あなたには腕の良い内装職人を紹介してもらったし、これ以上助けてもらうのも悪い気がするわ」
オリビアが遠慮がちに言うと、エリオットが苦笑した。
「あなたは本当に人に頼るのが苦手ですね。我々は友人なんですから、そんなこと言わないで下さい」
「でも」
「でもじゃありません。困った時に助け合うのが友人なんです。ちゃんと頼るんですよ」
オリビアは、エリオットに感謝の目を向けた。
(こんな風に言ってくれる友人がいるなんて、私は本当に幸せだわ)
王都に来たその日に彼と偶然出会えたのは本当に幸運だった。
「分かったわ。ありがとう。エリオット。私は本当にいい友人を持ったわ」
「……私もですよ、オリビア」
切なそうに目を伏せながら微笑むエリオット。
その後。
エリオットは帰宅し、オリビアは夜まで片付けに没頭。
――そして翌日朝。
たくさんの花に飾られた『オリビア魔石宝飾店』が無事オープンした。
もう一話。
結婚式に呼ばれる前兆のところまで投稿して本日は終了します。